内気な藤!!
謎のイナゴ大量発生から丸二日。休校が解けた倉倉高校には、生徒が登校していた。
その中に、常夏と風華の姿も確認された。しかも、二人揃っての登校だ。
これにはどよめいた生徒達。
常夏は誰とでも普通に接するが、超人気者。しかし、実は親しい人間は、少なくとも倉倉高校には居ない。
風華も超美貌の正義感の塊の生徒会副会長として超人気者。憧れの対象としてよく見られていたが、厳格な雰囲気から一歩退かれていた。此方も親しい人間は倉倉高校にはいなかった。
その二人が仲良く登校してきたものだから、皆驚きながらも憧れの目で見ているのだ!!
そんな雰囲気度なんのその。風華はボソッと常夏に呟く。
「常夏、あなたの超方向音痴は私がカバーするから、毎日ちゃんと家で待っているのよ?」
常夏はニカッと笑う。本当に嬉しそうに。
「うん!助かるよ風華ちゃん!例えバラさない為の見張りだとしてもねっ!」
慌てて常夏の口を塞いだ。
「だからっ!そんな事言っちゃ駄目でしょ!!今の結構大きな声だったわよ……まったくもう、アンタってば……」
傍から見れば仲良しな光景だ。じゃれているようにも見える。風華の心中は置いといて。
常夏には本当に悪気は無いし、みんなに話すつもりも全く無い。
朝、ゆっくり眠れると言う、感謝の気持ちがかなり大きかった。
だが、これが常夏なのだ。悪意がないからこそ、風華も監視せざるを得ない状況になってしまったのだ!!
そんな中、生徒達に緊張が走る。
登校時の穏やかな空気が一瞬にして変わったのだ。
気配を察した風華は振り返った。
そこには、多少ウェーブの掛かった髪を鬱陶しそうに掻き分けながら歩いてくる、目つきのとても悪い美女がいたのだ。
「
嵩屋敷 藤子はその鋭い眼光から、生徒達に怖がられていた。だが、美人である事と、かなりのスタイルを保持していた為、一部生徒には憧れの対象にもなっていた。
更にはその目つきの悪さから、不良としてのレッテルを貼られ、不良に憧れる生徒達の中では崇める対象にすらなっていた。
その藤子と風華が接近する。
片や正義感の塊の生徒会副会長。片や倉倉高校を牛耳る不良。
互いに意識しない筈は無い。
生徒達は、勝手にそう思い込んでいた。
常夏達に気が付いた藤子は、鞄を担ぎながら接近していく。
擦れ違う刹那、藤子は常夏と風華をギロッと睨み付けた。
生徒達に緊張が走る。
常夏達をいきなり殴るのではないか、いきなり蹴りでも入れるのではないかとヒヤヒヤしていた。
だが、藤子はプイッとそっぽを向き、スタスタと校内に入って行った。
「物凄く好戦的な目つきね……」
やはり風華にも緊張が走ったようで、藤子が去った後に額から流れていた汗を拭った。
「お友達?」
「友達じゃないわよ。知らないの?嵩屋敷 藤子と言って、物凄い不良だって噂」
常夏はふ~んといった感じで藤子の後ろ姿を目で追った。
「でも、綺麗な子だよね~」
「まぁね……隠れファンも沢山いるみたいだしね……」
だが風華の藤子に対する評価は、学校の風紀を乱す悪者、生徒会の敵としてのみの認識だった。
だが、常夏を見て、そこでハタと気が付く。
嵩屋敷 藤子は不良との噂だが、実際彼女から被害を受けた生徒はいなかった。勿論隠れて悪行を行っている可能性も否めないが……
目の前の常夏だって評判は凄く良かったが、蓋を開けてみるとこんなだった。ひょっとしたら、嵩屋敷 藤子も……
そんな思考が常夏から鞄を預けられた事によって消された。
「ゴメン。ちょっとトイレ。先に部室に行ってて」
「ちゃんと来るのよ?」
風華は常夏の鞄を持ちながら、園芸部のプレハブ部室に移動する。
常夏はトイレに向かってダッシュする。
「う~!ヤバいヤバい!一番近いトイレは職員用かぁ!」
先生達が使用しているトイレは、生徒は入って来ない。勿論、常夏も使用した事は無い。
だが、今日は膀胱が限界だった。
「えーい!行っちゃえ!!」
美少女の自分がお漏らしする訳にはいかない。漏らすよりも職員用に駆け込んだ方が、肉体的にも精神的にも全然いいのだ。
その教員用トイレに、一人の美女が、自分が映っている鏡から視線をそらして独り言を呟いていた。
「……はぁ、今日も話し掛けられなかった……………」
全校生徒の人気者、小鳥遊 常夏と保呂草 風華が一緒に登校していたのを遠目で確認した藤子は、是非ともお話して仲良くなりたかった。自分も彼女達に憧れていたのだ。当然そう思うだろう。
だが、藤子は目が非常に悪い。
本当に、あの二人か確認する為に接近してジッと見た。
間違いじゃなく、本当に常夏と風華だった。
意を決し、根性を出して話し掛けようとしたのだが、恥ずかしがりやの藤子は、話しかける事を躊躇い、そのまま通り過ぎたのだ!!
