第5話 斬り納め大会・夏季
「まさかなぁ、あの教官に勝っちまうなんて……」
「なぁエヴァンス、あの小さい子は何て名前なんだ?」
窓の外に見えるグラウンドを指差した。
女友達と楽しそうに談笑する灰色少女が目的だ。
「無視かよ……んで、あー今朝の子か。噂の転校生だろ? 確かミクル……アゴンバースとかじゃなかったか」
「ミクルか。やはり似てるだけだな」
「ん、どういう意味だよ、それ?」
「気にしないでくれて良い。おっさんの独り言だから」
エヴァンスは片眉あげて首をかしげている。
「あ、チェスカ」
「ちぇすか……?」
俺はエヴァンスのかすれたつぶやき聞き逃さなかった。なんだね、その可愛らしい名前は。
エヴァンスは廊下の向こう側を
ちょうど廊下の突き当たりのところに金髪の少女が佇んでおり、こちらへ笑いかけて手を振っていた。
「へぇ案外俺ってモテるんだな」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。あれは俺の方に手を振ってんだ」
エヴァンスのチョップによって我に返る。
可愛らしい金髪少女は俺ではなくエヴァンスに用があるらしい。なんだつまらない。
「それじゃ俺はちょっと行ってくるから、先に行っててくれ」
「おい、ちょっと待て。俺はどこに行けばいい……って全然聞いてねぇな」
エヴァンスは金髪の可愛い少女の下へだらしない笑みを浮かべて走り寄っていってしまった。
こちらの話など聞かずに二人はデレデレとしだし、そのまま歩き去って行く。
すぐさまエヴァンスの評価を「意外とやり手」に書き換えて脳内の人物リストを更新した。
二人の消えていった曲がり角を見つめながら、ヒゲのない顎をしごくように手で撫でる。
感慨深げに、うんうん、と頷いて足の向きを変え、グラウンドへと出ることにする。
なにやら
俺がグラウンドへやってくる頃には、そこにできていた人だかりの規模がより大きくなっていた。
現在進行形で生徒たちが集まってきているらしい。
これから何が起こるのか知らないだけに、わくわくが止まらない。人だかりの周りを徘徊し、隙間を縫って生徒たちの中央へ入っていく。
人混みをかき分け、ある程度のところまで来るとそこで何が行われているのかがわかった。
端的に言えばおよそ決闘大会と言ったところか。
朝は無かった大きな石造のリングがグラウンドに設けられ、その周囲を生徒たちが取り囲んでいる。
そしてリングの中央では
面白いことやっている。
是非とも参加してみたいねぇ。
人混みの中を見渡し、受付らしきテントを発見。
俺はすぐさま人混みから出て、これから参加すると思われる選手たちが並ぶ受付の列に加わった。
しばらくして自分の番がやってくる。
時折、聞こえてくる生徒たちの話し声から察するにこの大会は「斬り納め大会・夏季」というらしい。
夏休み前に行われる恒例イベントであり、落第していない生徒たちの春学期の締めくくりなんだとか。
さらには腕に自信のある生徒たちが学年問わず参加することのできる人気大会らしい。
「決闘に参加したいんですけどー」
「えぇと……すみません、事前登録表にお名前がないようですが……?」
「え、これ事前に何か必要なのか?」
受付の女子は申し訳なさそうに首を縦に振った。
なんということだ。
よもや
不覚であった。
「そこをなんとか、ほら、べつに一人くらい出たってばれやしないーー」
「いや、ルールですのでダメですよ! 変なこと言わないでください!」
あぁ情けなくて涙が出てくるねぇ。
悪あがきで女子生徒にとびきりスマイルを向けてみるが……あまり効果はないようだ。
苦笑いしてこっち見んなって顔してる。
この「アダム・ハムスタ」あんまり女子ウケよくない感じだな。
メガネだし顔いかついし男友達も少ないってかエヴァンスしかいないし、まったくもう。
仕方ないので諦めよう。
還暦ジジイは晩酌で春学期を締めくくりますか。
ギリギリ落第はしなかったしな。
「おっと、ちょっと待ちなよ」
「む?」
立ち去る俺へ掛けられた男の声。
視線をずらせば、そこに背の高い上級生と思われる人物が立っていた。
「きみさ……アダム君だろ?」
「まぁ、アダムですけど」
「そうか……はは、じゃあ特別に参加を許してあげよう」
上級生はにこやかな笑みで言った。
「この大会に出てもいいと?」
「あぁそうだとも!」
思わぬ渡り船が現れたな。
男の態度に引っかかるモノを感じない訳ではないないが、斬り納め大会に出られるなら別にいいだろう。
晩酌で締めちまったら、それこそ前世となにも変わらない……今世のアダムはまだ若いのさ。
「え、ちょっと、いいんですか!? 先生は事前の申請が必要だって……」
「大丈夫だよ、今から書き込んじゃえばバレない。それに
親切な先輩の登場に感謝し、木剣を手渡してもらい別テントの選手待機室へと足を向けた。
「あー、待って待ってアダム君、君は次だよ、次」
「……次?」
そんなことあるのか?
