狂気の臭い!!

 イナゴの群れの中、激しい戦闘を繰り広げる保呂草風華とイナゴール。ブチブチとイナゴを潰しまくりだ。ラフレシアンである風華は兎も角、イナゴールは自分の兵(?)の筈だがお構いなしだった。

「はあっ!!!」

 風華の拳がイナゴールの顔面を捕らえた。

「くくくぅ!!」

 予想以上の猛攻に、防戦一方のイナゴール。戦闘開始から押されていたのだ。

「お菓子の敵ぃっ!!」

 風華の右ハイキックがイナゴールのテンプルにヒットした。

 脚を上げたらパンツ丸見えになるが、気にしてはいけない。

 いや、普段なら気になる筈だが、風華は今はラフレシアンなのだ。不快を力にする伝説のヒロイン、ラフレシアンなのだ!!パンツなんかいくらでも見せるのだ!!

「ぐわっ!!」

 派手に吹っ飛ぶイナゴール。追撃を警戒して素早く立ち上がり、間合いを遠く取った。

「ぐっ…これ程とは……」

 唇から流れ出た血を拭うイナゴール。表情が物語っている。風華に、コールドウェイブに戦慄している証だった。

「いいぞコールドウェイブ……初陣なのに、臭気もバンバン出ている」

 皇龍王の言う通り、風華の頭のデカい花から、臭っさい匂いがモンモンと発している。仕上がっている、と言うべきか。

「エブリシングサマーからは全然だが……」

 チラッと常夏を見る亜羅漢。

 常夏はワクワクしながら風華とイナゴールの戦いを観戦していたが、ラフレシアンの力の源ともいうべき臭気を全く発していない。

 そして、イナゴールは常夏に苛立っていた。

 コールドウェイブは自分を倒そうと戦っている。だから敵とはいえ、まだいい。武人のガイチューン将軍の臣下であるである自分も結局武人、敬意すら払おう。

「オレンジのラフレシアン!!貴様は本当に観戦しているだけか!!」

 本当は向かって来られたら2対1となり、かなり不利になるので観戦してくれた方がありがたいのだが、エブリシングサマーの我関せずにただ喜んで観ているだけの精神は、戦士として、武人として許せない。

「うん。そーだよ。それが何?」

 常夏は本当にキョトンとして答えた。寧ろ当たり前だと言わんばかりに胸を張っていた。

「貴様は伝説のヒロインなんだぞ!!そんな事が許されるのか!!」

「ん?もしかしたらコールドウェイブにボッコにされて、悔しくて私に八つ当たり?そーでしょ?そーなんだ!アハハハハハハハハハハハハ!!」

 常夏は図星を付いたと言わんばかりに笑い転げた。イナゴールに指まで差して。

「貴様!!それは俺への侮辱か!!不愉快な女だな!!」

 モァン……

 常夏の頭部のデカい花から微かに臭気が出た。

「い、今臭気が!!」

 皇龍王に顔を向けて発する亜羅漢。

「た、確かに…だが、エブリシングサマーは不快になっていないが…」

 皇龍王の言う通り、常夏は愉快そうにゲラゲラ笑い転げている。その姿は疑うところなく不愉快になっていないだろう。

「ちょっとエブリシングサマー!!一緒に戦ってとは言わないけど、敵とはいえ、笑い者にするのは良くないわ!!その態度!!不愉快よっ!!」

 逆に風華が常夏に不快感を露わにした。

 モァァン……!!

 再び常夏の頭部のデカい花から臭気が発生した。それも先程より匂った。

「こ、これはもしかして……!!」

 亜羅漢に衝撃が走る。

 惑星ドリームアイランドのフラワーパーク女王、ラフレシア・ケイティは、実は普段の力こそ妹のラフレシア・プリシィと互角なのだが、プリシィが渋々ながら女王と認めたのには訳があるのだ。

 一つは不快指数MAX。

 己の不快が頂点に達した時、その臭いだけで敵を殲滅させる奥義。

 そしてもう一つ!!

「クレイジー・スメルか!!」

 亜羅漢の叫びにドキッとする皇龍王。

「確かに、あれはクレイジー・スメルだ!!」

 皇龍王の襟巻がバッと開いた。恐怖でビビって開いたようだ。

 その奥義、味方でも敵でも、何の関係のない者でも、その身に不快感をぶつけられると、それを吸収、複数ならば融合し、敵に向かって放つ。

 不快感を浴びる程臭気が増し、不快を感じる人間が多い程、色々な匂いが入り混じる。

 その融合したその匂いは、色々な悪臭が入り混じった、形容し難い超悪臭。そして、その匂いを嗅いだ者は、あまりの臭さに発狂死すると言う…

 それがクレイジー・スメル!!