「ああ~!!せっかくのチャンスだったのに~!!」
激しく後悔する藤子。その時鏡を見た。
鏡の中の自分と目が合った。
超高速で目を逸らせた。頬を若干赤らめて。
全校生徒から不良と恐れられ、またその美しさからファンも沢山いる嵩屋敷 藤子だが、近眼で目を細めなければ、よく見えないから睨み付けていると誤解されている、鏡の中の自分とも目を合わせる事が出来ない程の恥ずかしがり屋だから、友達も作れないという……
超内気な女の子だったのだ!!
バン!!
勢い良く扉が開き、驚き其方に目を向ける藤子。だが、やっぱり高速で顔を背けた。
「どいてどいてどいてどいてどいてどいてっっっ!!」
常夏が猛スピードで突っ込んで来たのだ。
「ひ!?」
今度は突進してきた人物に目を向けて、身体を硬くした藤子。衝突されると思ったからだ。
しかし常夏は藤子を華麗に躱してトイレに駆け込んだ。
呆然としながらも呟く藤子。
「い、今のは小鳥遊 常夏さん……?何故職員用トイレに?い、いえ、そんな事よりチャンスだわ……!!」
自分も教員用トイレを利用しているのに(恥ずかしいから沢山の生徒が群れる女子トイレでは用が足せないのだ!!)不思議がるが、幸いにして周りには人がいない空間。
恥ずかしがりやの藤子にとって、周りの目を気にせずに常夏と話すチャンスを得たのだ。かなりのハードルが下がったと言えよう!!
「な、ななななななななな何て言って話しかけよう……………?」
しかし藤子はテンパってしまった。
ガチャッ
結構な時間テンパっていたのだろう。常夏が用を済ませた時間になるくらいは。
「いや~!久しぶりにピンチだったよ~!」
常夏は大声で独り言を言いながら、手を洗いに洗面所に近付く。
(どどどどどどどどどどうしよう?ななななななななな何て話しかけよう?)
テンパったままの藤子。近眼の目を細めて常夏を見る。
「ゴメン、ハンカチ貸して?」
思いがけずに常夏から話しかけて来た。よく顔を見ようと接近したのが仇となったのだ。いや、僥倖と言うべきか。だって向こうから話し掛けて来てくれたのだから!!
「……ほらよ…」
藤子は恥ずかしさと緊張からボソッと小声で素っ気なくハンカチを貸した。顔を背けて、背を向けて、腕だけでハンカチを渡した。
「ありがと」
ニコニコしながら借りたハンカチで手を拭く常夏。こんなそっけない態度を取られたら普通は委縮するだろうが、そんな雰囲気を微塵も出さずに、堂々と。
(チチチチチチチチチャンスだわ!『あの』小鳥遊さんと仲良くなれるチャンスだわ!)
心臓がバックンバックンと高鳴る藤子。顔を背けながら、背を向けて。
「ハンカチありがと!はい!」
(うわ!小鳥遊さんが私にハンカチを返してくれるっ!)
ドキドキしながら手を伸べる藤子。常夏と軽く手が触れる。
「……ああ…」
藤子は超緊張から再びぶっきらぼうに返してしまった。
「部室に早く行かなきゃ風華ちゃんに怒られちゃうな」
常夏は再びダッシュでトイレから飛び出した。
部室。常夏は園芸部に所属していた筈だ。つい最近、生徒会副会長の風華も入部したと聞く。
一緒の部活なら、あの憧れの常夏と毎日仲良く話せる!!
