適当なオレンジ!!
朝、倉倉市倉倉町の倉倉高校に、笑顔いっぱいに登校してくる一人の美少女、
「おはよ常夏!」
「小鳥遊さんおはようございます」
「常夏さん、おはよう!」
「おはようみんな!今日も元気で楽しく行こう!」
髪を後ろに流したショートカットが揺れる。両腕を曲げてガッツポーズを取ったおかげだ。
両脇から流れ出る前髪が、耳を隠すか隠さないかのギリギリの演出を魅せる。
クラスメートは勿論、後輩達も先輩達も、はたまた先生達にも元気をあげる……
小鳥遊 常夏はそんな存在なのだ。
教室に入るなり、我先にと常夏に群がるクラスメート。みんな常夏と話しがしたいのだ。この事からも、常夏が慕われているのが解るだろう。
だが、常夏とおしゃべりする事は叶わない。何故ならば……
「ゴメンみんな!私ちょっと行く所があるから!」
拝む仕草でゴメンと言う。所属する園芸部に毎朝向かうのが常夏の日課だからだ。
「そうか…園芸部、大変だもんね。部員って常夏一人だっけ?」
「うん。そう。だからごめんねみんな!」
残念そうなクラスメートを余所に、常夏は校舎脇にある、園芸部の部室に向かった。びゅーんとかっ飛ばして。
「常夏の園芸部…俺も入部したいなぁ……」
溜め息を付く男子生徒だが、叶わぬ夢だ。
園芸部は部員を募集していない。部員は常夏一人。部長の常夏自身が部員をしていないのだから。
そんな状況でも部活と認められているのは、運動神経抜群の常夏は、運動部の助っ人として数々の功績を持っている為の恩情の所がある。
「あ~、常夏可愛いなぁ…付き合いて~……」
溜め息を付く男子生徒だが、それも叶わぬ夢だった。
明るく元気な常夏は、本当に男女問わずに接する為に、独り占めは許されないという、暗黙の了解が全校生徒にあるのだ。
「常夏と寄り道してお茶とかしたいなぁ……」
溜め息を付く女子生徒だが、実はこれも叶わぬ夢だった。
常夏は学校外でボランティア活動をしているらしく、学校が終わるとすぐに下校、そのまま夜遅くまで家に帰らないらしい。故に誰も常夏と一緒に下校できないのだ。
園芸部室に到着した常夏は、鞄を机に放り投げ、椅子にどっかと座った。
そして、全く使った形跡のないプランターに目を向けてボンヤリと呟く。
「……今日私に話し掛けてきたのは誰だっけ?」
常夏は特に興味を示さずに、鞄から青汁を取り出し、ストローを刺してチューチュー吸った。
「まーいっか。気にしない気にしない!ってか、今日確か助っ人依頼があったな~……ラクロス部だっけ?テニス部だっけ?」
そう言いながら、立ち上がり、部室の窓を開ける
目の前にはちょっとした林があった。
そこに飲み干した青汁の空き缶を思いっきりぶん投げてポイ捨てした!!
林の一角には、常夏がポイ捨てした空き缶やお菓子の残りが散乱していた!!
「あ、今日はケンミンショーが入る日だ!今日は迷わないように帰らなくちゃ!」
ボランティアで遅く帰宅するという噂はガゼだった。
常夏は方向音痴で、未だに家から学校にまともに通う事ができないのだ!!
朝から元気いっぱいなのは、早起きして登校(方向音痴で時間を浪費する為)する為に、学校に着く時には既に脳が活性化している為だったのだ!!
倉倉高校のアイドル、小鳥遊 常夏は、周りの評価に反して、実に適当な性格だったのだ!!
「こんな適当な奴がラフレシアンだって?ウソだろ?」
いきなりの声に驚き、ポイ捨てした窓を閉めて笑顔を作る常夏。
「どうしたの?何か用があるの?」
しかし周りには誰もいない。
「まぁいいか」
特に調べる事もせず、常夏は椅子に座ろうとする。
「うわ!?」
常夏は椅子から飛び跳ねて離れた。
椅子にデカいナメクジが横たわっていたのだから!!
