第3話 異世界の知見:であるからしてチョーク

 


「えーであるからして、『魔感覚』の活性化は魔術師との戦闘では最重要課題となります。これらは魔術の鍛錬によって高めることが可能とされておりますが、であるからして剣士である諸君しょくんらにはなかなか厳スゥイ! なので、であるからして、それなくば剣士の勝率は著しく低下することが知られており、またであるからして、であるかして、であるからします、はい」


 分厚い教科書を用いて催眠術をかけてくる教師の座学ざがくは、俺のような肉体派には退屈極まりないものだ。

 ズルズルと俺をおとしいれようとする眠気に空気椅子と全身の筋肉をりきませることでなんとか持ちこたえる。


「ふぅ、軟弱な肉体だ」


 疲れてきたのでちょっと休憩。

 隣の席で真面目に授業を受けているエヴァンスを肘でつつく。


「なんだよ。昨日みたいに俺のことチョークの的にする気か?」

「あれは悪かったって」

「根に持ってるわけじゃないけどな。いい加減真面目に授業受けないと、お前まずいんじゃーー」

「わかってる。だから、あの教師が何言ってんのか教えてくれるか?」


 教壇きょうだんでチェークを激しく動かし黒板を現在進行形で更新している教師へ耳を傾ける。

 カッカッ、と小気味よい黒板を擦る音と共に眠たくなる内容が眠たくなる声でつむがれていく。


「えぇえぇ、であるからして『剣気圧けんきあつ』の派生による『剣知覚』でももちろん魔法の予測は可能です。であるかして、でーあるからしてですが、やはり用途が違いますので、えぇ性能として決定的に差があり、えぇであるからして、えぇ結論を言わせてもらいますと魔術師との戦闘は無謀むぼうな極みであり、であるからして、であるからします、はい」

「言ってる事が一ミリもわからん」

「そうか? すごいわかりやすいけどな。例えばどこらへんがわからないだよ」


 教科書を広げて「剣気圧」と書かれた部分を指差す。


「なにこれ」

「そこ!? 普通『魔感覚』と『剣知覚』の関係性じゃね!?」


 仰天して膝を机にぶつけるエヴァンス。


「であるからして、む、ハッ!」


 投擲される白刃はくじんの矢ーーチョーク、


「ぐへッ!」


 狙い違わずエヴァンスの額に命中。

 くうかつ白き刃に打ち抜かれ茶髪が弾かれた。


「えぇであるからして、騒がしくした者にはこの場で処置を下します、えぇであるからして真面目に授業をうけるように」


 倒れたエヴァンスを助け起こすも、睨まれてぷいっとそっぽを向かれてしまった。


「俺のせいじゃない」

「責任はお前以外の何者にもないだろ」


 ジト目茶髪の頭を撫でて、嫌がられ、また撫でる。

 そんな不毛な事を数回繰り返し俺は再度質問した。


「んで『剣気圧』ってなん。『圧』とは違うのか?」

「圧? それって『剣気圧』の略称だろ?」

「略称ねぇ」


 エヴァンスの答えは俺の疑問を根本から解決してくれるものではなかった。


 俺がエヴァンスに「剣気圧」というものについて尋ねたのには理由がある。


 事の発端ほったん……それはこの世界がもしかしたら俺の住んでいた世界と違うかもしれない……つまり別世界かもしれない可能性が出てきた時のことだ。

 そしてその発想はここの学生たちが俺に与えたものだ。


 なぜか彼らは「騎士」という武芸者にも関わらずみんな「圧」の力を纏っていないのである。

 元の世界だったら格闘者たちはみな「圧」を纏っていたというのに……偶然なのか? 

 いや、ありえないだろ。


 ゆえに俺はひとつの恐ろしい可能性に思い至った。


 ここは異世界で「圧」も存在しないーー。


 恐ろしい命題だった。

 これまで「圧」の力を頼りに筋力や皮膚表面の空気を装甲と化して強化してきたりしたのに、それがいきなり使えないだなんてーー。


 が、実を言うとその答えはすでに獲得している、


 かいは「『圧』は存在する」だ。


 異世界かは依然として判断しかねるが「鎧圧」と「剣圧」は問題なく使う事が出来た。


 だが、一安心ひとあんしんしたのもつかの間。


 ただいま教壇で催眠術師の口から「剣気圧」という名の「圧」があるらしいと知ってしまった。


 これは大問題だ。


 何故なら戦いに身を投じ「圧」の使い手になって半世紀、そんな「剣気圧」などという種類の「圧」は見た事も聞いた事もなかったのだから。


 世界中を旅して、あらゆる技を身につけた俺でさえ聞いた事のない「圧」ーー。


 謎の「圧」が俺を確信へと導き始めている。

 やはりここは俺の知らない世界なのかーー?


