⑤天使猫と悪魔猫
デビルンは、王様気取りで、愉快だった。ハイマンもどっかに行ってしまい、自分に危害を加える存在は何一つない。むしろ刺激がなくて、退屈でどうかなりそうなくらいだった。
「面倒な奴らがくるわ」
王座にふんぞり返る、デビルンの中年太りした、お腹の上に、ルシニャンがあらわれた。
「何がめんどうなんだ」
「ダイアンが来るわ」
「はぁ、ダイアンって誰だ?」
「天使猫よ」
「それが問題でも?」
「ダイアンは神に近い天使よ」
「たかが猫だろう」
「あたしも猫だけど」
「これは失礼した」
「手強いわ」
「悪魔フィルターを改造した、このデビル銃があれば大丈夫だ」
「一発で仕留めるのよ」
「おれの腕を見損なうな」
デビルンはまるで西部劇のガンマンのように、指先でくるくると銃を回し、腰のフォルダーにしまった。
コハクたちのエア・カーの前に、水晶で造られた、美しいクリスタル城があらわれた。
「ツキマシタ」
マイヤーは、そういいつつ、エア・カーを、なかなか、お城に近づけない。
「どうしたの、早くお城に下ろして、おじいちゃんを助けるのよ」
コハクは後ろの席から、身を乗り出した。
「ルシニャンがいるにゃ」
ダイアンは、目玉をまん丸くした。
「わかるの?」
「やつの存在を感じるにゃ」
ダイアンはコハクの膝の上で立ち上がり、クリスタル城をにらんだ。
「デビルンガ、シンガタジュウヲ、モッテマス」
マイヤーがすぐに、デビル銃を探知し、性能をスキャンした。
「ダイアンを恐れているのね。天使のエネルギーを吸い取る恐るべき武器よ」
エレナがダイアンの背中をなでる。
「おいらなら、大丈夫にゃ」
ダイアンが目を三日月に細め、ニッと笑う。
「マイヤー、おじいちゃんはどこ?」
エア・カーを急旋回させ、マイヤーは、お城の全てをスキャンした。
「キタノ、チカシツニ、ハッケン!」
マイヤーは、スキャンした地下室とエジポン博士の立体映像を室内に投影した。
「おじいちゃん」
コハクが涙ぐむ。
「あたし、記者かけ出しの頃、お城の取材で、この地下室に入ったことがあるの」
「エレナさん、すごい!」
イーライが声をあげる。
「地下室は、秘密のトンネルで、お城から少し離れた、外の牧場とつながってるの」
「やった!」
コハクが、パシッ、と景気よく手をたたき、シートで跳ねる。
「あの牧場に着陸して」
エレナの誘導で、エア・カーは、静かに牧場におり、馬を驚かさないよう、厩舎の中に音をたてず駐車した。
「ここが地下室の秘密の出入り口よ」
エレナは、馬小屋に敷き詰められた、わらの束を、大きなフォークで、急いでどけた。
「わぁ、マンホールだ」
アルウが思わず声をあげる。
コハクの目の前に、大きな円盤状の鉄のフタがあらわれた。
「エレナさん、早く開けて!」
「コハクちゃん、実はあたし、フタを開ける、秘密のコードを知らないの」
「そ、そんな」
コハクもイーライもアルウも、がっかり肩を落とす。
「ワタクシニ、オマカセヲ」
マイヤーはそういって、お相撲さんのような大股で、フタの前にかがむと、鋼鉄の円盤を、パワー全開で、あっけなく取り払った。
「イソギマショウ!」
マイヤーが、真っ先に地下道に飛び降りる。
「おいらも行くにゃ」
「待って!」
コハクたちも慌てて後に続く。
地下道は真っ暗だったが、マイヤーの目から発するビームライトで、明るくなった。
「長いトンネルだわ」
コハクが不安げに声を上げる。
「もうじきよ」
エレナがコハクを振り返る。
「ツキマシタ」
マイヤーが立ち止まる。
「行き止まりじゃない」
コハクは大きな壁の前で立ちつくした。
「これがドアよ」
エレナが岩の壁を両手で押すが、びくともしない。
「オマカセヲ」
マイヤーは岩壁に近づき、右手の超合金ドリルで、岩に穴を開けた。
コハクが穴から中を見る。
「おじいちゃん!」
穴の向こうに、エジポン博士の姿が見える。
「コハクか」
「おじいちゃん、今、行くからね」