「ナメクジっ!塩っ!塩っ!ポテチの塩でいいか」
常夏は鞄からポテチを取り出し、袋を開けてナメクジにポテチを投げつけた。
「おい、お菓子を無駄にすんな。俺はナメクジじゃないから塩は無駄だ!!」
ナメクジみたいな物体は立ち上がり(?)いきり立つ。
「え?ナメクジじゃないなら何よ?」
正体不明の生命体に訊ねる常夏。実に胆が太いと言えよう。
ナメクジみたいな物体はニヤッと笑う。果たして本当に笑っているのか見た目では全く解らないが、兎に角笑ったのだ!!
「俺の名は
そう、胸を張る。
「ウミウシ?亜羅漢?ラフレシアン?ちょっと何言っているのか見当もつかないよ」
流石に理解が及ばなかったが、実はどうでも良かった。ナメクジだろうとウミウシだろうと、自分の日常には関係が無いと思ったからだ。
「いいか小鳥遊 常夏…君は伝説の戦士ラフレシアンに選ばれた。悪のカンキョハカーイを倒して平和を勝ち取る戦士にな!!」
「いいよ」
「いきなり言われて戸惑うのも解る。だがな、これは……………えっ?」
戸惑ったのは亜羅漢だった。逆に何言っているのか見当もつかなかった。
「だからいいよ。別に。部活の助っ人みたいなもんでしょ?」
常夏はいそいそと鞄を持った。
「か、軽いが…了承を貰えて助かった……って、どこに行く!?」
「授業!ホームルーム始まるから!じゃあね!」
言うが否や、常夏はダッシュで教室に向かった。
「おい!授業なら仕方がないけど、放課後にちゃんと話をするからな!!おいっっっっ!!」
しかし常夏の姿は既に見えなくなっていた。
放課後、助っ人依頼はバスケ部だった。
わざわざバスケ部員が気を遣って迎えに来てくれたおかげで、常夏は約束を破らずに済んだのだ。
常夏と話したい助っ人依頼者は、一秒でも長く話したいが為に常夏を迎えに来てくれるので、常夏は約束を破った事は無いのだ!!
「わざわざありがとね!じゃあね!」
助っ人依頼を完遂した常夏は、名残惜しそうなバスケ部員に背を向けてダッシュで帰宅する。
「ヤバいなぁ……ケンミンショーに間に合うかなぁ……」
急ぐ常夏の前に、紫色の物体が前に出て道を塞いだ。
「うわっっ!大きなナメクジっ!塩っ!塩っ!かっぱえびせんでいいか」
常夏は鞄からかっぱえびせんを取り出し、紫色の物体にぶちまけた。
「だからナメクジじゃなくてウミウシだってば!!」
「ウミウシ?ナメクジじゃなくて?」
不思議がる常夏。小首を傾げて、マジマジと亜羅漢を観察する。
「朝会っただろう!!忘れたのかよっ!?」
「……ああ!何か電子線香のライターがどうとか」
パンと手を叩く常夏。思い出したとのリアクションだったが……
「伝説の戦士ラフレシアンだっっっっっっっっ!!」
全くの見当違いの答えに、亜羅漢は思いっきり突っ込んでしまった。
嘆息し、しかし気を取り直して、今朝伝えられなかった事を話そうとする。
「まぁいい……いいか小鳥遊 常夏!君にこの変身携帯を授ける!って、どこに行くっ!?」
亜羅漢の話を聞かずにダッシュする常夏。
「ゴメン!ケンミンショーに間に合うかどうかの瀬戸際なの!話は明日聞くから!」
「ちょっと待て………」
制止を試みる亜羅漢だったが、既に常夏の姿は見えなくなっていた。
何とかケンミンショーに間に合った常夏は、サラダおかきをパリパリ食べながら自分の部屋でテレビを見ていた。
「ぜぇ、ぜぇ、と、常夏ぅ~……」
どうにかこうにか常夏を探し当てた亜羅漢。と言うか、ラフレシアンの従者は、仕えるべきラフレシアンの居場所くらいは楽勝で看破できるのだ!!何故なら見つけた時に既に『マーキング』を施しているのだから!!
