第2話 最愛の幻影
食堂での朝食。
妙に目玉の大きい魚をつつく。
「むむ、昨日の方が美味しかったな。なにこれ」
俺は自分に正直に生きる。
そして肉至上主義の
バランス良く食べなさいとか、俺の妻みたいな事は言わないでくれよ。
「ピラルスの四次元焼き以外何に見えるんだよ。それお前の好物じゃなかったっけ?」
逆になぜ魚ちゃんが、その未知の焼き方をされたと一発でわかったんだ。こいつ正気か?
「これが俺の好物なのか?」
「いや、なんで俺に聞くんじゃい」
半眼の茶髪はスプーンでチョップを入れてくる。
年長者に対する敬意が足りないな。
けしからん、くちばしの黄色い男である。
「ふーん、中身が違うんだから好みも変わるかな」
「どういこと?」
「いや、別に」
不思議そうにする同席者に肩をすくめて応えた。
魚料理の乗っかった四次元皿とやらをエヴァンスのお盆へ流し、パンをもぐもぐする。こっちは旨い。
「なぁエヴァンス」
「ん? なんだよ」
「俺ちょっと頭おかしくなっちまったらしくてさ、少し記憶の確認してもいいか?」
「まぁお前の頭がおかしいことと、まともじゃないのは随分前から気づいてたけどな」
まず自身の身近なことから順に質問していった。
最初の疑問。
それは俺の名前はアダム・ハムスタなのか?
その答えは、イエス、だった。
生まれ変わりなのか何かはわからないが、どうやら今世も俺はアダム・ハムスタという名前で通せるらしい。
奇跡的な同姓同名である。
そしてかなり気になっていた質問。
今はいつの時代なのか?
その答えは、新暦3065年……という年らしい。
聞き覚えのない
さらに言えば世界中を武者修行と
突拍子もない発想が頭をよぎる。
いや……まさかな、ありえないだろ?
今は想像を膨らませる時間ではないのだ。
現状を受け入れる、ただその事だけに専念しよう。
思考を戻す。
基本的にだが、今世の俺の身の回りの環境は、俺の認識とボタンひとつ掛け違った様な印象を受けることが多い。
俺の生きていた時代よりいくらか文明レベルが遅れているように感じるということだ。
ベッドに灯り、食器、建物のデザインなどなど。
感覚的にだがおよそ100年〜200年程前の時代の様に感じる。
ただ俺の知ってる後進国のいくつかをピックアップすれば、たしかにこれくらいの文明レベルでもおかしくはない……ような気もするので、やはり確定的な事は何もわからない。
俺も世界の全てを知っているわけではない。
とにかく環境への違和感はぬぐえず、見るもの見るものに対して疑問は尽きなかった。
次のは素朴な疑問。
なぜ俺は六十歳にもなってラッパの音で叩き起こされなくてはいけないのか。
その答えは、お前が騎士学校の生徒だからに決まってんだろ! だった。
どうやら今世の俺は知らないうちに騎士とやらを目指して日々訓練と勉学に励んでいたらしい。
そして新たに湧いた疑問。
その騎士学校とは何をする場所なのか?
「お前どんだけ強く頭打ったんだよ!? 全部忘れちまってんのか!?」
「いや、まぁそうだな。結構忘れてる、かもしれん」
「はぁ〜昨日は見直したのに……やっぱりお前はアダムだよ」
「だろうな。結局、アダムだったよ」
エヴァンスは呆れながらも質問に答えてくれた。
まず騎士とは何か。
俺の記憶にない単語だったので、そこから教えてもらうことにした。
エヴァンスいわく、騎士とは国に仕える武芸者であると。さまざまな武器術を
ふわっとした説明だったが空気感はつかめた。
そして次に、騎士学校とはその名の通り、騎士を育成するための機関であるという。
所在はゲオニエス帝国と呼ばれる大国のとある都市らしく、まさに俺たちが今食事をしているこの場所こそが騎士学校「ロドニエス騎士学校」なのだと言う。
全寮制の男女共学での二学部制。
防衛学部は主にエリート兵士になるための学部。
騎士学部には名前の通りーーそして剣士と魔術師のコースがある。
俺とエヴァンスが
「騎士学校に来てまで兵士になるのは
「魔法学校なんてあるのか。変わった場所だな」
