第3話 九条鈴羽の夢 18才の秋



「九条先輩!書類の片付け終わりました!」

「ありがと、今日はもう終わってもらっていいわよ」

「はい!あの……先輩、この後ご予定は…?」

「ごめんなさいね、まだやることがちょっと残ってるから…またね?」

「あ、そんな!いいんです!はい!あの…お疲れ様でした!」


ぴょこんと頭を下げてパタパタと生徒会室を出ていくのは、書記の2年生で楠木舞雪くすのき まゆきちゃん。

小柄で童顔、笑顔がキュートで生徒会のマスコット的な女の子。


私とは正反対……


夕暮れ時の太陽が、地平線の向こうに沈む少し前の最後の明るさがひとりきりの生徒会室を照らす。


私はひとり、ため息をついて机に積まれた書類に目を通す。


私、九条鈴羽。この高校の生徒会長を2年のときから努めている。

立候補したわけでもないのに…何故か周囲に担がれて生徒会長になってしまった。


「はぁ…私もあんな風に可愛かったらなぁ…」

夕陽が反射する窓に映った自分を見つめる。


自分で言うのもアレだが私は一般的に美人と呼ばれる部類に入ると思う。


顔立ちは父と母のいいとこ取りと言われているし切長の目も整った容貌や手入れを欠かしたことのない白い肌も私は決して嫌いではない。


ことごとく断ってはきたけど中学の頃から男女問わず──女子はちょっと問題だと思うけど──告白された数は覚えきれないくらい。


そんな私を周りは冷たいと表現する。

高校3年生らしくない見た目もあると思う、良く言えば大人っぽく悪く言うとお高くとまっている。


結果、ついたあだ名が「氷の華」


今では先生方も私に敬語で話す始末。

同じ年のクラスの子たちも同様。


私だって可愛い服も着たいし可愛く見られたい!って思うのだけどいかんせん自分の纏う雰囲気は変えようがない。

結局、今日もひとり窓に映る自分にため息をつく。


「舞雪ちゃんみたいに、ウフッとかテヘッとかしてみよう….気持ち悪いわね…」


一瞬そんな事を思いついた私は、テヘッとやった窓の自分を見て大ダメージを受け机に突っ伏した。


冷たい机に顔をあててコロコロと消しゴムを指先で転がしながら書類の山をぼうっと見る。


「あらあら黄昏ちゃってどうしたのよ?」

急に声を掛けられて私はびっくりしてはね起きる。

「なんだ…先生か…びっくりさせないでよ」

生徒会室のドアにもたれて満面の笑みで私を見ているのは生徒会の顧問の丹波 千鳥たんば ちどり先生。


私にそっくりな黒髪のロングヘアに気の強そうな瞳が印象的な美人で、よく姉妹と間違えられる。

私にとっては少ない気の許せる姉の様な存在だ。

もっともそう思えるようになったのはここ1年くらいなのだけど。


「どうかした?先生で良ければ話くらい聞いてあげるわよ?もちろん先生のお家でね」

千鳥先生が私の隣に腰掛けて、わざわざ耳元で囁く。

「話は聞いて欲しいけど先生のお家は遠慮します。貞操が危ないですから」

私は先生の顔を両手でムニってして笑い返す。


千鳥先生はとても面倒見がよく男子女子問わず人気のある先生だ。

ただ……千鳥先生は同性愛者で、私もずっと貞操の危機に悩まされていた。


2年の夏にうっかりと先生の家に連れ込まれて危うくそうなる・・・・ところギリギリまでいったことがある。

何となく「もういいや」という気持ちと、このまま快楽に身を任せて流されようといった感情が入り乱れて先生を受け入れそうになり寸前で拒絶した少し甘くそして苦い記憶。

思い出すと赤面してしまうが千鳥先生はそれ以降私を無理に誘うことはなくなった。


千鳥先生曰く、私の反応が何か思っていたのと違うかったらしい。

振られたみたいでちょっと自信なくすわ、なんて冗談ぽく言っていたけど先生は本当に私のことを恋愛対象として見ていたんだろうか?


