第3話 遭遇、しちゃった
「行ってきます」
ふり絞ってその言葉を吐き、足早に家を出る。
今の自分でも受け止めてくれるはずの親友に一刻も早く会いたいのだ。
スクールバスの停留所前。
ブレザーは着用せず、ブラウスの袖を軽く腕まくりして細く白い腕を出している女学生。
石垣に片足を乗せ、フラミンゴ立ちをしたまま携帯を見るといういつも通りのスタイル。
衣替え期間に入ったのだと感じさせる千代が親友を待っていた。
「お千代~、おはよ」
「おはよ~、どうした? その情けない声は。大体察しは付くけど」
早貴は千代の横にピタッと肩を付けて並んだ。
「朝ね、香菜に心配かけちゃって落ち込んでます」
「ほう。心配はいつもかけているだろうけど、本人が分かる程というのは余程のことだね」
『それは言わないで』と言う代わりにくっつけている肩を一押しして突っ込む。
「香菜さ、アタシを励ましてくれたんだけど、震えてたんだよね。アタシよりずっと怖い思いしている妹に励まさせてしまって、姉としてはただただ自己嫌悪なわけです」
「あー今んとこ、香菜ちゃんなら『そういうとこだよ!』って突っ込みそう」
早貴は驚いて千代へ振り向いた。
「なんでわかるの? 朝も正にそれで怒られた」
「わかるよ、あたしの妹でもあるんだから」
「アタシは実の姉なのに妹どころか義理の姉にも勝てないのか。泣ける」
目線を空へとやる。
千代は携帯弄りをやめ、早貴との話にシフトした。
「逆にそういうところもお早貴さんなんだけどね。あたしはお早貴のことを心配していたけど、香菜ちゃんのおかげなのかな、それだけいつも通り話せるところ見られて安心した。これでも相当心配しているんだぞ、早貴姫さん」
「ほんとに香菜の言う通りだ。お千代も心配してくれているんだもんね。アタシにはちゃんと味方がいるんだからシャキっとしないと」
「違うよ、シャキっとするとかじゃなくてさ、みんなちゃんとお早貴のこと見ているんだから安心していつも通りの自分でいてくれればいいんだよ。ただそれだけ。いつ見ても早貴でいて欲しいんだ」
またしても香菜と同じことを言われて驚きを隠せずに千代の袖をキュッと握った。
「同じこと言われたよ。アタシまた同じ間違いやらかしているんだね。勉強しないな~。ちょっと更生するようにお千代助けてください」
「更生ねえ。あたしに出来ることならなんでもするけどね。あ、そうそう。それじゃあさ、一つお願い聞いてよ」
「珍しいわね、お千代からわざわざお願い聞いてなんて」
「そう? あのさ、透たちが呼び方変えたみたいにさ、あたしたちも名前を呼び捨てに変えない?」
「そういえば香菜がそんなこと言ってたわ。全部香菜が透ちゃんに提案しているんだよね。あの子どこまで猫被ってるんだかさっぱりわからん。透ちゃん、大丈夫かなあ」
「ははは。そういう方が上手くいくんじゃないの? 言われてる透はウキウキを隠せないでいるからあたしは家でからかい捲ってやってるよ」
「そんな感じなんだ。香菜も余程惚れられているのねえ。本当に千代が義理の姉妹になるのかな」
「お! 早速呼び捨てしてくれた。うん、これからそうしようね。早貴!早貴早貴早貴!」
「そんなにうれしいの!? 昔からの言い方だから続いていただけで、別に名前で呼ぶのはいつでも構わなかったけど」
「――――ならもっと早く呼び捨てにすればよかった。早貴と姉妹かあ。いいな、うん、いい!」
バスが到着していつもの席に座る。
発車して間もなく、千代は早貴の腕にしがみついてきた。
「どしたの?」
「もうね、早貴の前では隠さないことにした」
「ふむ。隠さない?」
何を隠されていたのか分かっていない様子の早貴を感じながら、千代はこれまでとは違って早貴と二人きりの時は思うままに甘えるようにした。
とはいっても、バスの中では二人きりとは言えず、早貴たちを気にしている生徒らがいつもと違う雰囲気を感じ取っているようだ。
「千代は最近よく甘えてくるね。可愛いからいいけどさ、なんか立場が逆転していて千代役が難しいんだけど」
「そんな役とか考えなくていいから。いつもの……いつもの早貴でいて」
「はいはい」
千代に対しては全て受け入れている早貴。
今回も千代の本意が未だにわからないまま、肝心なところで今まで通りに接する。
早貴の鈍さにもどかしさを覚えつつも、それに乗じて千代は欲求を満たしていく。
3年C組。
早貴、千代、奏の三人はいつものように奏の机を囲んで集まっていた。
奏は二人から不審者に関する経緯を伝えられているところだ。
「そんな事が起きていたのですね。なんだかニュースの話を聞いているようで他人事と思いたいのですが、それが早貴ちゃんや妹さんが被害者となると途端にどうしたらよいものか困惑してしまいます」
