④異変

 その頃、エンジェルランドでは、何千万人もの人々の魂が光り輝き、王国の全てが、愛と平和で満ちあふれていた。

 警官や王様に仕える兵隊たちは、平和になった町をしみじみと眺め、

「もう、われわれの出番はなくなった」

 口々につぶやくと、一人、また一人と、天使フィルターをくぐった。

 彼らは仕事を失ったが、貧しさや、重い病気、孤独や老いで苦しむ人々を助ける仕事にすすんで就いた。

 警官だったある人は、田畑で作った米や麦や野菜を飢えに苦しむ人々に配り、また、兵隊だったある人は、山奥や離島を行き来する、ヘリや船で病人を運んだ。武器を売っていた商人たちも、病や怪我で苦しむ人たちのところに、爆弾の代わりに、薬や医療器具を命がけで運んだ。

 こうして、全ての人々が他人を優しく労り、幸せや笑顔を届ける仕事に就いたのだった。

 その一方で、銃やミサイル、戦車、戦闘機、軍艦、ロボット兵器など……人殺しのための、あらゆる兵器は解体され、溶鉱炉で溶かされた。しかも、溶けて金属の塊となった鉄屑は、車いすや介護ベッド、ロボット義足など、社会で最も苦しんでいる人々の為に優先的に使われたのだ。

 エンジェルランドは、天使の国、愛の国となり、世界中の人々の、あこがれの王国、地上の楽園となるはずだった。


 王様とお妃様が王の部屋で寛いでいると、

「大変です! 大変です! 王国のいたるところで、人々が暴れ、お店を壊してます」

 部下が血相変えて駆け込んできた。

「バカも休み休みにいいたまえ」

 王様は、部下の悪いジョークかと思った。

「王様、もう、このお城も占領されました!」

「ジョーダンがすぎるぞ!」

 さすがの王様も、腹立たしくなって、王の椅子から立ち上がった。

 その時、奥の扉に黒スーツの男が現れ、

「ここはおれの城だ」

 と、事もなげに言い放った。

「デビルン」

 王様は怒りにふるえ、彼を睨んだ。

「王様から名前を呼ばれるとは、光栄ですな」

 デビルンは、わざとらしく頭を下げた。

「君は天使フィルターで更生したはずだが」

「へい、たったいま、その天使フィルターで、悪党として更生いたしやした」

「何だと!」

「まぁ、難しいことはハイマンに訊いてくだされ。それより、サッサとそこをどけよ、老いぼれ」

「デビルン、血迷ったか」

「血迷ってるのは、王様、あんたでやんすよ。ワッハッハッ」

 デビルンは冷たく笑った。

「デビルンを引っ捕らえよ」

 王様は、強い口調で部下たちに命令した。

 ところが、誰一人として、デビルンを捕まえようとしない。それどころか、駆けつけた全ての部下たちが、冷ややかに笑い、王様が狼狽するのを楽しんだ。

「いったい、これは」

 王様は呆然となった。

「王と王妃を引っ捕らえろ」

 デビルンらは、王様とお妃様を取り押さえると、王冠を奪った。

「天使フィルターなんて、ふざけたものに頼るから、こうなるんだ」

 デビルンは、自分で王冠をかぶると、王の椅子に腰掛け、王様とお妃様を見下ろした。

「人間の魂を機械で天使の輝きにするなんて、ふざけた発明をエジポンがしやがった。ところが、親切なハイマンが、面白くねえと、天使フィルターに、ちょこっと手を加え、魂を真っ黒にする、悪魔フィルターにしたのさ」

「ハイマンが、まさか」

 王様は、愕然とし、うなだれた。

 その時、銀縁メガネの男が現れた。

「人間が、一度でも天使フィルターをくぐれば、フィルターのエネルギー量を変えることで、人間の魂を、天使にも、悪魔にも変えることができるのです。つまり天使フィルターには天使と悪魔の顔があるのです」

