第4話 親友から先へ
昼休み。
奏の机に早貴と千代が来て食事をしている。
「やっぱり最近トレーニングしてないからかな。こんな怪我をしたの初めてかも」
「ほんとに気を付けてよ。トイレで大泣きしているのかと思ったら先生に抱えられて帰ってくるんだもん」
「早貴ちゃんのあんな痛そうな顔を始めて見たので胸が苦しくなりました」
奏は箸を持っていない左手を胸に当ててみせる。
「ごめんね~。悪いことって続くのね。みんなと話していつも通りにしていようって思った矢先にこれだもん」
「でもちゃんと前を見なさいよ! 考えようによっては怪我をしたことであんまり出歩けなくなるから、不審者絡みの事からすると動くなっていう警告かもね」
千代はサラダに乗っかっているブロッコリーを箸で摘まみ、指示棒の様に軽く振りながら話してから口へ頬張った。
「そう考えて家で大人しくしていますか。ドタバタしていたからまともにやれていない勉強でも進めていようかな」
「それでいいんじゃない? 邪魔しに電話するかもだけど」
「お待ちしてます」
三人がようやくいつものように笑い合えたようだ。
「ぶつかった相手の方は大丈夫だったの?」
「うん、男子だったしアタシが一人で転んでた。そしたら手を貸してくれてね、保健室まで連れて行ってくれたのよ」
近くにいる生徒達が少々ざわつきだした。
しっかりと聞き耳を立てているようだ。
「男子、か」
「良い感じの人だったよ。こっちが悪いのに自分も責任感じているからって、今日の帰りも手伝ってくれるって」
一瞬千代と奏の動きが止まる。
「ちょ、ちょっと。そんな話になっているの? 別にあたしが連れて行くのに」
「いや~、それだと千代が帰るときに一人になっちゃうじゃん」
「透を呼べばいいし」
「そっか。でも約束しちゃったしなあ」
「会ったばかりの人とそこまで話進めるかねえ、まったく。早貴の心配な所の一つがそういう安易な決定力よね」
早貴が不服そうに千代を睨む。
「何よそれ。あっちから手伝わせてくれって言われたら断りにくいじゃん」
「相手が男子なところがマズイのよ」
「透ちゃんといっしょじゃん」
「いやいや、全然違うから。男ってことしか一緒じゃないよ。良く知っている男と良く知らない男、女子にとってはよく考えるところだよ」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて。早貴ちゃん、私も千代ちゃんの意見には賛成です。やっぱりあまり良く知らない人には注意したほうがいいですよ。同じ学校の人だからよっぽど大丈夫とは思いたいですけど、頼る人はよく知っている人にした方がいいですよ」
ため息をついてから早貴は答えた。
「わかったわ。じゃあ断った方がいい?」
「できればその方がいいでしょうね。何事にも順番ってありますから」
早貴は携帯を取り出し、木ノ崎に連絡を取ろうとする。
「えっ! 電話番号知っているの?」
「保健室で処置してもらっている時に送ってくれる話になったから、連絡できるようにって言われて、携帯振っただけだよ」
奏は複雑な顔になり、千代は頭をガクリと落とした。
「約束だけじゃなく、連絡先まで……。電話番号よりはマシかもだけど早貴さあ、もっと自分が女子であることを認識した方がいいよ」
「そんなに悪いことなの?」
「初めて会った人でしょ? さっきも話したけどさ、どんな人かわからない人に個人情報教えちゃまずいよ。奏が言っていたように順番ってものがあるから」
「ん~、アタシ色々と自覚が足りないみたいだね。何が正しいかわからなくなってきた」
千代が早貴の手に自分の手を重ね、真正面に早貴を見る。
「まずは味方の言うことを聞いて、お願い。早貴だけじゃないの、みんな何かをするときはワンクッション置くといいことが多い。だからその場で即決はこれからしないようにしてね。とりあえず今日の約束は取り消して、透かおばさんにお願いしよう、ね?」
千代の真剣な眼差しによって、早貴は軽率な行動をとっていたのかと知らされるが、性格上なかなか受け入れにくいようだ。
ただ、千代がここまで言うということは従うべきなのだろうと思った。
「うん、じゃあお母さんに迎えに来てもらうようにするよ」
「是非そうしてちょうだい」
◇
「ま、そうだわな」
木ノ崎は早貴からのチャットを見て呟いた。