「うぅむ……」

「なんだよ、らしくない難しい顔しやがって」


 文明レベルの違いが、ところどころ引っかかる。

 初めは些細なことが別世界であると疑わせた。


 例えば、俺の自室の光源がオイルランプである事。

 古い建物だったりすれば、魔力灯が備わっていない事もあるだろうから、これだけならば特に気にならなかった。


 やはり違和感の大きかったのは馬車の存在だ。

 まさか未だにあんなな乗り物に乗っているとは思わなかった。


 普通に考えて先進国の間では脚力に自慢ある者が引く最新の乗り物、人力車じんりきしゃが主流の交通手段として確立している。


 馬なんて軟弱な生物が「圧」の名手が引く車力しゃりきに敵うはずもなし。

 当然すぎることわりなわけだが……この常識が俺を困惑させたわけだ。


 なんとここら辺の馬たち……なかなかどうして足が速いではないか。


 あんな速度で馬車引く馬なんて俺は見た事がない。

 あれくらいの馬がゴロゴロいるのなれ、確かに「圧」の使い手が車を引くより、馬が引いた方が良いのかもしれない。


 カルチャーショックを受け入れされるだけの力が、あの太くたくましく黒い馬脚にはあったのだ。


 んっん、話を戻そう。


 他にもいろいろと文化、文明的違いに見舞われた結果ーー俺は世界を疑った。

 そして結果的にそれは間違いではなかったように今なら思える。


「ほほう、つまりこの世界じゃ『圧』は『剣気圧』と呼ばれているだけで、別に『剣気圧』っていう名前の技があるわけじゃないと?」

「この世界……? まぁそういう事で間違いない、てか、何を今更な事ばっか言ってるんだ?」

「ふむ、なるほど。でも、だとしたら何故……」


 エヴァンスのしぶしぶと言った様子の説明によって、俺はいくつか知見を得ていた。


 一つ、まずは「剣気圧」が何も特別な物ではなく、ただの「圧」の呼び方の違いだという事。


 二つ、「圧」のルーツがどちらの世界かにあるのではないか、という突拍子も無い考察。


 よくよく考えれば筋力を強化することで戦士の牙となる「剣圧」というこの能力ーーというか言葉。

 この頭についてる「剣」がどこから来たのか、俺は若い頃からずっと気になっていたからだ。


 何故パワーを上げるのに「剣」なのだろう、と。

 周りの者たちを見渡しても、剣なんて弱者の武器を振り回すやからは誰一人としていなかった。


 そんな物を振るとしたら、を狙った変わり者か、鍛錬の末「圧」に恵まれなかったあわれな戦士たちくらいなものだ。

 全体として後者はそれなりに見たりはした事があるが、それでも少数派なのは間違いない。


 剣は主たる武器とは呼べない。

 なのに戦士のほぼ全てが頼る「圧」の二大要素たる攻撃力「剣圧」には剣という言葉が使われてる。


 当時はわからなかったし、知り合いに聞いても誰も俺を納得させる答えを提示してはくれなかった。


 が、今思えばそれは必然だったのかもしれない。

 俺はついに答えを見つけたのかもしれないのだ。


「太古の昔……仙人・ミヤモトが伝えたという『圧』のルーツはこの世界の『剣気圧』だった……?」

「ん、どした、アダム?」

「何でもない。おっさんの独り言だ」


 言葉にしてみると、尚更なおさらそうなんじゃないかと思えてくる。


「ともすれば『鎧』も同様か……ふむ、面白いじゃないか、世界、はは……」

「また思春期病を楽しんで……仕方ないアダムだぜ」


 不本意な認識をされている気がするが、まぁいいとしよう。


 なかなか有意義な時間となった。

 まだ可能性の段階ではあるが、俺はひょっとしたらとんでもない事を体験しているかもしれないと思うとワクワクが止まらん。


 このアダム・ハムスタ、六十歳。

 顎を打たれ世界を超えたのか。

 どうにもこうにも摩訶不思議まかふしぎじゃないか。


 なかなか興味深い第2ラウンド生まれ変わりになりそうだ。


「ふむ、本が一冊書けそうだ」

「加速する黒歴史。その一冊、完成したら是非とも読ませてくれよな?」


 エヴァンスが皮肉にたっぷりに揶揄やゆした瞬間、授業終了を告げるチャイムの音が響き渡った。


 鳴るたびに音の変わるチャイムに触発されて生徒たちは、であるからの講義室を飛び出していいく。


 次の時間は闘技場で何かやるらしいが……このアダム・ハムスタを楽しませてくれる奴はいるのかな?

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