 女王になる者のもう一つの奥義!!

「エブリシングサマーがその奥義を……」

 亜羅漢と皇龍王がガクガクと震えた。こいつ等に顔色の有無を問うのはどうかしていると思うが、間違いなく青くなっている事だろう。

「聞いているのエブリシングサマー!!」

 ずい、と常夏に詰め寄る風華。ムアッと常夏の臭気が増す。

「何とか言ったらどうなんだオレンジのラフレシアン!!」

 ずずい、と詰め寄るイナゴール。ムァアンと風華とイナゴールの不快感が入り混じった臭気が発生する!!

「ま、待て!!やめろエブリシングサマー!!」

 血相を変えて跳びはねる亜羅漢。

「駄目だ亜羅漢!!多分手遅れだ!!逃げろコールドウェイブ!!」

 何事かと常夏から数歩退く風華。

「いちいちいちいちうるさいなぁああ!!」

 常夏の頭部のデカい花が虹色に輝いた!!

「きゃあ!!」

「な、なんだこれは!?」

 皇龍王の助言により数歩退いた風華だが、イナゴールもただならない気配を感じて数歩退いていた。

 退いていたが!!

「なんだこの匂いは!?ウェッ!!生ゴミと下水の臭いが入り混じったような!?」

「それだけじゃないわ!!ウェッ!!銀杏臭とか猫の欠伸とかの臭いも混じって……ウェッ!!」

 堪らず口を押さえる二人。戻しそうになったのを必死に堪えたのだ。

「みんなの不快を一つに集め!!」

 いきなり常夏が何かを言い出した。さながら呪文のように唱え始める!!

「ラフレシアンになったばかりなのに、何故だ!?」

 少なくとも亜羅漢には覚えがなかった。これは女王だけの奥義じゃ無かったのかと。

 常夏の頭の花が倍化するも、構わず続けた。と、言うか今更止められない。止め方も解らないし。

「敵を滅ぼす一つの臭気に!!」

 虹色の光が花から溢れ出た!!

「クレイジー!スメルぅぅぅ!!!」

 花から虹が立った。

 だがその虹は、未だかつて嗅いだ事のない、有り得ない程の臭気を発していた!!

「ヤバい!コールドウェイブ!早く離れろ!!この場から去るんだぎゃああああああ!!!」

 皇龍王は風華に逃げるよう促した途端、虹色の臭気を浴びて悶絶し、絶叫した。

「は、はいっっ!!」

 皇龍王の忠告通りに屋上から飛び降りて逃げ出す風華。校庭に着地した後、惨劇を目の当たりにした!!

「な……何よこれ…………」

 生徒や教師等、学校の関係者や、野次馬の近所の方々は勿論、イナゴールの放ったイナゴの群れがひっくり返って全滅していたのだ!!

「ま、まさかエブリシングサマーの技のせい?」

 戦慄を感じて屋上に目を向ける。

 皇龍王は自分に逃げるよう促した後、臭気によって気絶した。

 その臭気の余波で、校庭の生きる物全てが死に、又は気絶している!!