奏は三年生が始まった当初、二人への接し方が固いと言われたこともあって、少しずつではあるが手始めに名前を『さん』から『ちゃん』付けに変えてみた。
「今の所不審者がうろついている情報しかない。直接何かをされたわけでもないから何もしようがないし、本当にアタシまで関係しているのかまでも分かっていないのよ。だからとりあえず一人で行動をするのはやめておこう、ぐらいで。それって普段でも気を付けるところだし、いつもとそんなに変わらないの」
「心配事が悪戯に増やされているという感じになるのですね。気が休まらないと体調にも響きますから千代ちゃんともたくさんお話しているでしょうけど、私もお話を聞くぐらいはできますので、いつでも頼ってくださいね」
早貴は奏の小さな手をキュッと両手で握りながら目を潤ませる。
「奏、ありがとう! ほんとにアタシは幸せ者だ。奏の声を聞くだけでも連絡していい?」
「もちろんですよ! それぐらい全然困らないどころか寧ろ私がうれしいです」
「いつもの早貴でいられるようにみんながいるのがこれで分かったでしょ? ほんと奏の言う通り、体に障るから少しでも不安だったり気になったら誰でもいいから話すんだよ」
「わかった、ありがとう。……ちょっと涙出ちゃったから顔直してくるね」
そう言って早貴は教室から出て行った。
「そんな状況なら誰でも心配で落ち着かないですよね。私なら泣きまくって綾とお泊り会でもしちゃうと思います。とても一人では眠れませんよ」
「なるほど、お泊り会っていいね。あたしも考えてみようかな~。どっちの家で泊っても久しぶりだから楽しそうだ」
女子トイレの手洗い場では早貴が目元をチェックしていた。
「ああんもう。学校で泣いちゃうと目立つから嫌だな。化粧水はあるから顔洗った方が早いか」
赤みよ取れろ! と言わんばかりにバシャバシャと顔を洗って必死の抵抗を試みる。
顔全体が赤くなってしまい、普通に戻せたのか判断がつかなくなってしまった。
「もう時間ないし、これでいいや。早く戻ろう」
化粧水を顔全体に雑につけ、早く教室に戻ることを優先した。
急場凌ぎを済ませてトイレを勢いよく出て行く、はずだった。
「きゃっ!」
「おっと」
早貴は思いっきり通りがかった男子生徒にぶつかってしまった。
「――痛っ!」
廊下へ豪快に倒れてしまった早貴に男子生徒が声を掛ける。
「びっくりした。 大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。よく見ないで飛び出したからぶつかってしまって」
「起きられる? 手を貸そうか?」
「大丈夫、痛っ!」
立ち上がろうとした早貴は足に激痛が走り、また倒れてしまった。
「大丈夫じゃなさそうだね、足をやっちゃったかな。保健室まで肩貸そうか?」
「そんな、ぶつかったのはアタシだし、それぐらいは一人で行くから」
「そう? そろそろホームルームも始まるし、そこまで言うなら俺行っちゃうけど」
「ええ、そうして」
男子生徒はそのまま教室へ向けて歩きだしたが、何かを思い出したように早貴の元へ戻ってきた。
早貴も結局足の激痛により立てずにいる。
「やっぱ無理じゃね? 保健室までぐらい手を貸すぜ」
「申し訳ないけど、助けてもらうしかないみたい。……お願いします」
男子生徒から差し出された手を掴んで早貴は体を起こしてもらう。
「あ~やっぱり。綿志賀さん、かな?」
「え、あ、そうだけど」
「こんな偶然もあるんだな。俺はコースが違うから噂しか聞いたこと無かったし、あんま気にしてなかったんだけど、ちょうど最近君の写真を見せてもらってね。すぐには気づかなかったけど、ふっと写真を思い出して」
「写真? アタシ写真とか撮られてるの!? 嫌だなあ、なんでアタシなんかが」
「見せてくれた奴の話じゃ君の写真は結構出回っているらしいぞ。特に普段あんたを見かける進学コースの連中の間では」
早貴は大きくため息をついて頭を抱える。
「こう、なんかさ、もうちょっと他にいるでしょうに。アタシ余程の笑いものになってるんだね」
「いや、その逆らしいぞ。すっげえ美人だって話で俺は見せられたんだが。それより保健室いかねぇと」
そう言いながら男子生徒は早貴の腕を自分の肩へ回させ、保健室へ連れて歩き出した。
「実際あってみると確かに美人だね。俺はラッキーだったな」
「そういう冗談はしつこいと嫌われるよ」
「いや、冗談じゃないんだけど。あ~、気分を悪くしたならごめん。もう言わねえから」
それから保健室に着くまでは、たまに早貴が痛みを訴える程度でお互いに会話は無いままだった。
「すみません怪我人なんすけど、診てもらえすか?」
「は~い。あら、朝から怪我しちゃったの? ここまで来れる?」
「良かった。先生いたんだ」