「そこまで軽くはねえか。でも連絡が直接取れるだけ上等だろ。まあゆっくりやるさ」
◇
いつも通り部活も無く、帰宅部たちと一緒にスクールバスに乗り込んだ早貴たち三人組。
雑談をする中で、千代が思い出したことを早貴に尋ねていた。
「また不審者絡みな話で悪いんだけど」
「またぁ?」
「不審者そのものじゃなくてね、あの話を聞いた時に出て来た瀬田さんって、どういう人なの? そういえばあたし聞いてなかったなと思ってさ」
「あれ? 話してなかったっけ?」
「知らないよう」
「ありゃま。別に隠してたつもりは無いし、寧ろ言ってた気だったんだけど。小学校からの幼馴染で二つ年上の大学生だよ」
「小学校って、何年生の時から?」
「アタシが二年生の時、になるね。あっちが四年生か」
「は!? それあたしと一緒じゃない! あたしと早貴は二年で一緒のクラスになってからの付き合いだから。……なんかショック~」
「ショックって、なんでよ」
「そりゃそうでしょ。早貴と一番長く付き合いがあるのはあたしだと思ってたんだもん。男の幼馴染がいるなんて思わないよ。まさか彼氏ですとか言わないよね?」
「違う違う。凄いお金持ちの家の息子さんで、いろんな機械を弄るのが好きな人で、家も大きいし二つあるんだけど、星からの音を聞かせてくれてたのよ。それで帰りが遅くなった時にお母さんが挨拶に行かなきゃって挨拶した時から、アタシが通うのが恒例になっててね」
「星からの音? ちょっと気になるけど、じゃあ今でも続いてるの? その通うのは」
「うん、今でもたまにお邪魔しているよ。なんだろ、あんまり考えたことなかったけど、お兄ちゃんというか、家が別だからいとこのお兄さん的な?」
「あたしはやっぱりショックだよ。なぜ分からなかったんだろう、悔しい」
「悔しくなっちゃうの? あ! 独占欲ってやつ?」
上目遣いで早貴を見ながら千代は頷いた。
「んもう、話していなかったのは悪かったけど、千代とはずっと一緒だったし、これからも一緒にいるつもりなんだけどな」
「もういい、この話やめる」
「千代~」
この二人が話す光景をジーっと見ていた奏がようやく口を開いた。
「お二人は普段こんな風に話されているんですね。千代ちゃん、可愛過ぎます」
早貴が手を叩いてから奏に人差し指を向けて同意する。
「でしょ! 千代って可愛いよね~。カッコいいなあって思っているとすっごく可愛くもなるの。最高だよ」
「今更褒めても早貴のことなんか知りません~」
「ここまで拗ねるのは珍しいぞ! 奏、よ~く見ておいた方がいいよ。レアだよレ
ア!」
「ふふふ」
バスが葉桜高校前駅に到着する。
綾から何時になるか検討付かないから先に帰るように言われた奏は、駅まで車で迎えに来ていた親を見つけて二人とお別れをする。
「それでは。早貴ちゃん、もし何かあれば何時でも構わないので連絡してくださいね」
「ありがとうね、奏」
早貴と千代が片手のひらを差し出したところへ奏がポンポンとタッチしてからステップを降りて行った。
「最近奏も寂しそうだねえ。綾と中々ゆっくりと会えてないみたいだから」
「水泳部はひたすら泳いでいるもんね。体力がよく続くなあって感心する」
バスは再び走り出し、日向駅前へと向かう。
「ふう、なんだか疲れる日が多いなあ。怪我までしちゃってさ」
千代が早貴の左腕にしがみついてきた。
「あら、また抱き着いてきたよ。最近どうしたの? 甘え千代さんが増えましたねえ」
「色んな意味で心配なんだよ。これだけ長い付き合いしていても早貴について知らなかったことがあったんだなって、当然と言えば当然なことなんだけどね。あたしの事も早貴が全部知っているかと言えばそうじゃないはずだし。会っている時に見えている事と、その時話したことしかお互いに知らないんだよね。もっと、もっと早貴に近づきたい」
しがみつく千代の手を軽く握りながら早貴が言葉を返す。
「アタシ、もしかして千代に愛されている? 告白に聞こえますよ?」
「――――そう、だよ」
軽く握っている早貴の手のひらが若干汗ばんだような熱を発し、千代からの気持ちに答えるかのように少しだけ握る力が強められた。
「そっか。最近の千代の様子とか、この前の川での事とか、なんとなく千代の気持ちってそういうことなのかなって感じてはいたんだ。こういうのって随分悩んだんだよね、きっと」