「うわ!でっかいナメクジ!塩っ!塩っ!サラダおかきでいいか」
サラダおかきを亜羅漢にぶちまける常夏。塩分を含まれているのなら何でもいいと思っている様子だった。
「だ、か、ら~……俺はウミウシだってば……」
「ウミウシ?何でウミウシが私に?」
不思議がる常夏、ウミウシが自分の何の用事があるのか、とんと心当たりがないと首を傾げる。
「ふざけんなよ常夏!!さっきも会っただろうがっ!!」
全力で突っ込んだ亜羅漢、身体ごと突っ込んだので、見た目は体当たりのようだ!!
「……ああ!返信形態がどうとか?」
「漢字違っているよっ!!!」
適当な性格の常夏は、いちいち覚える事はしない。
周りが勝手に気を遣って教えてくれるので、適当な性格だと言う事がバレていないだけなのだ!!
「ぜぇ、ぜぇ……と、とにかく君はラフレシアンとなり」
「あ!このカレー美味しそ~!」
常夏は全く聞く素振りすら見せずに、テレビに映っているカレーを憧れの目で眺めていた!!
「聞けってば!!!」
最早堪忍袋の緒が切れたとばかりに、全身を以て常夏に突っ込んでいく。さっきのはただの体当たりだが、今度のは全力を掛けた、超体当たりだ。身体が錐揉み状に回転していたのだから!!
ベシャッ
常夏の顔面にアタックした亜羅漢。ウミウシ故に、大したダメージは与えられない。全力の超体当たりだったにも拘らず。
「うわっ!!って、何この大きなナメクジは?塩っ!塩っ!…サラダおかきの塩でいいか」
常夏は再び亜羅漢にサラダおかきをぶち撒けた。
「……あああああ!!この女あああああああああ!!本気で不快だあああああ!!!」
ピョンピョン飛び跳ね、怒りを露わにする亜羅漢。その時、
ドガアアアアン!!
常夏の通っている学園の方向から爆発音が聞こえた!!
「何?今の音?」
窓を開けて外を見る常夏。確かに学校方向から火煙が立ち昇っていた。ガス爆発とかで火事にでもなったのだろうか?
「カンキョハカーイのガイチューン将軍の仕業だ!!行くぞ常夏!!」
「え?何で私が?」
果てしなくキョトンとする常夏。例えカンキョナントカの仕業だとしても、自分が向かう理由が解らなかった。
「だぁかぁらぁ!!!君はラフレシアンとなってカンキョハカーイと戦うんだってば!!!」
ああ、それでこのナメクジ?ウミウシ?まあ、この何かはさっきから一生懸命自分に何か言っていたのかと、ここでぼんやり理解した。
だが、そっちの事情はなんであれ、こっちにはこっちの事情と理屈があるのだ。
「……あのね。ハッキリ言うね?」
常夏は亜羅漢の視線に、できる限り屈んで人差し指を突き出して言う。
「私は女子高生です。17歳です。17歳の小娘の私に地球の命運を託すなんて正気の沙汰じゃあないよ?自衛隊とかアメリカ軍とかに助けて貰うのが普通だよ?」
全くその通りの事を言い放つ常夏に、亜羅漢は固まってしまった。
「そ、それを言っちゃ話に、物語にならないだろ!!」
常夏はすっくと立ち上がり、目を瞑って首を横に振った。
「幼気な女子高生に修羅の道を歩ませようなんて、酷過ぎると思わない?」
確かにあらゆるヒロインは、中学生や高校生、はたまた小学生で地球の命運を担うという、修羅道に進んでいる。
しかし、彼女達は成人もしていない学生なのだ。事件なら警察に、火事なら消防に、何者かが侵略しに来たら自衛隊にと、国家予算でその仕事に殉じる人達がいるのだから、本来ならばその人達の仕事なのだ。断じて学生の仕事ではない。
本職が存在する限り、正に常夏の言う通り、女子高生には荷が重過ぎると言えよう!!
