第4話 夏休みを迎えるチャンス

 

 エヴァンスと共に授業に備えクラス移動。

 次は闘技場で何かやるらしいので楽しみだ。


「にしても今朝はマジでお前がトチ狂ったと思ってそりゃ焦ったこと、焦ったこと、ふぅ!」

「あぁ本当に焦ったぜ……まさかなうつしに会うことになるとは」


 話を蒸し返され、道場で会った少女を思い出す。

 未だに夢か幻の中に囚われているのではないかと頬をつねってしまうような奇跡だった。


 俺と戦いたがっていたし、やけに硬い手のひら……あの子はいったい何者だったんだろうか?


「落第リーチ科目が多すぎてやる気失せるのもわかるけどよ、俺がついてるんだ。必ずどうにかしてやるから!」

「ん、落第リーチ? それって誰のことーー」


 聞き覚えのない言葉。

 嫌な予感と確信的な不安を感じる。

 これもしかして俺のことじゃねー?


「お? なんだこの感じ……?」


 ふと、揺らぐ気配を感じる。

 怪しい気配に導かれて、なんとなく人気のない廊下へ向かう。


「ぇ、アダム、そっちじゃねぇだろ?」

「ちょっと待っててくれ、こっちに人がだな……」


 薄暗く影の出来ている階段の裏側を覗き込む。

 一見して何も見えない。


 あるのは自然がつくる黒い影と静かな空気だけ。

 だが、姿や形が見えずとも気配が見えている。


「何してんだよ、アダム。そんなところ人がいるわけないだろ?」

「ちょっと静かに。いるよね? 何で隠れてんだ?」

「アダム、お前まさか見えない者が見えるとか言うんじゃないだろうな……?」


 エヴァンスは片眉あげて面倒めんどうくさいくらいに絡んでくる。片手間に押して尻餅つかせる。


「ぐへっ!」

「おっ」


 と、その時、諦めずに暗闇を見続けた俺の目の前で影が揺らいだ。


「あらら。まさかこんな素人に見つかってしまうとは。私も修行が足りませんね」


 涼しげな声とともに階段裏の闇から、ぬゅっ、と現れたのは小柄な少女だった。

 背丈せたけはこちらの首元程もなく、闇に溶け込むような黒髪と黒いひとみをしている。

 表情は、やれやれ、と言った感じでため息をついておりどことなく小馬鹿にされてる感じしなくもない。


「やっぱいるじゃん。な? 俺の言った通りだろエヴァンーー」

「いるぅぅうー!? あガァァァァァアア!?」


 果てしなくうるさい。

 暗闇から出てきた黒い少女もジト目で迷惑そうだ。


「わ、悪りぃ……」

「仕方ない。許す」

「私は許しません。この子の事を口外したら、あなた達の寝首をかきます。覚えておいてくださいね」

「俺もかよ」


 容赦なく巻き込まれたこちらに構わず、黒い少女はスッとその場を動いて暗闇でよく見えなかった足元を見せてきた。


「ほう、それは」

「こ、これは……ッ!」


 少女は足元のソレを抱きかかえ歩き出す。


「このぬこ様にお目にかかれた事を光栄に思いなさい。それじゃさらばよ」


 そう言い残し、黒い少女は手元の毛玉生物を灰色ジャケットの内側に隠し立ち去っていった。


「子猫……か?」

「完全にネコだったぜ、あれ」


 少女のいた階段裏の空間を眺める。

 毛布と箱のようなモノがおいてあり、そこで子猫が飼われていたと推測できる。


 まさか、こんな所で隠れて飼っていたとでも?

 出来るのだろうかそんなことーー。


 ーーパッパラパッパラパッパラパ〜!


「ッ! まずいぜ、アダム! イカレ女に構ってたらチャイムなっちまった!」

「このラッパ、チャイムにも使われてんのかい」


 騎士学校ラッパ音声多用しすぎ問題を抱えつつ、急ぎ駆け出したエヴァンスを追った。


 ー


「このクソゴミどもォォお! 遅い、遅すぎるぞぉぉ! 目の下に青あざ作りたくなったら走らんかァァアー!」

「げ、教官がブチギレてらぁ」

「あいつ、いつもブチギレてね?」


 堂々と体罰宣言する教官に煽られ、よく晴れた空の下せっせと闘技場に入っていく生徒たち。


 俺もエヴァンスもブチギレる教官にバレないように、大きな目の生徒の影に隠れて体育館へ進入だ。


「むむ! その黒髪……ッ! ハムスタぁぁあ! 貴様まさか落第寸前だというのに遅刻までする気かぁあ!?」


 なんで俺だけバレたんだよ!