「そうか? まぁゲオニエス帝国は魔法大国ローレシアと同じく5つ魔法学校あるし……てか、それくらい知ってんだろ」
猿でもわかるエヴァンスの騎士学校講座を受けて、俺は自分がどういう場所にいるのかを理解した。
学生という響き。
若さに飢えるおっさんワクワクしちゃうよ。
ただ、なかなか楽しそうな身分ではあるが、
俺は少しだけ思案して、ひとつの決定を下した。
「よしエヴァンス、世話になった。学校辞めるわ」
「ぼふぇーッ!?」
俺の発言は隣の席座る若者たちーー学生たちにも聞こえていたらしく、皆が目を点にしてこちらを見つめてきている。
それらはまるで絶対にしない選択肢を、平気で選ぶ愚か者を見つめるがごとき眼差しであった。
ー
騎士学校で行われる最初の授業は柔術だった。
剣を失った際に最低限戦えるようにするのが目的の補助的な科目だとか。
どうにも騎士というのは剣を使って戦う事を主流としているらしい。
俺としては硬い「鎧圧」で覆った肉体で戦う方がよっぽどやりやすいと思うのだが……エヴァンスにその事を言ったら鼻で笑われた。これはイラッときたね。
いわく「鎧圧」じゃ
そんな事は常識だ、と。
俺は全然そんな事はないと思うんだが……。
「アダム、流石に考え直せよ? な?」
「もう決めた事だ。目標を定めたらあとはそこへ行くために精進するのみ」
「お前四ヶ月に『絶対騎士になってやる!』つって騎士学校入ったんだろがい! それも忘れたのか!?」
一定の技を掛け合うメニューの最中も、俺とエヴァンスは再三繰り返した問答を続けていた。
繰り返しても、もう決めた事なのだ。
大人しく彼には諦めてもらう他ない。
なんでこんなに引きとめてくるのかわからん。
「よーし、次は乱取り稽古だ。ペア組んで自由にやってけぇえ!」
デカイ声を張り上げる男。早朝の教官だ。
毎時間俺たちの授業を監督しているみたいだ。
彼の声が道場に響くと生徒たちは皆、それまで組んでいたペアで適当に技を掛け合いだした。
男子たちは真剣に向き合う者、ヘラヘラしてサボる者など、同じ騎士を
女子たちは比較的真面目にやっている者が多い。
自惚れ抜きにかなり強い俺の目から見れば、彼らの柔術などお
彼女らは本気で強くなろうとしている。
俺はそんな乱取りする生徒たちを見て、ひとつの提案をエヴァンスにすることにした。
「そうだ、エヴァンス、そっちが俺に勝てたら自主退学は考え直すぜ」
「ッ! 本当か! いいぜ、いいぜ、やろうぜ!」
シンプルな提案だ。
退学したい者と、それを引き止める者。
勝った方が選択する事ができる。
ついでにエヴァンスがどれくらいやれるのか見てやるというのも面白い。
「このネオ柔道ガラパゴス国際大会15連覇の俺に勝てるかな?」
「ふっふっふ、何言ってるか全然わからねぇけど、このエヴァンス様相手にずいぶんと余裕じゃないか!」
ニコリと笑い、数歩距離を空ける。
が、すぐにエヴァンスは突進してきてーー。
「どらぁあー!!」
「ほう、元気が良いのはいいことだ」
勢いが良いのは結構。
けど……あくびの出るような速度だなぁ。
まさか遊んでる訳じゃあるまいて。
「無謀な提案だったなッ! 俺はお前に負けた事ないの忘れたかぁぁあ!」
「忘れてないさ。初知りだ」
間合いを詰めたエヴァンスは俺の胸ぐらと袖口を掴み、先ほどと同じように背負い投げを
「てやぁぁあ! ……む、てや! むむ、てやてや!! ぁ、てやや? ん……あれ?」
エヴァンスは威勢の良い掛け声とともに思いっきり重心を落として、力一杯俺の腕を引っ張ってくる。
が、こいつが俺を投げる事は叶わないだろう。
ビクともしていないのである。
俺でもびっくりするくらい全く動く気配がない。
俺の体はい
武芸者でもそれなりの高みの領域にいなければ、何をしているかわからないだろう技術を用いているわけだが……まぁ言ってしまえば直立したまま、重心を足裏まで移動させるだけの技だ。
昔、旅先の武術家に教えてもらって以来、それなりに重用してきた技とも言えるか。
これは何も「鎧圧」や「剣圧」ーー筋力を増強させる技。防御力の「鎧圧」と
高度な体重移動が可能にする人間の
「ふぁ〜どしたぁー? 投げるんじゃないのか?」