「私もあのまま屋上に居たら……」

 もしかして命すら落としていたかもしれない……

 改めてゾクリと身震いする風華。

「あれ……エブリシングサマーは……戦士じゃない、兵器だわ……!!」

 微かに震える身体をさするよう腕を回す。

 味方(?)に、これ程の脅威を感じるとは思わなかった。

「ぎゃあああああああああ!!!何と言う殺人臭だああああああ!!!」

 今となってはコールドウェイブに感謝したい気持ちのイナゴールだった。

 コールドウェイブとの戦いで、多少臭気に慣れていたから、まだ正気を保っていられた。

 これが始めから自分目掛けて放たれていたら、最悪絶命していたに違いない。

 命は助かったにしても、狂っていたかも……

「ヤバい!!意識が……ぐあああああああああ!!!」

 意識を失う瞬間、自身の姿が消えた。臭気を感じなくなったのだ。

「あれ?誰もいなくなっちゃった?」

 虹色の光が徐々に弱まる。

 それに伴い、臭気も薄れていった。

 やがて完全に光が消える。

 倍化した頭部の花も、元の大きさに戻った。

「何だったのかなぁ…うわっ!クサッ!」

 常夏は自分の放った臭いで吐きそうになった。

「ねぇナメクジさん!どういう事よ!ねぇ!!」

 クレイジー・スメルによって気絶した亜羅漢を容赦無く揺さぶり、起こそうと試みるが、亜羅漢の意識は戻る事はなかった。

「エブリシングサマー!!」

 風華が校庭から駆け付けた。

「コールドウェイブぅ~……凄い臭いよ~……」

 半泣きしながら風華に抱き付こうとする常夏だが、あまりの臭さで身を翻して躱した。

「と、とりあえずシャワー室に行きましょう。さぁ、早く!!」

 風華は気絶している亜羅漢と皇龍王を抱きかかえてダッシュした。

「シャワー室か……臭い匂いを洗い流すって事ね!!」

 そうと決まればと常夏もダッシュする。そして途中、風華を抜き去った。

「ちょ!私もシャワーを浴びたいのよ!」

「じゃ、早く早くっ!!」

 猛烈なスピードであっという間に姿が見えなくなった常夏。

「なんて子なの!!ウミウシくらい抱いて行けばいいのにって、クサッ!!」

 常夏の通った後には臭気の余波が漂っている。

 こりゃ自分もどんな匂いからないと、風華も常夏の後をダッシュで追った。

「うわぁ…酷い匂いだな……」

 カンキョハカーイの幹部、カメムシンは、同幹部のイナゴールを哀れみの眼で見ていた。

「早く風呂に突っ込んでしまいなさいっ!」

 鼻を摘まみながら部下に命じるシロアリス。

 イナゴールは部下に担がれて風呂場に向かった。

「しかしイナゴールをあれほど追い込むとはな。ラフレシアン…伝説のヒロインか……」

 神妙な顔で黒光りするボディをテカテカさせるゴキゴブリン。

「ふ!あれがラフレシアンか!!」

 奥から偉そうに出てくる、2メートを越える巨漢の、世紀末覇者のような甲冑を来た武人のような男を見た瞬間、幹部達が跪いた。

「ガイチューン将軍!!」

「ガイチューン将軍がイナゴールを瞬間移動させなければ、イナゴールは死んでいたかもしれませんわ!!」

「しかし地球にラフレシアンが居たとは……」

 ガイチューン将軍は羽織っているマントを靡かせて玉座に座った。みしっと頑丈そうな椅子が鳴った。

「ふ!ダイオキシンが勝手に条約を結んだからモチベーションが下がっていたが…また楽しめそうだな……此処はプリシィに感謝せねばな!!」

 ガイチューンは不敵に笑った。

 武人であるガイチューンは、敵が強ければ強い程、闘志が漲るのだ!!


「やっぱり学校は臨時休校になったようね」

 一足先にシャワー室から出た風華は、連絡網をチェックするべく、メールを見ていた。

 原因不明のイナゴの大量発生。そして原因不明の異臭騒ぎで、授業どころではないという理由だ。

 そのイナゴの大量発生の原因と、異臭騒ぎの元である、頭部の花から放たれた悪臭の当事者にとても近い位置にいた自分が信じられなかった。

「ラフレシアンか…」

 壁に凭れながらズズッと身体を沈める風華。

「うう…ひ、酷い目に遭った……」

「ううう…クレイジー・スメル…たった二人の不快感であれ程とは……」

 気絶から覚醒した亜羅漢と皇龍王に、沈めたばかりの身体を起こして詰め寄った。

「説明してくれるわよねっ!!」

「勿論だ風華。君にはちゃんと説明しなければならない」

 皇龍王は襟巻を閉じたまま、ただ神妙に頷いた。

「だが、少し待ってくれ。常夏にもちゃんと説明しなければならない」

 亜羅漢の言葉に黙って頷く風華だが、当の亜羅漢は常夏に説明しても右から左だろうなぁ、と半ば諦めていた。

 だってシャワー室からは、フンフンフ~ン、と、常夏の鼻歌が聞こえていたから。何処まで能天気なんだと呆れもするだろう。

 やがてシャワー室の扉が開き、常夏が俯きながら出てきた。

「ど、どうしたの小鳥遊さん?」

 流石に元気の無い常夏を気にする風華。

「匂い、取れない……………」

 確かに長時間シャワーを浴びた筈の常夏の身体には、まだ臭気がバンバンと付着していた!!

「クレイジー・スメルの臭気は簡単に取れないぞ」

「だが、まぁ二人の不快感だ。明日には取れるだろうけど」

 流石の常夏も従者二匹の言葉に真っ青になった!!

「困るよ!!学校もあるんだから!!」

 常夏は亜羅漢と皇龍王をギューッと握り締めた。圧死させるが如く!!

「のおおおお~!落ち着け常夏ぅ~!」

「死んでしまう!潰されてグッチャグチャになってしまうぅぅ~!!」

 言われても落ち着きようがある筈も無い常夏!容赦なく握り締める!!