妙な胸騒ぎがする。俺は眼前で優しい微笑みを称える先輩の顔を凝視した。
「さぁ、行っておいで。頑張れよ、正々堂々とね」
「……正々堂々と、だな」
先輩に背を押され舞台へと躍り出た。
周りの生徒たちが俺の登場に騒めいているのがわかる。人波がもぞもぞと動き、今現在の舞台について話し合っているようだ。
悪くない感じではある。
その昔、サプライズマッチで戦った時の観客もこんな感じだったか。
「おっと、いかんな。これじゃ年寄りじゃないか」
顔を振って感慨にふける老年頭を追い出した。
最近は昔を思い出すことが多くなっている。
かつて俺の親父もジジイになってからそんな事を言っていた。
やはり俺ももうジジイなのかもしれない。
今は亡き
「見ろよ、あいつが噂のインチキ野郎じゃないか?」
「間違いない、あの彫りの深いほうれい線と根暗メガネ……ッ! あいつアダム・ハムスタだぞ!!」
「ん?」
感傷にひたる俺へ突如浴びせられる暴言の数々。
最初は何を言われているのかわからなかったが、
「ダリオットにインチキして勝ったていうアイツか」
「噂じゃ昨日の晩飯に毒を盛っていたらしいぜ」
「いや、アダムが強かったって俺は聞い……」
「馬鹿野郎だな、あの根暗メガネが強いわけないだろ」
「この騎士学校の面汚しが! そこに立ってて恥ずかしくないのか!」
「実力も無いくせに出場するなんておこがましいぞ!!」
「そうだ、そうだ!」
浴びせられる言葉にびっくりしてキョロキョロ周りを見回すことしか出来ない。
その間も加速していく
「どうせお前なんて彼女いない陰キャだろ!」
「童貞、下がれ下がれ!」
「騎士学校やめちまえ!」
「ダリオットに謝れ!」
「ペインタ家に刃向かうとか。立場をわきまえろよな」
「死ねー!」
「雑魚ー!」
「人間のクズー!」
気づけば会場全体からただの悪口と侮蔑、嘲笑と軽蔑が全俺に対して投げかけられている始末。
いくつか聞き捨てならない煽りもあり、一発殴ってやっても罰も当たりそうにない。
内容から察するに、昨日、あのダリオットをぶっ飛ばしたのがいけないみたいだ。
あいつ思ったより人望あるタイプだったのか。
いやぁ一本取られたねぇ、やるじゃないか少年。
「よーし、それじゃこの俺様が弟に代わってインチキ野郎を成敗してやるぜー!」
『ワァァァァアァア!』
肘を抱えて人望の圧倒的差について思案していると、正面の舞台から一際大きな声が聞こえてきた。
視線を向ければ階段を上って舞台に上がってる人影を視界に収めることができる。
「あれ、あんたさっきの……」
「また会ったな、アダム君」
目の前に現れたのはついさっき親切にしてくれた上級生だった。
彼は白い歯を光らせて、
手には当然のように木剣だ。
「はは、なるほどなるほど。面白いな」
どうやら俺ははめられたらしい。
俺のための落とし穴に自ら入ってきてしまったと。
なんだよ青年、親切の裏側には正義のヒーローを貼り付けてたってか? まったく役者だねぇ〜。
「なぁ先輩、ネタバレがちと早いんじゃないか? まぁいいが……そんで俺はヒーローに制裁されちゃうのかなぁ?」
「はは、悪いな後輩。これも弟の頼みだ。大人しくボコボコにボコされてくれ」
「うぉ〜恐いねぇ!」
スマートな顔してなかなか酷い事を言う。
悪を
まぁいいぜ、ネオプロレスごっこか。
少し付き合ってやっても楽しそうだ。
理解できない状況から段々と余裕が生まれてくる。
そんな俺の心境の変化を察知したのか、ヒーロー志望の上級生の顔に少し影が差し始めた。