「その…園芸部に、私も…入れて欲しい……って!もういないっっっ!!」
限界まで勇気を振り絞って発した言葉は常夏に届かなかったのだ。
藤子はガックリとして洗面所で俯いてしまった。
「嵩屋敷 藤子か?」
名を呼ばれて俯いた顔を上げ、キョロキョロする藤子。
「……空耳かしら…」
「下だ下、下下。さっきの状態で良かったのに、何で顔を上げちゃったんだよ」
言われて下を見た藤子の足元に、デカいタワシが転がっていた。
「……タワシ?」
覗き込む藤子。なんでタワシが?しかもこのサイズ、通常のタワシよりも遙かに大きい。
注意深く観察しているその時、タワシからグローブがにゅっと出てきた。
藤子はトイレなのに尻餅をついた。俗に言う腰を抜かした状態に陥ったのだ。
「ななななななななな!!ななななななななななななな!?」
そしてタワシはグラサンをかけた顔をぬっと現す。
「私はタワシではない!モグラの
グローブと見間違える程のデカい手をぬっと出して握手を求める沙彌吾。
(どどどどどどどうしよう……大きなモグラが握手を求めてきたわ……)
困惑する藤子だが、実は結構嬉しかった。
恥ずかしがりやで友達がいない藤子は、握手を求められた事も、求めた事もなかったからだ。
藤子はおずおずと沙彌吾と握手を交わした。
「ふっ、ちゃんと挨拶はできるようだな。流石伝説のヒロインラフレシアンに選ばれただけはある」
満足そうに頷く沙彌吾だが、藤子にはなんのこっちゃか解らない。
「ラ、ララララララ、ラフレシアン?」
「そうだ藤子!君はラフレシアンとなり、悪のカンキョハカーイと戦う宿命を背負っているのだ!
どこかからか取り出した変身携帯をヌッと藤子に差し出す。
鮮やかな藤色の変身携帯を、流れのまま手に取る藤子。激しく首を傾げてはいる沙彌吾「チェンジ・ラフレシアンと言って真ん中のボタンを押せばいいから。そしたらお前はラフレシアンに」
変身の説明をする沙彌吾だが、それを遮るように質問を被せた。
「あ、あああああ、あの、カ、カカカカカカ、カンキョハカーイって……?」
「ああ、先日倉倉学園に大量発生したイナゴの群れ……あれこそがカンキョハカーイの仕業だ!!」
バーンとグローブみたいな手を突き出す沙彌吾。
藤子はある噂を思い出した。
気絶から覚醒した野次馬の方々が、口を揃えてこう言ったと。
イナゴの群れを操っていた緑色の怪人と戦っていた二人の美少女の事を。
その美少女達はパンツ丸見えよろしくな短いスカートで怪人と戦っていたと。
頭部に大きな花が咲き、そして、その花から放たれた臭いは、この世の物とは思えない程臭かった。と!!
「さ、さささささ、流石に恥ずかし過ぎるわっっっっ!!」
藤子は沙彌吾の手を払い除け、ダッシュで職員用トイレから逃げ出した。
「あっ!!コラっ!!待て藤子!!」
沙彌吾が藤子の後を追う。
「ひゃあああああ!!来た来た来た来た来た来た来た~!!付いて来たっっっ!!」
後ろを振り返りながら逃げる藤子。モグラなのに、なんてスピードだと感心しながら。
つうか匍匐前進のように追って来てそのスピードは、寧ろ感嘆する。
しかし藤子の脚が止まる事になった。
沙彌吾に追いつかれた訳じゃない。ズガガガアアァァアン!と、校庭から爆発音が聞こえたからだ。
「な、ななななななななな、何何何何何何何?」
そこでハタと気が付いた。
此処は常夏と風華が在籍している、園芸部のプレハブ部室の前じゃないか、と。
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!……む、無意識にこっちに来ちゃったけど、小鳥遊さんと保呂草さんは、爆発音を聞いてちゃんと逃げたかしら……」
気になり、そっと窓から様子を窺う。
「ま、まだ逃げてない!」
逃げるよう促す為に、扉に手を掛けた。
「また来ちゃったねカンキョハカーイ」
常夏の言葉に、扉に掛けた手が止まった。
「仕方ないわ。行きましょう常夏」
風華の言葉に、止まった手が震えた。
「か、カンキョハカーイって言わなかった?」
それはついさっき、あのモグラの口から出た言葉と同じではないか?
「面倒だなぁ…風華ちゃん、一人で倒して来てよ~」
あの小鳥遊 常夏の口から『倒す』との単語が出たような?
「全くあなたと来たら…なんでそんなに適当なの!」
生徒会副会長の風華が、高校のアイドルを適当だと叱っている?
「まぁまぁ、そんなに怒らないでさっ。ムギチョコあげるからぁ~」
「む、ムギチョコ?わぁーい!ありがとー!わぁーいわぁーい!」
正義感の塊と言われている風華が、ムギチョコを五歳児のように喜んで食べ始めた?