 王様の目の前に黒いスーツを着たハイマンが立っていた。

「エジポン博士を裏切ったな」

「エジポンのせいで、おれは世の中から不当に低く評価された。世界一の天才はこのおれだ!」

「おまえは間違ってる」

「だまれ!」

 ハイマンは激しく叫び、王様とお妃様を牢に閉じ込めるよう、部下たちに命じた。

 その時、玉座の上にルシニャンが現れた。

「二人ともよくやっわね、これでエンジェルランドは悪魔の王国になったわ」

 ルシニャンは二人を見て、満足げに笑った。

「ちょろいもんだぜ」

 デビルンが自信満々に目を輝かせる。

「わたしが天才だから、できたのだ」

 ハイマンはデビルンを無視した。

「誰のおかげで作戦が成功したと思ってる」

 デビルンは、ハイマンの偉そうな態度に、むかついた。

「ふん」

 ハイマンが鼻でわらう。

「きさま、なめんなよ」

 デビルンが腰のレーザー銃を握る。

 ハイマンも銃のトリガーに指をかける。

「いいかげんにしなさい! 今、あんたたちに死なれたら、極上の黒い魂が手に入らないでしょ。約束は守ってもらうわ」

 ルシニャンは、怪しく光る緑の目で、二人を威圧した。

「や、約束は守るぜ」

 デビルンは、悪魔のエネルギーに震え、銃をおろした。

「おれも約束は守る。ついでに、デビルン、おまえに、この国はやる」

 ハイマンがニヤリとしながら、メガネの縁をつまんだ。

「なに」

「おれは、世界の王になるのさ」

 ハイマンは、そういって、高笑いし、王の部屋から出て行った。


 エンジェルランドが大変なことになっているとは知らず、コハクは、夏休み最後の探検をしに、イーライとアルウの三人で、コーパル湖に来ていた。もちろん、目的は、黄金の天使の神殿を探すためだ。