「だめだ、ここは危険だ、早く逃げなさい!」
「いやよ」
「コハク、だめだ!」
「マイヤー、ドアを開けて!」
おじいちゃんが止めるのも聞かず、コハクはマイヤーに命じた。
「ワカリマシタ」
マイヤーは、大きな岩盤で出来たドアを、パワー全開で粉々にぶちこわした。
ガラガラと、岩壁が砕け、小石が室内に飛び散った。
「やった!」
喜んでコハクたちが地下室に入ると、
「よくきたな」
デビルンと大勢の兵たちが姿を現した。
「簡単にここまでこれたのは、罠だったのね」
エレナがコハクたちの前で両手を広げる。
「お馬鹿な記者とガキども、今頃気づいたか」
デビルンが兵たちに目配せする。
「マカセテクダサイ」
マイヤーがEMP銃で、デビルンたちの兵器を無力化しようとしたが、
「くたばれ、ポンコツやろう!」
デビルンが素早くデビル銃を撃った。
その瞬間、マイヤーは糸の切れた、操り人形のように、石床の上にころがった。
「ひどいわ!」
コハクは泣きながらマイヤーを揺さぶる。
「うるせい、ガキ!」
デビルンがコハクを蹴ろうとすると、
「この娘に手を出すな!」
エジポン博士がコハクをかばう。
「おじいちゃん!」
コハクは、祖父に抱きつき、泣きじゃくった。
「女とガキどもを捕まえろ!」
デビルンの命令で、兵たちが取り囲む。
「その子たちに、手を出すな」
博士が、デビルンを睨む。
「おれは、この国の王だ!」
「王だと、笑わせるな。おまえは、いかさまで王になった、偽の王だ」
エジポン博士は、お腹をかかえて笑った。
「わらうな、じじい!」
デビルンは怒り、右手で博士のえり首をつかんだ。
「いいか、よく聞け。おれを王にしたのは、あんただ。あんたの発明が、おれを王にし、あいつらを兵にしたんだ」
「ど、どういう意味だ」
「あんたの天使フィルターで、ほとんどの人間が天使のようになっちまった」
「そうだ。この国は天使の国になったはずだ」
「ところがハイマンが、天使ばかりじゃ面白くないと、天使フィルターのプログラムを書き換え、悪魔フィルターにしたのさ」
「な、なんだと。信じられん」
「この銃も、天使フィルターを改造して出来たデビル銃だ」
デビルンが、エレナに銃口を向けた。
「やめろ!」
エジポン博士が止めるより早く、デビルンが引き金を引いた。
「きゃあぁ」
エレナは、デビル銃の悪魔ビームを浴び、床に倒れた。
「エレナさん」
コハクたちが駆けよる。
「さわるな!」
エレナは、人が変わったように、荒々しく叫び、コハクたちをおい払った。
「なんてことだ」
エジポン博士は、両手を床につき、がく然とうなだれた。
「これでわかったろ。元はといえば、あんたが、人の魂を天使にするなんて、くだらない発明を思いつくから悪いんだ」
デビルンは、あわれむように博士を見おろした。
「おじいちゃんは、悪くない」
コハクは、デビルンめがけ、小石を投げた。
「痛て、このクソがきが」
イーライや、アルウもコハクと一緒に、小石を投げる。
「そこまでよ」
デビル銃で、魂が真っ黒になったエレナが、コハクの腕をつかんだ。
「エレナさん、目をさまして!」
コハクの声もむなしく、
「この子たちも悪魔の魂にするわ」
エレナは、デビルンの前にコハクを突きだした。
「おもしろい」
デビルンはニタリと笑い、コハクの頭を左の手で鷲づかみにした。
「コハクに手を出すな!」
立ち上がろうとするエジポン博士を、兵たちが押さえつける。
「遊びはここまでだ。じじいとガキどもを、壁の前に立たせろ」
デビルンが、尖ったアゴをしゃくり、兵たちに命じた。
「おまえらの魂を、悪魔の魂にしてやる。悪魔に魂を売れば、人生楽しいことばかりだぜ」
コハクたちは、兵に取りかこまれ、地下室の壁に沿って、横一列に並ばされた。
「地獄に落ちな」
デビルンは、銃をかまえ、狙いをさだめた。
「そこまでにゃ」
ダイアンが猛烈な勢いで、デビルンの顔面に飛びかかり、激しく目を引っかいた。
「ぎゃあぁ!」
デビルンは血まみれの顔を両手で押さえ、