「余裕ぶるなよ、このインチキ野郎が。お前のような非才で道端の雑草のような男にダリオットが負ける訳がないんだ」
「おやおや、口が悪くなってるぞ? 正義のヒーローが
木剣をクイッと動かして上級生を挑発。
「それではこれより第五試合を開始します、竜門、トリオット・ペインタ!」
『ワァァァァァァッ!!』
待ってました、と言わんばかりの大歓声。
「柴門、アダム・ハムスタ!!」
『ブゥゥウー! ブゥー!!』
さっさと退場しろ、なんなら退学しろ、むしろここで死んでくれと言いたげな手厳しいブーイング。
完全なるアウェイ戦じゃないか、全く。
ここに俺のファンはいないのか。
試合開始の合図がいよいよ行われる直前、俺は対戦相手の上級生ーートリオット・ペインタの顔へ視線を注いだ。
トリオットな顔はもはや一連の挑発行為に痺れを切らしており、今すぐに俺の頭をかち割らないと気が済まないと
煽り耐性は低いみたいだ。
「よーし、両者、正々堂々と、正々堂々とッ! やるようにな!」
「そんなに俺の顔みるなよ、わかってるって」
「正々堂々とォォ!」
審判に公平なジャッジは期待できなそうだ。
すげぇ顔でめっちゃ俺のことばっか見てるもん。
「ファイィィイッ!!」
悪くない「ファイ」によってトリオットの体に込められていた、
間合いを詰めてくる巨体。
正面から迫る肉弾を左足軸の半円運動によって、右足を引き避ける。
「どぅお!?」
視界から一瞬でフェードアウトした俺を追いきれていないのか、間抜けな声が聞こえてきた。
「ほら、どうしたヒーロー、悪をやっつけるんだろう? 平地でつまづいてる場合じゃあないぜ」
「ッ! 舐めやがって!」
指先をクイクイッと動かし誘いを掛ける。
そういえばネオプロレスごっこだったな。
攻撃は全部受けてやってもいいかも。
「予想以上に情けないヒーロー君にハンデをやる。俺はお前の攻撃を一切避けない事を約束しよう」
「何ッ!?」
よほど俺の宣言が衝撃的だったらしい。
「一度ラッキーのおかげで攻撃をしのげたくらいで、随分と大口を叩くもんだな!」
「兄弟揃って似たような口をきくもんだ。俺はエンターテイナーでもあるのさ」
足を揃えつま先45度気取ったお辞儀で紳士ぶる。
「ほざけ!」
激昂したトリオットの乱れ突きが炸裂する。
怒りのせいか剣筋に無駄な箇所が多々見受けられるその攻撃を、ノーガードで受けまくる。
ーーギィィ
トリオット木剣と俺の「鎧圧」によって、生身と木を打ち合わせているにしては異様な金属音が辺りに響いた。
強度的に俺の「鎧圧」が
「ッ、あの一年、生身で攻撃受けてるのか!?」
「いや、あれは……『鎧圧』だ。まさか『剣気圧』を入学半年の一年生が……」
「いいぞぉー! インチキ野郎を成敗してやれ!!」
「トリオット行けぇー!」
「童貞を叩きのめせぇー!」
またしても聞き捨てならない罵倒。
ただ一方で生徒たちの中には目元を覆って悲鳴をあげる者がちらほら現れ始めていた。
見るに耐えない、とはまさにこの事だと言わんばかりだ。
けれど、殴られながらも辺り見渡せば、
どんだけ俺嫌われてんだよ。
これ以上やっても仕方ないな。
心の暗い部分を抑え……木剣握る手に力を込めた。
「ひひ、死ねや、死ねや、死んじまえぇえー!」
眼前で
トリオットは興奮しており木剣を振るのが楽しくて仕方ないと見える。
「盛り上がってるところ悪いが、そろそろ終いにしよう。誰も俺のファンがいないんじゃ飽きてきたぜ」
「へへ、何を言ってんだこのーー」
律儀に俺へ言葉を返すべく口を開くトリオット。
俺はその一瞬を見逃さず、すぐさま手に持った木剣を目の前の大口の中に突っ込んだ。