「だ、だがラフレシアンになると約束したじゃないか!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる亜羅漢。これは抗議の姿勢なのだろう。迫力が全く無いが。
「だから、それはいいよ」
「……あん?」
「伝説のヒロインに変身するのは構わないよって言っているんだよ」
全く言っている事が理解できない亜羅漢。激しく首を捻っている。
だが、変身すると言うのならば……
「そ、そうか???じゃあ変身携帯を授けるよ???」
クエスチョンマーク塗れだったが、一応確認を取った。
「ちょうだい」
手をヌーンと差し出す常夏。受け取る事は決まっているようだった。
凄く戸惑いながらも、亜羅漢はオレンジ色に輝く変身携帯を常夏に渡した。そして変身の方法を教える。
「チェンジ・ラフレシアンと言って真ん中のボタンを押せば変身するから……」
常夏は言われた通りに変身携帯のボタンを押した。
「チェンジ、ラフレシアン!」
オレンジ色の光が常夏に纏わり付く!!
光が晴れると、オレンジ色の超短いスカートの魔法少女のコスを着た者が現れた。
その超短いスカートは、膝を曲げるだけでパンツが見えそうだった。いや、確実に見える。膝を曲げただけでも見える短さだ。
半袖から覗く素肌は、肘まで覆われている手袋により多少露出しているだけだ。
脛まで伸びているロングブーツ、それは戦隊モノのブーツに類似していた。
しかし、最大の特徴は、頭部に咲いた、オレンジ色のデカい花である。その大きさは常夏の顔とほぼ同じくらい大きさだった。
「眩しく煌めく太陽!たぎる血潮に胸躍らせる!だけど!日射病で倒れる不安が不快っ!!美少女戦士!ラフレシアン エブリシングサマー!!」
右手を握り締めて胸に当てガッツポーズを作ってポーズを決める。動く度にやっぱりパンツが見えていた!!
「ラフレシアン エブリシングサマー!!」
感動する亜羅漢。涙まで流していた。何処が目なのか解らないが。確かに泣いていた。と思う。
「うわあ!お母さん、私変身しちゃった!!見て見て!!」
テンションが上がった常夏は、家の一階で休んでいるであろう母親に見せようと、自分の部屋から出ようとした。
「うわあああああ!!待て待て待て待て待てっっっ!!」
慌てて常夏の前に躍り出る亜羅漢。さっき流した涙が一瞬で渇いた。それ程焦ったと言う事だ。
「何よ~?変身するなんて、普通は人生で味わえない感動だよ?喜びを家族に伝えたい事の何がいけないの?」
不満気な常夏はプーッと頬を膨らませる。
「それはそうだが、ラフレシアンだと知れると、家族に危険が及ぶかもしれないだろ!だから内緒だ!」
「そう言われればそうなのかな…ちぇ~っ、つまんないなぁ……」
ふてくされた常夏は再びテレビの前に座った。
「エ、エブリシングサマー???カンキョハカーイを倒しに学校に行かないのか???」
クエスチョンマークがびっしりだった。ラフレシアンになってカンキョハカーイと戦う筈ではなかったのか?と。
「だからラフレシアンってのになるのは構わないってば。戦うのは別の話。自衛隊に連絡して何とかして貰ってよ」
亜羅漢がガーンとなった!!そう言えばさっき、そのような事を言っていた、と!!
「だけど、カンキョハカーイはラフレシアンじゃなきゃ倒せないんだよ!!おい!!聞けよエブリシングサマー!!!!」
しかし常夏は聞く事も返事を返す事もなく、ケンミンショーに没頭し始めた。ナメクジ?ウミウシ?まあ、この何かが最初から存在しなかったが如く、普通におかきを食べながら……
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