「左目が見えない」
と、叫びながら、のたうち回った。
「銃を壊すんだ」
エジポン博士が、床に転がったデビル銃を踏みつけようとすると、
「銃を奪い返すのよ」
悪魔の魂になったエレナがじゃまをする。
「みんな目を覚ますにゃ」
ダイアンが大きな声で叫んだ。
すると、ダイアンの全身が金色に光り輝き、背中に純白の羽があらわれた。
「天使猫ダイアン!」
コハクは、目を輝かせた。
エジポン博士もイーライもアルウも、その場に居合わせた、全ての人たちが、金色に光りかがやくダイアンを、あがめるように見つめた。
「コハクちゃん、あたし、いったい」
エレナがダイアンの愛の光で魂を清められ、正気に戻った。
「わたしたちは、何をしているんだ」
兵たちも、みな正気をとりもどした。
「エレナさん。よかった」
コハクが涙を流し、エレナに抱きつく。
イーライもアルウも泣いて、手を取り合う。
「そこまでよ」
デビルンのそばに、黒猫が現れた。
「ルシニャン、やっと現れたにゃ」
「ダイアン、あんたに再会できて嬉しいわ」
「この品の悪い黒猫と知り合い?」
コハクが、ルシニャンをまじまじと見る。
「コハクちゃん。この黒猫は神様に背いて、天国から地上に堕とされた、堕天使猫にゃ」
「背いたんじゃないわ。意見したまでよ」
「それなら、素直に神様に謝ればいいにゃ」
「いやよ!」
「あいかわらず、ひねくれたやつにゃ」
「ガルルル、シャー」
ルシニャンが牙をむきだした。
「ガルルル」
ダイアンも激しく威かくする。
「シャー、シャー」
ダイアンの目が天使の金にかがやく。
「ウーウ、ウーウ」
ルシニャンの目が悪魔の緑にひかる。
二匹の猫は、背中の毛を逆立て睨みあう。
「ウー、シャー」
先に猫パンチしたのは、ルシニャンだった。
「ガルル、シャー」
ダイアンも猫パンで応戦した。
「シャー、シャー」
ルシニャンが、猫キックを猛打する。
「ガルル、シャー」
ダイアンのダブル猫パンチが炸裂だ。
「ダイアン、頑張って」
コハクの両手に汗がにじむ。
ダイアンとルシニャンは、天井で、壁面で、地下室の至るところで、死闘を繰り広げた。
「博士!」
エレナが、デビル銃を拾い、エジポン博士に手渡した。
「こんなものをハイマンが……。もし天使フィルターと同じからくりなら、天使銃にできるはずだ」
博士はあらゆるコマンドを入力した。
その時だった。
「ミギャアァ」
ダイアンの叫び声が地下室に響いた。
「クソ猫め、捕まえたぞ」
デビルンが、ダイアンの天使の羽を鷲づかみにした。
「ダイアン!」
デビルンに飛びかかろうとするコハクを、アルウとイーライが必死に止める。
「デビルン、よくやったわ。目障りな天使の羽を引きちぎるのよ」
ルシニャンの緑の目が冷たく光った。
「おやすいごようさ」
デビルンは、ダイアンの二つの羽を両手で広げ、引き裂こうとした。
「クソやろう」
アルウが、一瞬のスキをつき、デビルンの死角になった左の脇腹に、肩から勢いよく体当たりした。
「わっ」
デビルンはよろめき、ダイアンを放す。
「いまだ!」
正気にもどった兵たちが、十人がかりで、デビルンを床に押さえつける。
「放せ!」
デビルンは抗ったが、一瞬で、ミイラのようにロープでぐるぐる巻きにされた。
「デビルンだけは、どうしてダイアンの愛の光が効かないの?」
「悪魔の契約をしたからよ」
ルシニャンが、天井から、せせらわらう。
「悪魔の契約は神様に背くおこないにゃ」
ダイアンが、再び攻撃モードに入る。
「デビルンの黒い魂はあたしがもらった」
「黒猫め! お、おれを見捨てる気か」
「ハイマンがいるわ」
ルシニャンは、冷たくいい放った。
「ハイマンはどこだ!」
エジポン博士が銃をかまえた。
デビル銃を天使ビームに変えるコマンドが分かったのだ。
「そんな銃、あたしには効かない」
「おじいちゃん、やめて」
コハクは博士に抱きつき制止した。
「いいことを教えてあげるわ」
ルシニャンが、ニタリとした。