「アダム……お前のことは忘れないぜ……ッ!」


 ムカつく顔のエヴァンスにおがまれ見捨てられる。

 教官はサッと近寄って来てがちりと肩を掌握しょうあくしてきた。


「貴様、本当に騎士になりたいのかぁ!?」


 やかましい教官だぜ。


「どうなんだ、騎士になりたくないのかぁぁ!?」

「ないたい、なりたいです! はい!」


 本心ではどっちでも良い。

 が、ここでなりたくないなんて言える訳がない。

 エヴァンスのこともあるしな。


「よぉぉおし、そうかぁあ! ならお前に今日はこれまでの欠点を補う機会を与えてやる!! どうだぁ、嬉しいかぁああ!?」

「はい! 嬉しいです、はい!」

「本当に嬉しいかぁあ!?」

「はい!」

「本当かぁぁ!?」

「はい!」

「本当の本当かぁぁぁ!?」


 マジでめんどくせぇ!

 さてはこいつ早朝の無条件ランニング教官だな!?

 目のかたきのように俺に当たるなよ、もう。


 整列し終わった生徒の列のあちこちから、クスクスと笑う声が聞こえてくる。やれやれだぜ。


「おつかれ、アダム。今日は一際ひときわしつこかったな」

「俺、あの面倒いやついつも受けてんの?」


 どんな不幸体質だ。


 授業が始まり、教官がまた叫んだのち木剣ぼっけんを使った模擬演習に移った。

 並んだ生徒たちはペアで順々に分かれていく。


「おっと!」


 生徒たちがごちゃごちゃに移動し始めた時、誰かの肩にぶつかった。

 いや、ぶつけられたのか。


「よぉ〜? 昨日は汚ねぇ手使ってくれたなぁ〜!」

「ダリオット少年じゃないか」


 青筋を額に浮かべてピクつかせるているのはダリオットーー昨日の朝にボコしてしまった同級生だ。


「けっ、何が少年だ。ラッキーパンチが当たったくらいで調子乗ってんじゃねぇよ、落ちこぼれが!」


 口汚く言い捨てたダリオットは、さっさっと向こうへ行ってしまう。かなり頭にキてるらしい。


 ところでみんな俺の近くを避けてるんだけど……。


「なぁ、エヴァンス。俺ってめちゃくちゃ嫌われてねぇかな?」

「おぉよく気づいたな。めっちゃ嫌われてるぜ!」


 予想通りすぎて嫌になる。


「それじゃ頑張れよ。アダム、教官が待ってるぞ」

「む、まじで待ってるじゃないか、あのおっさん」


 エヴァンスに背を押されて腕組みしてまっすぐこちらを見てくる教官の下へ向かう。


「ハムスタ、お前には才能がないィイ!」


 なんだよ、いきなり……。


「だが、お前は騎士になりたいと言う。お前が本気で騎士になりたいのは目を見ればわかる……わかる、わかるぞ、ただ少し生来の寝坊癖があったり、怠け癖があるだけなのはわかる、わかるんだ!」


 やけに共感してくれるなこの教官。

 あ、共感と教官ってか?

 流石に上手すぎるよ、けんじゃアダム。


「うぅうぁぁああぁあ、だからな、お前が今私の話を真面目に聞いていない事もわかるぞぉおォォッ!」

「うぉ!」


 内心を悟られた教官によって胸ぐらを掴まれる。


 何回ブチギレんだこいつ!?


 そのまま闘技場の端に積まれた砂場にぶん投げられた。

 姿勢制御することで、空中回転させること7回と半分。難なく両足着地だ。


「見た ぁぁぁああ! その身のこなしィイ! 俺にはわかるぞぉお! 一昨日のお前は才能がなくて、遅刻ばかりして、人望もない、ドベでどうしようもなかった人間のゴミ野郎であったが、日々努力しているんだろぅう!?」

「ま、まぁ、そうです、ね」


 めちゃくちゃ言うじゃん、このおっさん。

 俺が生まれ変わってなかったらこの「アダム・ハムスタ」立ち直れねぇレベルだ。


「お前の親とは学生時代からの付き合いだがなぁ! だからと言ってそのせがれに甘くするつもりは毛頭ないィイ! ハムスタぉぁ、受け取れぇえ!」


 轟々と雄叫びをあげ、足元に落ちていた木剣ぼっけんを蹴飛ばして渡してくる。

 教官自身は自分の分の木剣を近くのラックから。


 教官、俺のもラックから取って欲しかったです。


「必修実技科目十科目中、八科目欠点。明日明後日の春学期末実技試験すら受けられない立場で、華の夏休みを迎えられないお前に最後にして最大のチャンスをやるぅう!」

「ぇ、嘘、だろ……」


 恐る恐る砂の山に突き刺さった木剣を抜く。

 聞いただけでわかるくらいの俺の落ちこぼれ具合。

 あれ、これ自主退学とか言ってる場合じゃなくね?