「それで鈴羽は何を悩んでいたのかなぁ〜?ん〜ん〜」

私に頬をムニムニされるのにもめげずに千鳥先生は唇を尖らせてチューをしようと迫ってくる。


「他の人に見られたら先生のイメージが台無しですよ?」

「いいのいいの、それで鈴羽があたしに靡いてくれればトントンよ」

頬をさすりさすり先生は机に座って綺麗な脚を組んで妙なアピールをしてくる。

無理矢理には誘ってこないんだけどなぁ…

女の私からみても魅力的なナマ足にちょっと顔が赤くなるのを夕陽のせいにしつつ私は先生に悩みをぽつぽつと話した。


「あははは、鈴羽あんたそんなことで悩んでたの?バカねぇ」

「ち、ちょっと先生!バカはないじゃないですか!バカは」

「あのね、鈴羽。あなたは今のままで充分に魅力的よ。一々周りの目を気にするのはやめなさい」

「……でも」

「そりゃあね、可愛い服着たり…ピンクのフリフリを着たりゴスロリを着てみたりと…」

「先生……ヨダレが出てます」

「ああ、ごめんなさい。想像したら…ゴスロリ…着て」

「着ません!!」

「そう…残念ね…」

千鳥先生はそれはそれは本当に残念そうにうなだれる。


「何の話だっけ?」

「先生!」

「あははは、ごめんごめん。あなたは気にしすぎなのよ。誰が何と言おうがあなたは素敵な女性になるわ、それは本当に周囲が羨むようなね」

「そうでしょうか…」

「価値観は人それぞれよ、可愛いもよし、綺麗もよし、あなたはあなたよ。それでいいじゃない」


千鳥先生は真剣な顔で私を真っ直ぐに見つめてそう励ましてくれた。


「ほら、九条鈴羽!あなたはそんな顔は似合わないわよ!しっかりなさい!」

「ひゃあっ!ちょっと先生どこ触ってるんで…あ、んもう!先生!」

「うひひひ〜よいではないか〜よいではないか〜」

「よいではないか〜じゃないです!って…ちょっとどこに手を〜あ、んんっ…こらっ!」

どさくさ紛れに私の制服の横からするりとしなやかな手をブラウスの下に潜り込ませてニマニマと弄る千鳥先生を押しのけて息を整える。


「ええ〜ちょっとくらい、いいじゃない〜あいたっ」

両手をワキワキさせてにじり寄る千鳥先生にチョップをし窓際に避難する。


「手つきがヤラシイです〜先生は!」

「気持ち良かったでしょ?」

「え?まぁちょっとは…って何言わせるんですかっ!」

「あははは、でも少しは気が晴れたでしょ?いつまでもしょげてないで元気出しなさい!」


千鳥先生はさっきと思うように机に座って両手をワキワキさせながら楽しそうに笑う。

私は胸の奥につっかえていた何かがちょっとなくなったように感じ先生に笑い返した。


「そうそう、鈴羽はそうやって笑ってなさい。笑顔が一番人を幸せにするんだからね」

「はい」

「よし、じゃあさっさと片付けてお茶でもしに行く?」

「いっつもいいんですか?一応一生徒ですよ、私」

「いいのいいの、気にしない気にしない」


千鳥先生に手伝ってもらい書類の山を片付けて先生行きつけのいつもの喫茶店に向かう。

駅前にあるお洒落な喫茶店で、店内は少し薄暗くゆったりとしたJAZZが控えめな音量で流れている。


「鈴羽も彼氏が出来たらそのうち連れてきてあげなよ、きっと気にいるよ」

「彼氏かぁ…つくりたいとも思わないんですよね」

「身持ちが固いよね〜鈴羽は。あんだけ告られても誰とも付き合わないんだから」

「だって…この人って人がいないんですもん」

「ま、こればっかりは鈴羽の好みの問題だものね。最悪、あたしが貰ってあげるから」

「…頑張って探します!」

「彼氏、出来たら紹介しなさいよ」

「はい、必ず」



◇◇◇



……夢か……

窓から僅かにさす朝日で目がさめる。

久しぶりに先生の夢みたなぁ。先生元気にしてるかな…


隣には私の大好きな彼がまだ気持ち良さそうに寝息を立てている。

千鳥先生が学生の頃に私に言った"そのうち"に出会うまで10年もかかってしまった。


でも無駄な時間じゃなかった。私は彼に、皐月君に逢うために10年かかったって思ってる。

皐月君の前なら私は私でいられる、今なら先生に胸を張って言える。


九条鈴羽は幸せですって。


千鳥先生は今、友人夫婦に付き合って遠い異国の地で教師をしている。

私が卒業したあとすぐだったから10年近くも日本に帰ってきていない。

先生が帰ってきたら報告しなくちゃ。


私の彼氏は、旦那さんはこんなにステキな人なんだって。



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