【未完結】終わった拳者は先を目指す〜今世はしょっぱな技量MAX、相手はもっぱら宇宙悪夢〜

ファンタスティック小説家

プロローグ

伝説の終わり

 

 星空に浮かぶ数多あまたの世界。


 その全ては外側のまことの神々からすれば、おのが星で起こり、展開し、つむがれる独立した物語でしかないかもしれない。


 だが、時に天文学的数字の上に気まぐれの神秘がそれぞれの道を重ね合わせることもあるだろう。


 それは伝説の続き、終わった男の物語。

 そして彼を必要とした者たちとの邂逅かいこうだ。


 宇宙は収束する。

 本当の悪夢は遥か遠い場所にあるのだーー。


 ーーー


 琥珀こはく色の液体をグラスに注ぐ。


「おいおい兄ちゃん、年のわりにずいぶんいかちぃの飲むんだな」

「あぁ……今は酔いたい気分なんだ」

「なんだ、嫌なことでもあったんか?」

「ちょっと学校でな。どうやら俺は二度目の人生も失敗しちまいそうなんだ」

「二度目……? そらぁ一体……ーー」


 あぁいつからだったか。

 この夢のような時間が始まったのは。

 うん、そうだ、あの時だ……まだ俺がだ。


 ーー数日前。


 直上からの光がやたらとまぶしい。

 以前来た時より魔力照明が進化してるのか。

 オーナーも時代の流れには逆らえないらしい。


 ただ、古びたリングはご愛嬌。

 足裏に馴染む砂の感触が懐かしいじゃないか。


「クソッ! この老害がぁあッ!」

「うぉっと! 年長者を敬う気持ちが足りないな、親がろくでなしだと子もこんなもんなのかな〜?」

「ッ、はん、悪りぃが、俺は凶弾飛び交う地獄街で育ったんだ! 親なんて知らねぇんだよ!」

「おぉ〜それは怖いねぇ〜!」


 豪風を纏い、会場全体を揺らす程の拳撃けんげきがコンパクトに打ち込まれてくる。

 良いパンチ……だが、俺には当たらない。

 踊るようにさばいていく。


「やはり強い、強すぎるぞアダム・ハムスターッ!」

「現役チャンピオンが手も足も出ません! いや、手は出ているが全く当たっていないィ!! アダムは幼子おさなご児戯じぎに付き合うがごとく微笑んでいますゥ!!」

「ウラァォァアッ!」


 熱狂した歓声を上げていた観客たちは、実況の煽りを受けてさらにヒートアップしていく。


「復活した伝説の男!! 三年ぶりに地下闘技場へ帰ってきた彼の実力はまだまだ衰える事知りません! 御歳おんとし六十歳、未だ現役ですッ!!」

「あ、ヨネマツさん、見てください、アダムがッ!」


 司会席に座る実況者たちは俺と対戦者の踊るリングの上の光景に喜色を示した。


「それは……ッ! ぐっ、舐めやがってぇえ!」

「はは、そろそろ終わりにさせてもらおうか、坊主」


 巨漢から一歩間合いを空けた位置ーー俺は誘うように顎を突き出して、巨漢を挑発してやったのだ。


 四半世紀前より昔から、格闘ファンたちの間で見られ語り継がれて来た、試合の終わりを約束する伝説の挑発行為。


 彼には光栄に思ってほしいものだな。


「早く来いよ、坊主、年季の違いを教えてやる」

「俺様はネオボクシング5階級制覇者だッ! もう素人じゃねぇ! アンタを見上げてただけのガキの頃とはちげぇんだ!」


 どうやら現チャンピオンは自身の脚部へ力を込めはじめたご様子。単調、目に見えてわかるぜ。


 そして砂の敷かれたリングを爆発させて水平に跳躍し、こちらへの間合いを一瞬で詰めてくる。


 対して、俺はあたかも全く反応できていないかのように動かない。これだって昔からやってる事だ。


 挑発したのだから、無様な回避はご法度はっとさ。

 ギリギリでの対応でこそ輝く。

 だからこそ場が盛り上がる。


「テメェの時代は終わってんだよ、古株がァア!!」


 雄叫びとともに殺人的重量の「鎧圧がいあつ」ーー肉体表面に纏わせられる硬質な「あつ」の層。重さがある。地方では気功とか言うーーを拳に乗せるチャンピオン。


 格闘者、しかも「圧」の力が使える者同士が本気で戦ったなら、殺人案件間違いなしだというに。


 ただ、良い機会だ。

 この現役ネオボクサーくんに思い出させてやろう。


 お前の相対しているこのアダム・ハムスタが、かつてネオボクシング全20階級制覇を果たした自称他称の「拳者けんじゃ」ってことをーー。


「素人が。一からやり直してこいーー」


 俺もまた拳に「鎧圧」を乗せた。

 そして放つチャンピオンの視界外からの左フック。


 差し込んだ俺のフックはカウンターとなりて、狙いたがわず現チャンピオンの顎を打ち抜いたーー、


 ーーボギャアッ


「ぁれ、ぐぶふぅッ!?」


 かのように思われた。


「ぁ、ぁぁあー! アダムが致命的なフックをもらってしまったぁぁあ!!」


 視界がチカチカする。


 天も地もがあやふやになり、骨のずいで地面を捉えていたはずの絶対安定感が打ち砕かれていく。


「ば、ばか、なぁ、ぁ……ッ!?」

「ケッ! 何が年季の違いを教えるだ! やっぱりただの老いぼれジジィじゃ……ねぇかよぉおッ!」


 カンカンカンッ、と聞き慣れた試合終了のゴングの音が脳内に響いた。


 俺のフックが……妻の顔を見るより繰り返してきたはずの拳撃が、あんな若造に破られたなんてーー。


「はは、だ、せ、ぇ……な……」


 三年前の敗北以来、恐ろしくて逃げていた結末にとうとう追いつかれてしまった。


「ぉ、れ、は……」


 そうか、やはり俺はーー。


「やっぱり、あんたはもう……」


 そうだ、俺はとっくに終わっていたのか。


「ぁ、ぁ、ぁあーー」


 ここが終着点ーー俺の終わり……。


 意識は希釈きしゃくされ、もはや何も見えない、聞こえない、感じない、考えることすら出来ないーー。


 けれど一握いちあくの願いまでは薄れない。


 もっと……先を知りたかったーー。


 俺が諦めと共にそう願った時。

 いつしか俺の目の前はただの白一色に染め上げられてしまっていた。

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