 走馬灯がよぎる亜羅漢と皇龍王だが、その時、風華がそっと常夏の手に触れて、常夏の力が緩んだ。

「風華ちゃん……」

「小鳥遊さん、本当に死んじゃうわ。離してあげて?」

 ゲテモノ二匹の命なんてどうでも良かったが、それでも言われた通りに力を緩めた。ほぼ同時にボタッと亜羅漢と皇龍王が床に落ちた。

「さぁ、話しなさい。一体どうなっているのかを!!」

「わ、解っている……」

「さ、さっきの敵はカンキョハカーイのガイチューン将軍の配下で……」

 バン!と床を思いっ切り踏みつける風華。二匹は恐怖で固まった。

「それはさっき聞いたわよ!!何でそんな奴等がこの学校を狙ったの!?」

 ビクビクっとする亜羅漢と皇龍王だが、言わなければなるまい。ハードに巻き込んでしまった手前。

「じ、実は…惑星ドリームアイランドの覇権を賭けて、地球でフラワーパークとカンキョハカーイが……」

 亜羅漢は事の成り行きを簡単に説明した。当然ながら、風華の顔がみるみるうちに怒り顔になった。

「そんな遠くの星の戦争で、私達を巻き添えにするなんて!!」

「そ、それは本当に申し訳ないと思っ「そんなつまんない事より、この臭い取ってよっ!!」」

 地球やフラワーパークの一大事をつまんない事とはっきり言う常夏だが、確かに常夏には知った事ではなかった。

 この身体に付着した悪臭が一大事なのだ!!

「そ、それは時間が経てば……」

「二日も待てないよ!!学校あるんだってば!!」

 常夏の平手が亜羅漢を叩きつけた!!

「ぐわあ!!」

 ペシャンコになる寸前の亜羅漢。ラフレシアンに選ばれるからには、基本スペックもそれなりに高いのだ!!

「臨時休校は二日…だから二日間、家から出ないでお風呂に入って臭いを落とすしかないわ……」

 風華も気の毒そうな表情になっていた。これは他人ごとでは済まされない。自分の頭部にでっかい花を咲かせているヒロインだ。ひょっとしたら、自分のあのこの世の物とは思えない超悪臭を振り撒く事になるんじゃ無いか?と恐怖もしていた。

「二日間休校?じゃ、いいや」

 常夏は思いっ切りケロッとした。休校ならば学校に来なくてもいい。学校にいかないのなら、匂いを気にしなくてもいい。その時間に取れる匂いなら尚更だ。

「て、適当なのね……」

 一応常夏なりの理由があるのだが、そこは振れないでおく。実際常夏は適当なのだから。

「風華ちゃんもお菓子あげると五歳児みたいに『えへへへ~』と喜ぶじゃん?」

 ギクッとする風華。一応自分のお菓子好きは秘密だ。いや、厳密には、お菓子を前にすれば幼児退行してしまう事は秘密だ。

「あ、あの……私がお菓子で一喜一憂する事は内緒にしてくれる?変わりに適当な性格は内緒にするから……」

「え?内緒にしていたの?別に構わないけど、私は別に内緒にしている訳じゃないからなぁ~」

 唖然とした。内緒にしていないのに、よくもまぁ、今まで評価が高かったものだ、とも感心した。

「ま、まぁ、イマイチ不安だから、私も園芸部に入れてくれない?」

 適当な常夏の口から、ウッカリ自分の真の姿が漏れるのを防ぐ為、見張る事にした。

「いーよー」

 これまたアッサリと了承した常夏だが、園芸部は部員募集していないばかりか、誰にも立ち寄らせなかった筈……

「いいの?園芸部は立ち入り禁止な筈じゃ……?」

「あの酷い臭いから早く解放される為には、カンキョハカーイだっけ?そいつ等を早く倒すのが一番近道な気がするからね。風華ちゃんはコールドウェイブだし~」

 思い掛けない所から戦う意思を表明した常夏に歓喜し、ピョンピョン跳ねて喜びを露わした亜羅漢。

 風華はウミウシって跳ねるんだ、と、他人事のように見ながら言う。

「そうね……お菓子の仇を取らなきゃね……」

「そ、そうだぞ風華!あいつ等が居る限り、お菓子に平和は訪れないんだ!」

 興奮して襟巻をバッと広げる皇龍王。こっちは喜怒哀楽全て襟巻を広げて表すので意外と読みにくいが、表情で解る分、ウミウシよりはいいかもしれない。

 こうして、常夏と風華はラフレシアンとなり、カンキョハカーイと戦う事を決意したのだ!!

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