「あがッ!?」
「若い君にひとつだけアドバイスだ。格上を相手にする時はおごりにつけ込みたまえよ。格下がおごるなどは
それだけ伝え、トリオットの顎を膝蹴りでカチあげる。少年の頭が弓のように弾かれ、木剣をくわえたまま天を仰ぎみた。
すかさず跳躍し、トリオットがくわえたままの木剣の柄尻に上方からの掌底を加え喉奥に突っ込む。
「うげぇえッ!?」
食道まで侵入した木剣によって恐怖に支配された若者はジタバタと舞台上を馬鹿踊り。
このまま自滅するのを待ってやってもいいが、それだと運悪くマジで死んでしまいそうだ。
俺は二、三個予想できる
目を白黒させ、天を見上げながら暴れるトリオットへ駆け寄る。
そしてドロップキックをお見舞いだ。
ふっ飛ばし舞台から即刻排除ーーと同時に食道にぶっ刺さっていた木剣の柄を握りぶっ飛ぶ勢いを使って引き抜いてあげる。
トリオットは喉に木を生やすという人生初の経験を迎えた後に、場外まで吹き飛んでいった。
「な、なんていう……」
「こんなのって」
「や、やへぇだろ」
「ふぅ。決まったな」
呆然として静けさを堪能する観客たちは、僅かに
男子たちは喉仏を抑え、女子たちは口元を押さえて、目の前の不幸が自分にふりかからなかった事に感謝しているようだ。
「ん、どうした? ほら勝ったぜ? 拍手拍手〜」
場の空気的に絶対賞賛されないことはわかっているので、あえてここは敵を作りまくって遊んでいく。
「悪魔、悪魔よ、アダム・ハムスタは悪魔に違いないわ!」
「どうしてこんな酷いことが出来るの!?」
「恥を知れ!! トリオットにまで毒を盛ってたのか!?」
「あいつは本当に酷いやつだ」
「もし仮にお前が強かったとしても、ここまでしなくていいだろうに!!」
最後の叫びは、言われてみると最もな意見のように聞こえるのだから困ったものだ。
けど、まぁ実際のところ別になんでもいいんだ。
学校には残る、が学生ごっこをしたい訳ではない。
俺は気配の種類から灰髪の少女ミクル・アゴンバース を探した。彼女にはできれば見られたくない。
なんではわからないーーいや、わかってるさ。
俺は心のうちに何か暗いものが湧き上がるのを感じて、すぐさま気配を探るのをやめた。
あの子はヘレンじゃない……。
俺の娘じゃないんだ。
ぐるぐると嫌な考えが頭から離れてくれない。
失われた時間が、
「消えろー!」
「どっか行け、人間のゴミー!」
心の声ばかりが全てではない。
外の世界へ耳を傾ければ
結局なにを
俺は結局自分のことしか考えられない人間なんだ。
半世紀もそうやって生きてきたんだ。
今更変わろうと思って変われるもんじゃない。
だが、そんな俺でも大事なものを失った時、初めてそれがどれだけ俺を支えていたのかを知った。
それでも俺は止まれなかったが……。
けど、だから、だからこそ、この与えられた不思議なチャンスでなら俺はーー。
悪意たちが過去の嫌な記憶を触発する。
気分が沈みドロドロと沼の中に落ちていくようだ。
それが肌身に感じてわかった。
そんな時ふと視線を動かすと見覚えのある明るい茶髪が視界に入ってきた。エヴァンスだ。
金髪のーーなんとかっていう女の子も一緒にいる。
「ふふ、まったく幸せな奴め」
こちらを見つめ今にも走り寄ってきそうな友人へ手を向け
すると言いたい事を悟ってくれたのかエヴァンスはその場で立ち止まり、ぎゅっと拳を握ってくれた。
背を向けて早歩きで歩き出す。
そうして俺は
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