早貴の腕を掴む千代の手にもさらに力が入る。
「大変な思いをして伝えてくれて、今は伝えた後のアタシの反応を心配しているんだよね」
早貴は握っていた千代の手を肩に変えてグイっと自分に引き寄せた。
千代の耳元で千代にだけ聞こえるように囁く。
「香菜の真似になってしまうんだけどさ、ゆっくりと焦らずに今までより近づいていけたらと思います。千代とはさ、すでに親友と言えるだけの近い距離にいるんだし、もっと気持ちを絡めて行きたいってことはわかる気がするの。アタシも千代は大切だから不思議と驚いたりとかしてないよ。なんか元々そういう気で付き合っていたのかもね。男の人と付き合うのとは別の世界と考えれば有りだと思うよ」
早貴を掴んでいた手から徐々に力が抜けて行く千代。
その手を早貴の顎へと移し、唇を近づけて行く。
早貴もその動きを受け入れ呼吸を合わせる。
シートの背もたれに隠れるようにして二人は唇を軽く重ねた。
「千代、アタシはうれしいんだから変な心配しないでね。今ので分かってくれるとうれしいんだけど」
千代は頬を赤らめて静かに小さく頷いた。
バスが日向駅前に到着し、既に待ち受けていた時子が目に入る。
「では降りますか」
二人は普通を装いつつ、千代が早貴のフォローをしながらゆっくりとステップを降りて行く。
それを見て時子も手伝いに寄ってきた。
「本当にやらかしちゃったのねえ、ゆっくり降りて」
「嘘なんかつかないよ」
最後の一段は時子が早貴を抱きかかえてゆっくりと地面に下ろした。
「すっかり大きくなったから抱っこするのも大変になっちゃったわねえ。久しぶりにできてうれしいわ」
「ははは。お母さん倒れるかと思って少し心配しちゃった」
「母親をなめるんじゃない。千代ちゃんありがとうね、いつもご迷惑ばかり掛けてい
るでしょう?」
「こんにちは。あたしも早貴にはお世話になっていますからこちらこそですよ」
「ほんとに? この子がお世話なんかできるのかねえ」
「お母さん、あんまり言うと怒るよ。自分の娘なんだから、こう、なんかさ、もうちょっとないの?」
「はいはい。ずっと立っていても悪くしちゃうから早速帰りましょう」
「答えになっていないし」
母親にスルーされた早貴を見て千代はクスッと笑った。
「あたしも肩貸すよ」
時子と千代が両側に並んで肩を貸し、早貴はほぼ片足だけで歩けるようにしてもらった。
「これ、当分どうやって登校すればいいんだろ」
「湿布は貼るとして、包帯かサポーターで固めるぐらいよね。走りで痛めた時と同じでしょ」
「そっか部活め、すっかりその辺の事忘れちゃってたじゃない。これも休部ばかりでトレーニングしていないからだ」
「早貴、自主トレって知ってる?」
早貴は千代の腕をキュッと摘まんだ。
「痛いって……怒りん坊」
「怒らせたんでしょ」
「自分でもトレーニングはできるよねって確認をしただけよ」
「可愛くない」
「早貴よりは可愛いです」
「あなたたちは今でも相変わらず仲がいいのねえ。そういう人は大切にしなさいよ、早貴」
「今はどうしようか悩みだしたぞ」
「じゃああたしも悩もうかなあ」
時子は二人のじゃれ合いを楽しそうに聞いている。
不安な事が起きてはいるが、そんな中でもこんな楽しそうな娘を見られて幸せなのだろう。
五代家への分かれ道に見慣れた二人組が話し込んでいた。
「あ、香菜じゃん。うわあ、ラブラブタイムだよ」
「ははは。何そのくすぐったい時間は」
「あらまあ、あそこにも仲良しがいたわね」
「あれ? お母さんにお千代ねぇちゃん、それにおねぇちゃんじゃない。どうしたの?」
「ちょっと、アタシより千代の名前を先に言うとはどういう妹だ」
「やっぱり怒りん坊じゃない」
「う・る・さ・い」
千代のパートが香菜にチェンジされ、五代姉弟とはここでお別れとなった。
「ごめんね透ちゃん。今度ウチにでも来て香菜とイチャイチャしてちょうだい」
「イチャイチャと言われましても」
「おねぇちゃんの酔っ払いモードが始まっちゃった。お千代ねぇちゃんに透、またね」
「お大事に~」
飲んでもいないのに酔っ払いと化した女子高生とその家族は、自宅へと無事に到着した。
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