幼年期の始まり

 ーーー


 その日、帝国の北方都市は大火に包まれていた。


「詠唱が完了し次第、一斉砲撃だぁあ! 点じゃない、面で捉えろ!」


 駐在していた魔術騎士団、そして運良く居合わせた宮廷魔術師団の特別編成部隊が放つ炎の嵐。


「ぐっ! ダメか、倒れる気配がない!」

「あんな化け物がこの世に存在していたとは。いやはやこの街も今日で終わりですかなぁ……」

「縁起でもないことを言うなッ! この都市にはまだ『竜殺し』のカクリキ様がいる! それに高位冒険者パーティだっているんだ! ギルドが動くまで耐えきればこっちのものよ!」


 英雄は登場を遅れるもの、そう信じ彼らは戦った。


 ーーー


「まさか、あのカクリキ様が討死うちじにだなんて!」

「もうロドニエスはお終いだぁ!」

「冒険者ギルドは何をしているんだ! 雑魚でも良いから、さっさと冒険者たちを派遣していればこんなことには!」


 走り逃げ惑う帝国兵士たちが見える。


 この都市の大英雄「竜殺し」のカクリキすら死んじゃったんだ……まぁそんなことどうでもいいけど。


「あぁ……早く終わらないかなぁ」


 嫌な記憶が僕を掴んで離さない。

 手に持つ「不合格」の文字が刻まれた羊皮紙を広げ……グシャッと丸め、投げ捨てる。

 知っていたさ僕なんか騎士になれないって。


「ぬぐぅー! 頑張れ! 手を伸ばせー!」


 瓦礫の下に隠れる僕とは違い、勇敢な男が目の前で救助活動を行なっている。


 彼のような人間が騎士にはふさわしい。

 僕なんかではない。


「うぁあ! やめろっ! よせェェエーー」

「ッ!」


 勇敢な男は壮絶なな叫び声を最後に静かになった。

 炎の中から現れた四足歩行の痩せ老人のようなバケモノに、胴体を食いちぎられてしまったのだ。


「もう、僕は、僕は……」


 消えていなくなってしまいたい。


 綺麗事は吐くけど実行しない、自分勝手な人間。

 気まぐれで、苦しいと思ったらすぐやめる。


 自分でも思う、とんでもない惰性だと。


「うぉぉおー! チェスカ今助けるぞぉお!」

「ぅ、この声、まさか……ッ!」


 声に顔をもたげて見たなら、向こうから明るい茶髪の青年が走ってきているではないか。


「エヴァンス……やっぱりお前は英雄になれる器なんだよ……こんな陰でコソコソ隠れている僕とは違う」

「な、なんだこの魔物! まさかポルタかッ!」

「うぅ、ごめん、ごめん、エヴァンス……あぁ、力無い、勇気もない僕のせいで、お前も死んじゃうことなる……ッ!」


 枯れた涙と乾いた唇が懺悔ざんげ悲哀ひあいをペラペラ語る。


「うがぁあ!」


 エヴァンスが吹き飛ばされる。

 魔物が軽く前足を振っただけなのにあの有様だ。

 ポルタなんて常人の勝てる相手じゃない。


 僕は願った。

 奇跡、あるいは奇跡を与えたもう気まぐれの神に。


 あぁお願いです、神さま。

 僕に一度だけ、このクズで腑抜ふぬけでどうしようもないアダム・ハムスタに一度だけでいいんです。

 どんなバケモノだって一撃で倒すくらい最強の力をお与えください!

 ぁ、でも、やっぱり目の前の友人を救うくらいの力でもいいです! 贅沢は言いません、お願いします!


 優柔不断な神頼み。

 こんなの神が聞くものか。

 僕はそっと瞳を閉じ……全てを諦めた。


「″おいおい、少年。諦めるにはまだ早いんじゃないんか? 何もやってない奴が何を諦められるってんだ?″」


 どこからともなく聞こえる声。

 その瞬間ーー僕の意識は急速に消されていった。

 いや、飲み込まれていったというのか。


 五体ごたいのすべてを完璧に操れるーーそんな全能的な気分に飲み込まれて、僕の意識は薄く消えていく。


「″少しばかりこの体で遊ばせてもらおうぞ、少年″」

「あ、なた、はーー」

「″ん? 俺か? 俺の名前はーー″」


 あぁなんてことだ……その名前を知っているーー。


 ー


 あたりでは救助活動が行われ始めていた。

 目の前で横たわる、まだ温かい巨大生物の解体作業が始まるのはもう少し後だろうか。


「アダム、お前、やっぱりとんでもない力秘めていたんだな! 俺が見込んだ通りだぜ!」

「エヴァンス……違うんだ。これは僕じゃない」


 ぐるぐると巡る思考。

 先ほどまでの不思議な体験のことを繰り返し考えていた……けれども答えは出ない。


 ただ、ひとつだけ何か自分の内側で変わる物があった事には気がついている。


「何もしてないやつ、が……何を諦められる……」

「ん、どうした、アダム?」

「エヴァンス……僕、騎士になるよ」


 それが僕の初めての覚悟。

 僕という存在が意味を持つ、始まりの決断だ。


「アダム……ハムスタ……あなたは、僕、なのか?」


 朝焼けの空は透き通って爽やかに。

 気まぐれの邂逅かいこうは始まりの夢のほんの序章に過ぎない。

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