色々訳が解らなくなった藤子。
呆けているその時、沙彌吾が藤子に漸く追いついた。
「はあ、はあ、あ、あいつ等もラフレシアンだ…先日の敵はあいつ等が倒したんだ」
我が耳を疑った。
『あの』小鳥遊 常夏と保呂草 風華が、恥ずかしい格好しながら悪臭を放つヒロインだったとは!!
だが、これはチャンスでもある。
倉倉高校の人気者の二人と運命を共有し、仲良くなれるというチャンスだ!!
藤子は意を決して園芸部の扉を開いた。
「ん?」
「あ、あなたは嵩屋敷 藤子!」
すっとんきょうな表情の常夏に対して、かなり緊張し身構える風華。対して藤子はドキッとして、顔を赤らめた。
あの保呂草 風華が自分の名前を知っているとは、想像すらしなかったからである。
目が悪い藤子は、目を細めながら風華を見る。
「園芸部に何の用事!?」
不良と決め付けている風華は、既に臨戦態勢を取っている。そうじゃなくとも、目が悪いゆえに睨んでいる様になっているのだ。絶対に喧嘩を売りに来たと思っているだろう。
「……………別に」
恥ずかしがりやの藤子は風華から視線を外し、ぶっきらぼうに答えてしまった。
結果、視線は常夏に向いてしまったのである!!
目を細めて常夏を見る藤子。目が悪いからちゃんと見ようとしての事だったが、風華は庇うように常夏の前に立った。
「常夏に何の用事なのっ!!」
絶対に喧嘩を売りに来たと思い込んでいる風華は、狙いは常夏の顔面をボッコボコにする事なのだろうと思い込んでしまった。適当な性格の常夏に振り回された仕返しだろうが、それを許す事は出来ないと。
「……………ハンカチを……」
貸したのを覚えていますか?と言いたいのだが、恥ずかしくて続く言葉が出てこない。
「どこかで会ったっけ?」
常夏は首を傾げて不思議そうに言い放った。
「~~~~~~!!!」
さっき職員用トイレで会ったばかりですと言いたいのだが、恥ずかしくて続く言葉が出てこない。
「登校中に睨まれたでしょっ!!」
代わりに風華が言った。
「~~~~~~~!!!」
睨んでないです、誤解ですと言いたいのだが、恥ずかしくて続く言葉が出てこない。
「ああ~っ、じれったいなぁ!変身してみせればいいだろ!」
ヒョイと出てきて口を挟む沙彌吾。
「!ラフレシアンの従者!?」
「何?このタワシさんは?」
驚く風華、呑気な常夏を余所に、藤子は沙彌吾の言う通り、変身携帯を開いた。
「チェンジ、ラフレシアン」
藤子の変身携帯から光が発生し、その身を包み込んだ!!
「な、何ですって!?」
「ほぇ~~~~」
光が晴れると、そこには藤色の魔法少女みたいな衣装を着た藤子が現れた!
その衣装は、ノースリーブに近いが、スカートは常夏や風華よりちょっと長めのようで、より風になびいていた。つまり立っているだけで風のいたずらによってパンツが晒されると言う事だ。
手の甲まで覆っている手袋は、五本の指が剥き出しになっている。中二病全開のあの手袋を装備していた。
藤子は大きく息を吸い込み、静かに名乗った。
「紫雲の如くの高貴な藤の花……言葉にならぬ、その美しさ、見惚れるのが精一杯……だけど……垂れ下がる姿が首吊りみたいで不快……美少女戦士ラフレシアン ジャパニーズウィステリア」
バーン!と指を差した決めポーズ!!これがラフレシアン ジャパニーズウィステリアだ!!
「わ、私達の他にもラフレシアンが……」
「スゴい!スゴいよ!え~っと、誰だっけ?」
「こ、こんな短いスカート……は、恥ずかしい………!!」
藤子は顔を手のひらで覆い、しゃがみ込んだ。
その際ピラッとスカートが翻ってパンツが見えた。紫……藤色のシルク製だった。
「私達のより長いよソレ。だけど結局同じだね」
常夏の言葉に同意の頷き。そして追記する風華。
「スカートの中確実に見えちゃうからね」
間違いなく誰かに見られたであろうパンツ。だが、そんな心配は必要ない。
何故なら、あの悪臭によってパンツの記憶が凌駕させるのだから。
その時、ボガァァァァアン!と再び爆発音が聞こえてきた!!
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