第8話


 無事にコムラに着いた桂屠一向はホテルのチェックインを済ませる。流石に雪奈もいる中一つの部屋は不味いだろうとの考慮から別部屋にしてもらったが、雪奈と一緒になった永久はごねた。


「私は未だに三人一部屋で良かったと思っていますけどね」


 十二畳程度だろうか、交通の便がよい都市部にしては中々広い部屋に様々な器具がおかれた洋風のホテルの部屋でこれから何をするか決めるために、集まってもらったのだが、未だに永久は拗ねている。


「仕方ないだろう。国が二つ部屋を用意したんだし、何より雪奈が独りじゃ寝れないって言うから」


「ええい、わかりました。その代わり、お風呂は一緒に入っていただきますからね!」


「ねえ、話は終わったの?」


 雪奈が永久の髪をいじる手を止めて話にはいってくる。


「ああ、待たせて悪かった。それで今回の任務、雪奈には悪いが……俺一人で行く。場所とターゲットは神室から送られているから心配しないでほしい」


 表面がスクリーンになっている机にターゲットと場所の資料を浮かべ、二人に向かって桂屠は言い放つ。


「な、なんでっ? 雪奈は、お兄さんと一緒に行けって王女様に言われたよ? ちゃんと、言うことを守らないとまた怒られちゃう」


「ふむ……傷だらけ天使、ですか」


 雪奈が動揺して桂屠に詰め寄る横で永久は資料を読み返している。


「すまない、ただこれは俺が決定したことだ。お前は怒られないから安心して待っててくれ」


 桂屠は雪奈の話を聞いたときから悩みに悩んでこの決断を下した。よって、桂屠の真剣な目は揺るがない。


「そ、そういうことなら、我慢するけど。お兄さんは大丈夫なの?」


「ああ、安心しろ。俺は大丈夫だ」


「いいえ。ワタクシは、桂屠さん一人に任せられません。何か理由があったとしても、それは危険すぎます」


 雪奈が納得しかけたところで、永久が鋭く口を挟む。


「なぜ? そんなに俺が頼りないか?」


 おどけた様に返すが完全なる虚勢。ずっと桂屠を見てきた永久がそれを見抜けない筈がない。


「この『傷だらけの天使』というコードネームとその噂は神室様から危機及んでいます。その戦闘力は一つの軍勢を無傷で返すほどです。……桂屠さん、私は感情的になっているのではありません。ただ、それはあまりにも無謀というものです」


 永久が一つずつ的確に情報を纏めていく様子に桂屠は口を噤んでしまう。


「それは、大体知ってる。あとで話すから一旦、待ってくれ」


「了解です」


「じゃあ、これから二人は気ままに遊ぶ用意でもしていろ。もう少ししたら俺はターゲットの場所へ向かう。では、解散」


 桂屠が解散を告げると雪奈が走って永久に近づき、服の袖を引っ張る。


「わーい、どこに行こうかな!」


「雪奈ちゃん、先に部屋に戻っててください。ワタクシは少し用事があるので」


「はーい」


 永久は雪奈に鍵を渡し、部屋に戻らせるとこちらに向き直る。


「では、さっきのことですが早速話していただきましょうか」


「わかってるわかってる」


「適当な返事をした場合。桂屠様の指が一つずつ飛んでいくのでお忘れなく」


 気の抜けた返事で返すと永久が無表情でスルリと赤い十字剣を構える。しかし、桂屠としては言うと決めたこと。今更欺くつもりもないため身構える気もない。


「はいはい。えっと、雪奈は俺と同じ戦時中に人体実験を受けた女性の子供なんだ。あの以上な筋力は永久も見ただろう?」


「いえ、ワタクシは全く見ていません。ですが、……なる程、二日前に防具だけ持ち帰った時というのはもしや、雪奈ちゃんと訓練していたのですか? そうだとしたら凄い能力ですね」


 合点が行ったように永久は手を叩く。


「その通りだ。雪奈は戦闘中、自分の身体では有り得ない力を出している。恐らくデザイナーチャイルドとして過剰進化したものだが、今のままだと確実に長生きはできなくなる」


「だから、雪奈ちゃんを出したくなかったのですね」


「神室から聞いた話だと、身体が出来上がるのに最低でも後一年はかかるそうだ。わかるか、永久」


 ポンと桂屠は永久の肩に片手を乗せる。すると永久はその腕に絡むように身体を寄せてくる。


「わかっていても、失ったら何も残らないのですよ。失って初めて気づくと言いますが、それは目を背けているだけなのです。妹様のように不憫な少女を無為に死なせたくないのはわかります。ワタクシも同じ気持ちです。ですが、どうか、どうか……考え直してください」


 永久は互いの胸に手をあてる。自分の心臓の音を聞いているのだろうか? 桂屠は外側から永久を抱き締めるが、それは変わらぬ意志の表れであった。


「返ってくるまで、ちゃんと雪奈の面倒をみててくれよ」


 大人は時に、冷静ながら強情になってしまうことがある。ひんやりとした永久の体を支えながら桂屠はそう思った。






 桂屠達がコムラで動き出した頃、同時にコムラ国内でフロウにも動きがあった。


「いまは、この建物にいると聞いていたのですがね。間違えるはずがないのですが」


 深夜ということもあって廃デパートを練り歩きながら、ある男を探す。


(メッセージ確認:すみません、返信が遅れました。僕は今日、午前3時にセレヌ通りに沿った廃デパート内にいます。合流出来ますか?)


 確認が済んだところでもう一度辺りを見渡すが人っ子一人いない。


 すると、ちょんちょんと太ももをつつかれる反応を感じる。フロウは勢いよく振り向くがだれもいない。


 青い十字剣を取り出し警戒心を露わにすると上からのんびりした声がした。


「僕はここですよ、フロウさん。こんばんは、蜘蛛です」


 といって金属製の足の一本を上げて天井に張り付いた蜘蛛が歓迎していた。




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