「失礼ね。私はそれが仕事なんだからちゃんといるわよ、大体」
「大体、ね」
男子生徒は先生の指示した丸椅子へと早貴を連れて行き座らせた。
「痛い!」
「あらら、捻挫をしたのね。もう色も変わってきているから随分思いっきりやってしまったわね。あなた部活とかやってる?」
「陸上部です。でもほとんど活動無いんで正直部活は問題ないと思いますけど」
「ああ、ウチの陸上部はここ数年顧問の先生が替わってからは活動がすっかり無くなってしまったわよね。何度か会議でも言われたはずなんだけど」
「そうなんですか。アタシはガチでやっているわけではないんでまだいいですけど、少しでもやる気で入部した子は可哀そうですね」
先生が湿布を貼り、包帯を巻いてゆく。
そこで男子生徒が話に割り込むきっかけをようやく得たように、話を切り出した。
「綿志賀さん、良ければなんだけど、俺的にはせっかく会えたんで今後も話ができる相手として認めてもらいたいんだが」
早貴は片手を振りながら答える。
「そんな有名人みたいな扱いやめてよ。今回はアタシが悪いことしたんだし、話すぐらいは全然平気だよ」
包帯を巻いている先生が早貴の顔を思わず見た。
「あなた、随分と有名よ。広報の人達なんてあなたをモデルにしてパンフレット作ろうかって話もしていたぐらいだし」
「ええっ!? 何ですかそれ? 冗談はやめてくださいよ~。もう、なんでアタシってこんなに弄られるの……」
先生によって話が脱線させられかけているので、男子生徒は自分の話へと強引に戻す。
「ああっと、それで~。話すのが大丈夫なら、チャットアプリぐらいなら教えてくれる?」
「先生の前でそういう青春なやりとりを見せつけないでくれる? こっちがムズムズするじゃない。楽しいからいいんだけど」
「いいのかよ」
三人で噴出し笑いをしてしまう。
「ええ、別にそれぐらいはいいけど。でもアタシと話すことなんてあるの? これと言って何も無い人なんですけど」
「大体の人が何も無いんじゃないか? 俺も別に部活もやってねえし、帰って何をやるでもないから」
先生が普通に生徒同士の会話にまるで生徒の様に加わってきた。
「ちょっと、ちゃんと勉強はしてよね。二人から何もしてないって聞いたら心配するじゃない」
「それはしてますよ~。一応三年生ですよ。基準を超えてないと進学できないし」
「ああ、そっか。綿志賀さんは進学コースか。ってことはそのまま夜桜?」
「そのつもり。っていうか進学コースの子はほとんどそのつもりで来ていると思うけど」
「だよな。俺は大してやりたいこともなく気づいたらここに来たって感じだから、成績もあんまり良くなくってさ、普通科なんだよな」
包帯も巻き終わり、先生は二人の話をじっと聞いていた。
「普通科なんだ。進学はどうするの?」
「未だに迷ってる。これといった趣味とか無いことがここへきてじわじわと首を絞めているよ」
男子生徒は携帯電話を取り出し、催促する。
「はいはい。そういえば、まだ名前聞いてなかった。誰?」
「そんな名前の聞き方されたの初めてだよ、笑える。また名前も聞かずにここまで来るのもなんだか不思議な奴だな」
「やっぱりアタシ変なのかな。ああ、みんなに笑われているんだよねえ。笑わせているならいいけど笑われるのは不本意過ぎる」
「違うって、笑われちゃいねえよ。おもしれえ奴だなって。この違いを判って欲しいなあ。とにかく、悪い意味では決してない。よっしゃ、アドレスゲット。でも自慢はしない方が良さそうだな」
男子生徒の話に被せてチャイムが鳴り響いた。
「うわっ、すっかり忘れてた」
「あら、ホームルームが始まってしまったわね。いいわ、私から二人の担任には連絡しておくから、安心して戻りなさい」
「ありがとうございます」
早貴が立ち上がろうとするが、やはり痛みがあって思う様に立てない。
「連れて行こうか?」
「私が連れて行くわ。さすがに君は怪我もしていないんだし、早く戻った方がいい。連絡はちゃんとしておくからね」
「わかりました」
「あ、名前!」
早貴が肝心な名前を聞いていないことにようやく気付き、慌てて聞いた。
「ははは、そうだった。俺は
「それは悪いよ」
「いやいや、俺がぼーっと歩いてなけりゃぶつかることも無かっただろ。それなりに責任は感じているから、今日の帰りぐらいは送らせてくれよ」
「じ、じゃあお願いします。友達はいるけど女子じゃ最近危ないからさせたくないんだよね」
「オーケー。じゃあな」
木ノ崎は軽く手を挙げて保健室を出て行った。
「なんだよあれ、めっちゃ美人じゃん! それに話もしやすい。普通にゲットしてぇ子じゃねえか。はははは。こりゃマジで楽しくなってきたな」
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