「ぐぬぬ!」
思ったより弱かったな、エヴァンス少年。
仮にも国家を守る騎士志望の学生さんならもう少し出来ると思ったが……これじゃちょっと同情してしまうよ。この国の
「クソォッ! なんでこんなぁッ! 昨日から何かおかしいじゃねーか、ぁあ!」
もはやテコでも動かせないとわかっているだろうに、エヴァンスは諦めず荒く息を吐きながら俺の袖を引っ張っている。
「ここまでか……ぽーい、俺の勝ちー」
「うぎゃぁあー!?」
エヴァンスを一呼吸のうちに投げ飛ばした。
うめき声をあげながらも起き上がるエヴァンス。
這いずるようにしてこちらの足へ手をかけてくる。
「ぅぅ、どうして辞めるなんて言うんだよ……俺たち一緒に騎士になろうって言ったじゃねぇかよ……、あれは嘘だったんかよ、アダム……ッ!」
「……ッ」
涙ぐんで起き上がったエヴァンスを見て、俺は初めて自分が軽率な判断しようとしていた事に気がついた。
そうか……この「アダム・ハムスタ」には泣いてくれる程の友達がいたんだな……。
少しだけ「お前」の事が理解できた気がするよ。
かつての凄惨な青春時代を思い出す。
瞼を閉じて深くため息をつく。
もしかしたら世界が違えばアダム・ハムスタにだって幸せになれる選択肢があったのかのかもしれない。
何も考えてなかった。
この歳で未だ
はてさて、そうなると求道か友かーー。
俺は涙目で心に訴えかけてくるエヴァンスを見下ろし、腕を組んで
と、その時。
「学校辞める、なんて好きな事はさせないよ。ハムスタ、あんたに勝てば
「ん……可愛らしい声だ。どちら様かなーー」
自身の判断を思い直していたところへ高いピッチの声が投じられる。
その声音にわずかに聞き覚えを感じた。
ずっと昔に失われた機会。
もう二度と聞けないと思っていた愛しい声。
俺は触発された感情に導かれ振り返った
「ぁ、嘘だろ……」
「ん? 何も嘘なんてついてないよ?」
高飛車な印象を抱かせる可愛らしい声が、生徒の気合いの響く道場に染み込んでいく。
俺は自身の瞳に映した少女の姿にかつもくし、その声音に打ちひしがれた。
なぜなら、記憶の中にだけ存在するはずの少女が、今、まさにそこにいたのだからーー。
「ヘレンなのか? いや、馬鹿なそんなはずない……ッ!」
思わず口走って、自分で自分の言葉を否定する。
「何ひとりでもにゅもにゅ言っ……気持ち悪いなぁ」
「ッ、ヘレンはこんな毒吐かない、よな……?」
少女はこちらへ
その瞳は俺と同じ若干青みかがった緑色をしており、長い髪は灰色で、柔術の授業でなんで付けてるからわからない
その姿はかつて最愛の妻と時を同じくして失ってしまった、俺の娘、ヘレン・ハムスタにそっくりだ。
たまらずそっと手を伸ばし、そこにいる白肌の輪郭を確かめようとする。
が、ふと思いとどまり慌てて手を引っ込めた。
「アダム……? どうしたんだ?」
「いや……心配するな。何でもない」
「いやいやいや、何でもないじゃなくて、私と勝負してよ!」
灰髪の少女は、
ほら、見ろ、小さい体をこんな使って
なんて可愛らしいんだ……。
「んっん。悪いね、お嬢ちゃん。君とは戦えない、さらだば」
「さらだ……ぁ、ちょ、ちょっと私はあんたに学校辞めてもらう訳にはいかないの、だから勝負してよ!」
とにかく落ち着く事を優先して、その場を立ち去ることにした。だが、背を向けて歩き去る俺に追いついた少女は手を引いて引き止めてくる。
皮の厚く、大小傷のある硬い手だ。
厳しい研鑽を積まなければこうはならない。
こんな幼いのに、な……。
俺は身長の同じ少女の手のひらから、その人生の
「大丈夫だ、辞めない、まだな」
背後で騒がしくする少女を肩越しに見つめ、小さく呟く。
そして俺は暑苦しい道場の入り口を出て、外の新鮮な空気をーー、
「ゴラァアッ! 勝手に歩き去るんじゃないィィ!! 真面目に授業受けんか、ハムスタァアッ!」
「ぁ、すみません、戻ります」
チッ、格好つかねぇなーー。
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