「他の先生方には許可を取ってある」


 先ほどまでのうるさい咆哮がなりを潜める、と同時に急に静かになった教官。

 高血圧でついに死んだかと生徒たちが俺と教官の戦いに注目し始める。


「俺を納得させれば、夏を迎えられるぞ、アダム」

「は、はい。ごくり」


 太陽は地上の緊張感を知らず、陽気に空高く昇り、燦々さんさんと日の光をそそいでくれている。

 惜しみない豊穣ほうじょうを全身に受け、俺は木剣に握る手に力を込めた。


「準備が出来たのならかかってこい。ここがお前の踏ん張りどころ……騎士の道を続けるか、あきらめるかの瀬戸際だ」

「……はい」


 眼鏡の腹を押し上げ、ヒゲを携えたオヤジを真っ直ぐに見つめる。


 詳しいことはわからない。

 ただ「アダム・ハムスタ」がーー俺がめっちゃ崖っぷちにいることは何となくわかる。


 だから、遠慮なく行かせてもらおう。


 教官の隙のない立ち居振る舞い。

 流石に教える立場なだけある。

 なかなかの闘争者だ。

 実にーー。


『良い目だな』

『良いをする』


 称賛ひとつーー刹那ののちに俺は意を消した予備動作なしの「縮地しゅくち」をする。

 そしてわずかなラグを持って、教官ののど元に木剣を走らせる。


「ゃぃッ!?」


 教官はすかさず木剣て受けようとするが……あくびが出そうなくらいに、全く間に合っていない。


 ゆえに本能的にだろうか、俺の木剣の斬撃部位に「鎧圧」を全集中させて真剣しんけんだった場合の致命ちめいダメージの軽減しようとしている。


 見事なものだ。

 一介いっかいの教育者が自己鍛錬じこたんれんおこたらず、ここまで出来るとはな。

 ロドニエス騎士学校は優秀な先生を持っている。


 俺は在籍を継続することに後悔しないだろう、と気持ちをあらためながら宣言通り遠慮なく教官をぶった斬らせてもらう。


 空気を押しのけた高速移動なため、闘技場の内側を暴風が襲い土埃つちぼこりがあちこちで舞い起こる。


 首筋への木剣ぶった斬り威力は俺が教官自身の「鎧圧」へ移動させ、地面に流すよう調整したので打撃の衝撃自体は教官に入っていないだろう。

 ただ、そのせいで彼の足元から半径数メートルに及ぶ放射状の亀裂が地面に広がってしまっている。

 が、これは許してほしい。


「ふぅ。筋力にかなり差があるな……早く鍛え直さないと」


 可愛らしい自身の力こぶを指でつつく。

 ひとまずは筋力重視だ。

 力こそパワー、筋肉は全てを解決するんだ。

 それは武術においても言えることわりである。


「まさか……その若さでなんて高さにいるんだ……」

「教官? これは自分の勝ちって事でいいんですかね?」


 青くれた首元を撫で、ブツブツ独白気味な教官は俺の声に反応してこちらへ視線を向けた。


 そしてあたりで騒がしくしている生徒たちを一瞥いちべつすると首元を隠すようにし、視線を真っ直ぐ、こちらを見つめ返してきた。


「んっんゥウ! 良いだろうぅう! 八科目の欠点は免除めんじょだぉ! 手加減したとは言え、この私に認めさせたその腕前! 十分に騎士を目指す器にあるゥウ!」

「おー、ありがとうございます」


 ぺこりと挨拶し、去った危機に胸を撫で下ろす。


「よし、ハムスタァ、模擬演習に戻れぇえ! 期末実技試験はこんな甘さじゃないぞぉお! お前らもたぁあ、このクソにたかるウジ虫野郎どもぉお!」


 加速しだした教官はもう止まらない。


「あー、なんだ教官がマジで負けたかと思ったぜ!」

「はは、馬鹿野郎、アダムに教官が負けるかよ!」

「教官はハムスタに甘いからなぁ〜」

「でも、なんかハムスタの姿一瞬消えなかった?」

「たしかに一瞬消えたような……?」

「そうか? 俺には全然見えたけどな!」

「はい、俺も見えたー!」

「俺もー!」


 教官と俺の一騎打ちに盛り上がりを見せる闘技場の生徒たちは、皆楽しそうに笑っていた。

 大方、俺が笑いの種にされているのはわかるが、別に怒るような事ではない。


 俺はそんな光景を背にエヴァンスに自慢でもしてやろうと思い、生徒たちが真面目に木剣を打ち合う方へ足を向けた。


「ガイル、メリッサ……お前らの息子は立派に育っているぞ……」


 背後でなにか呟かれたような気がしたが、闘技場の騒音はそのすべてをかき消してしまったーー。


 

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