「やっぱり今日も見つからないね」

 コハクが小さく肩を落とす。赤いワンピースが風に揺れる。

 エジポン博士に黙って、新型エア・カーを借りてきての探検だった。もちろんコハクは免許を持たないので、操縦はマイヤーだ。

「伝説の天使の神殿は、違う場所にあるんじゃないかな」

 アルウは、神殿伝説の絵本をパラパラめくった。

「今日はこれでおしまいね。エア・カー無断で借りてきたから、早く帰らないと、おじいちゃんに叱られるわ」

 コハクは、おじいちゃんが心配する顔を思い浮かべ、申し訳なさそうに、うなだれた。

 その時、マイヤーの真っ白なボディーが、真っ赤になり、危険モードになった。

「エジポンハカセカラ、キュウジョ、シンゴウガ、デテマス!」

「おじいちゃんが助けを……」

 コハクは青ざめ声を震わせた。

「コハクちゃん、急ぎましょう!」

 三人はすぐにエア・カーに乗り、コハクの家に飛んだ。

 数分後、エア・カーはコハクの家に着いたが、すでに建物はなく、焼け落ちたがれきの山があるだけだった。

「おじいちゃん! ダイアン!」

 コハクは、エア・カーから飛び降り、がれきの山に走った。

「コハクちゃん!」

「コハク!」

 イーライとアルウも慌ててあとをおう。

「おじいちゃん!」

 コハクの目に涙があふれる。

「コハクちゃん」

 焼けこげた建物から、人影があらわれた。ダイアンを抱いた、エレナだった。

「エレナさん、ダイアン!」

 コハクがダイアンを受けとり抱きしめる。

「エレナさんが、燃える家から救い出してくれたにゃ」

 ダイアンは、すすで真っ黒くなっていたが、火傷もなく、大きな怪我もしていなかった。

「エレナさん、ありがとうございます」

「あたしが取材で着いたとき、家はものすごい炎につつまれてたの」

「おじいちゃんは」

「反乱したデビルンたちが、どこかに、連れて行ったにゃ」

「デビルンが反乱って、どういう意味なの? みんな天使になったはずじゃ」

 コハクは自分の耳をうたがった。

「天使フィルターが、ハイマンに改造され、悪魔フィルターにされたにゃ」

「そんな……まさか、あのハイマンさんが」

「デビルンが話してたにゃ。ハイマンはエジポン博士を恨んでいるとにゃ」

「ハイマンさんに濡れ衣をきせるためじゃないかしら」

 エレナがつぶやく。

「きっとそうよ」

 イーライも、まじめなハイマンさんが、そんなことをするはずがないと思った。

「ちがうにゃ。ハイマンもデビルンも、ルシニャンに魂を売ったにゃ」

「ルシニャン?」

 三人は声をそろえる。

「悪魔猫にゃ」

「まさか堕天使猫のこと?」

 エレナは小さな頃に読んだ、天使猫と悪魔猫の物語を思い出した。

「あれは本当の話にゃ。地上に堕とされたルシニャンは、神様を逆恨みし、悪魔猫となって、宇宙を悪で染めようとしてるにゃ」

「ハイマンさんは、だまされたのよ」

 コハクが気の毒そうにいう。

「ハイマンにも心の弱さがあったにゃ」

「大人も心がもろいんだ」

 アルウの一言に、みんな肩を落とす。

「心の弱さに、大人も子供もないわ」

 珍しくイーライが興奮気味になり、拳を握りしめる。

 イーライは大人だと、コハクはいつも思う。

「エンジェルランドを救わなきゃ」

 いってみたものの、コハクは何も出来ない。それでもいう。いえば考えるから。考えれば何か思いつくかもしれない。

「どうしたらいいんだろう」

 アルウが地べたに座り込んで腕を組む。

「早くエジポン博士を探しだして、みんなを元に戻さないと、世界中で戦争が始まるにゃ」

「どうしてそんなことになるの」

 コハクが青ざめる。

「俺たちの野望は世界の王になることだって、デビルンがいってたにゃ」

「そんな……」

 イーライは涙を浮かべ、両手で顔をおさえた。

「そうよ。元に戻せるのは、おじいちゃんだけ。マイヤー、おじいちゃんがどこに連れて行かれたか、わかった?」

「オシロノ、チカシツデス」

「ええ! どうして、お城なの? クリスタル城には、王様がいるじゃない!」

 コハクの声が震える。

「まさか王様まで、魂が悪魔になったの」

 イーライの手足が震える。

「王様とお妃様も牢に閉じ込められたの」

 エレナさんが情報をつかんでいた。

「お城が乗っ取られたってことですか?」

 アルウはエレナの顔をのぞき込む。

「デビルンが自分で王冠をかぶり、王位についたそうよ」

 エレナが拳を握りしめ肩を落とす。

「エンジェルランドは悪魔の王国になってしまったんですか?」

 イーライは恐ろしくて、体の震えが止まらなくなった。

「じゃハイマンさんはどうなったの?」

 コハクはどうしても、ハイマンさんが、おじいちゃんを裏切ったとは信じられない。

「わからないのよ」

 エレナの情報網でもハイマンの足取りは掴めないようだ。

「ケイコク! ケイコク!」

 マイヤーのボディーカラーが、真っ赤に変化した。

「キケンガ、セマッテマス。ココハ、キケンデス」

 マイヤーの探知機が何かに反応したのだ。

「急ぎましょ。町や村で人々が暴れてるの」

 その時、大きな爆発音とともに、エレナのエア・カーが炎上した。ミサイル攻撃を受けたのだ。

「きゃあぁ」

 コハクたちは、耳を押さえ、その場にかがみ込んだ。恐ろしくて足がすくみ、立ち上がることさえ出来ない。

「早く逃げるのよ!」

 エレナが、コハクたちをエア・カーに走らせる。

「ハヤク! ハヤク!」

 マイヤーが、エア・カーの発進準備をした。

「急いで!」

 エレナに押され、コハクたちは次々と、エア・カーに乗り込んだ。

 空の一点がキラリ輝いた。新型のロボット戦闘機だった。

「エレナさん早く!」

 コハクは手をのばしたが、

「マイヤー、発進しなさい!」

 エレナは叫び、ドアを閉めた。

「四人乗りよ。はやくエジポン博士を助けて、天使フィルターの暴走を止めるの」

 車は急発進し、エレナが小さくなる。

「マイヤー、どうして発進したの。エレナさんを見殺しにするつもりなの。そんなこと許さないわ! すぐに戻りなさい!」

 コハクは、マイヤーの背中を何度も叩く。 

 その時、目の前に、ロボ戦闘機があらわれ、今にも、ミサイルを発射しようとした。

「わあっ!」

 コハクたちは驚き、思わず頭をかかえ、顔を膝のあいだに沈めた。

「ロック・オン」

 マイヤーの電子的な声とともに、メガEMP砲がロボ戦闘機めがけ発射された。

 メガEMP砲は、エジポン博士が発明した。あらゆる兵器を無力化する電磁波砲なのだ。

「テキヲ、ムリョクカ、シマシタ」

 マイヤーが、抑揚のない声で報告した。

「エレナさんは」

「ゴブジデス。スグニ、タスケマス」

 マイヤーは、エア・カーをエレナの頭上まで飛ばし、無重力ライトで吸い込んだ。

「四人乗りだから、飛べないと思ったのよ」

 エレナさんが、申し訳なさそうにいう。

「あたしたち、子供だから、三人で、大人一人分よ」

 コハクがニッと笑う。

「え、あたしそんなに太ったかしら」

 エレナは、ちらと、お腹周りを見て、頬を赤らめた。

「エジポンハカセヲ、タスケニ、イキマス」

 マイヤーが、アクセルを思いっきり踏む。

 エア・カーは猛スピードでクリスタル城に飛んだ。

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