「下がるにゃ」
ダイアンが皆を守るように羽を広げる。
「もうじき地球は、悪魔の世界になるわ」
「どういう意味だ」
エジポン博士は黒猫をきつく見た。
「ハイマンが、ブラッククォーツを、大天使ベルの像にうめこむわ」
「ああ、な、何てことだ」
博士は頭を抱え、床に座り込んだ。
「どういう意味なの?」
コハクは跪き、おじいちゃんの顔を、不安げに覗き込んだ。
「天使フィルターのローズクォーツは、実は、天使の神殿の、大天使ベルの像から持ち帰ったものなんだよ」
「コーパル湖の伝説は本当だったのね」
コハクは声を震わせた。
「わたしとハイマンは、コーパル湖に異次元の扉を見つけ、伝説の天使の神殿と大天使ベルの像をついに発見した。そして、エンジェルランドの平和が大天使ベルのローズクォーツによって、保たれていることに気づいた」
「伝説は本当だったんだ」
アルウとイーライが思わず声を上げる。
「わたしは、天使のエネルギーを使えば、地球を永遠に平和な世界にすることが出来ると思った」
「おじいちゃんは、間違ってないわ」
「いや、わたしは愚かだった。たとえ平和利用でも、ローズクォーツを持ち帰るべきではなかったのだ」
「どうして、どうして平和利用がいけないの」
コハクは涙目でおじいちゃんの袖を引っ張った。
「大天使のエネルギーはクォーツによって決まるからだよ」
エジポン博士は両手を床についてうなだれ、堅く目を閉じた。
「つまり、ハイマンが大天使ベルの像にブラッククォーツを埋めこめば、ベルは堕天使になって、世界は闇に包まれるのさ、アハハハハ」
ルシニャンはエジポン博士を見下ろしながらヒステリックに笑った。
「ハイマンさんはそんなことしないわ!」
コハクは目を真っ赤にして叫んだ。
「さぁ、どうかしら。ハイマンは、博士をひどく恨んでたからね」
「そ、そんなバカな」
「あんたばかり有名になって、自分はまったく評価されないとね」
ルシニャンが、せせら笑う。
「何ということだ」
「そろそろハイマンが天使の神殿に着く頃ね、フフッ」
「そうはさせん!」
エジポン博士が銃の引き金を引いた。
天使ビームがルシニャンの心臓に当たった。
「う、ぎゃあぁ」
ルシニャンは真っ黒な煙となってエジポン博士を呑みこみ、姿を消した。
「し、しまった、逃げられたにゃ」
「おじいちゃんが消えた」
「悪魔の国に連れて行ったにゃ」
「ダイアン、助けて」
コハクは泣きじゃくった。
「きっと助かるわ」
エレナがコハクを強く抱きしめる。
「助ける作戦を思いついたにゃ」
「どうすればいいの?」
「鍵は、コーパル湖にあるにゃ」
「コーパル湖に急ぎましょ」
エレナが出口に足を向ける。
コハクは涙を拭って立ち上がり、
「マイヤー起きて! 起きなさい!」
と、マイヤーをたたくが、反応がない。
「マイヤーおきるにゃ」
ダイアンが、マイヤーの顔に乗る。
突然、マイヤーの体がブルンと振動し、
「ハ、ハクション!」
大きなくしゃみをして、目を覚ました。
「マイヤーが動いた!」
コハクは喜び、マイヤーに飛びつく。
「ワ、ワタクシ、ネコ、アレルギーナノデス」
マイヤーの告白に、みんな大笑い。
「クルマヲ、ヨビマス」
マイヤーがリモコンを操作する。すぐに地下室の壁が、ドカン、とぶち壊れエア・カーがあらわれた。
「ゴホ、ゲホ、オエ。さ、さすがマイヤーね」
コハクたちは、埃で真っ白くなった顔や服を、パタパタとはたいた。
「イソギマショウ」
マイヤーが運転席に座る。
エレナはコハクたちを先に車に乗せ、一番後ろの席にダイアンを乗せた。
「おいら、前の席がいいにゃ」
「あんたが、マイヤーの近くに座ると、またマイヤーの咳が止まらなくなるわ」
コハクの言葉に、ダイアンはふてくされ、後ろの席で丸くなった。
エア・カーは急発進した。目指すは、コーパル湖の天使の神殿だ。
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