第7話


 桂屠がご飯を食べ終え、昼寝している間に永久が片付けを済ませて休憩に入る


 ソファーで寝ている桂屠の隣に座り、年に見合わない可愛らしい寝息をたてている桂屠に思わず手がのびて撫で始める。


「桂屠さん」


 間違って起こさないように静かに名前を呼ぶと、人間とは異なる音声機械を通して音が漏れる。


 しばらくじっと観察していると、不意に今日の朝に神室さんから来た映像の内容を思い出した。


(あの映像で、フロウという娘は人間でありたい、と言ってましたね)


 元の自分と同じような考え方を持ったモノにクスリと笑う。


 不思議なものです、とフロウは立ち上がってカーテンから覗く太陽を仰ぐ。


「明日で桂屠さんと初めて出会ってから一ヶ月ですか」


 時間で人は計れないというが、永久は今の生活にとても満足している。感情はないが、ずっと一緒に居たいという感情がどんどん増幅していっている。


 そのために、ワタクシは桂屠の嫌う人工知能だということを、隠し通さなければいけない。


 矛盾を抱えて苦悩しながら、永久は部屋のカーテンを閉めた。


 




 

 結局その後、引っ越しの準備と買い出しで疲れきっていた桂屠達は何事もなく朝を迎えた。


「おはようございます。雪奈は居ますか?」


 武器整備課に先に行き、金棒などと一通り回収した桂屠は、永久と合流して神都に来ていた。


 永久を横に意気揚々と職場に入った桂屠だったが、部屋には誰もいない。


「あらあら、いつもこんな感じなのですか?」


 ちょっと同情した視線で永久がこちらを見つめる。


「今日は会議が何もないみたいだな。珍しい」


 桂屠は特段驚いた様子もなく黄骸の机まで行くとパソコン自体は起動していた。一時的に席を外しているようだ。


 自分の席へ戻ると永久がコーヒーを入れてきてくれた。


「どうぞ。自前より味は劣りますが結構良いものを使ってますね」


 雑談を交わし、コーヒー一杯分の時が経った頃にエレベーターから黄骸と切奈が戻ってきた。


「すまない、二人とも待たせていたようだな」


「ごめんね~。おはよう、お兄さん」


 切奈が手を降って駆け寄ってきて、その横に荷物を積んだ自動走行ロボットが付き従っている。


「おはようございます。遅かったですね」


「可愛いです……」


 桂屠が頭を撫でてやると、永久が横でボソッと呟く。


「おはようございます。永久と申します。よろしくお願いします」


 桂屠が掴んでいた切奈の手を奪い自分の方へ引いて屈むと挨拶をする。


「おはよう、変なお姉ちゃん。私、切奈っていうんだ!」


「へ、変なお姉ちゃんですか……」


 永久が後ろに倒れ、切奈が心配そうにしているのを見て、大丈夫そうかな、と桂屠は判断する。


「雪奈の準備に手間取っていてな。今回も頼んだぞ、お前の頑張り次第で予算の量が変わんだ。お前だって良いコーヒーは飲みたいだろう?」


 黄骸はコーヒーのなくなったカップを一瞥して、セコい算段を口にする。


「そうですね。ではコーヒーのために頑張ってきます」


「おう、助かる! 『コムラ』については、後で連絡が来るそうだから心配しなくていい。切奈も気をつけてな。永久さんもお元気で」


 桂屠の冗談に黄骸は豪快に笑うと全員に向かってを挨拶をする。


「じゃあね、おじさん」


「失礼しました、黄骸さん」


 各々が返答し終わると、桂屠は皆を引き連れて出口から次の目的地へ向かった。





「ふう、間に合いましたね」


 神都駅内を走って何とかリニアモーターカーに乗り込むことに成功する。改札で大きい荷物は預けたので全力で走ることが出来た。


 全員息切れしつつ手持ちの荷物を持って、暖かな雰囲気の車内を歩き、四人分の対面指定席まで行く。


 平日ということもあり、周りをみても客は居ない。指定席を見つけて桂屠が座ると、永久と雪奈が正面に座る。


「お兄さん、飛ばしすぎだよ」


 窓側に座って雪奈が暑そうにワンピースの首もとを扇ぐ。


「雪奈ちゃん、首もとのびちゃいますよ。制汗スプレーかけてあげますからね。後ろ向いてください」


 雪奈の汗をタオルで拭き取り、甲斐甲斐しく世話をする永久。さっきからずっとこんな調子である。


「お兄さんっていう年でもないだろう。俺のことは桂屠って呼んでくれないか?」


「えー、やだよー。永久はお姉ちゃんでいいもんねー」


 どうでもよさそうに桂屠に生返事をして永久に背中を預ける雪奈。


「いいですよー、雪奈ちゃん。今日からお姉ちゃんですからねー。あっ、桂屠さんもタオルをどうぞ」


 雪奈の髪をくしゃくしゃにして喜ぶ永久が思い出したようにタオルを桂屠に渡す。


「ありがとう。っと、ちょっと御手洗いに行ってくる。雪奈を頼んだぞ」


「わかりました。さあ、雪奈ちゃん。何をして遊びましょうか?」


 じゃれる二人を尻目に人の少ない通路を抜け、連結部まで行く。


「もしもし、神室。今大丈夫か?」


 小声で通信端末から神室に連絡をする。普段ならメッセージなのだが、今回は履歴として残したくないそうでわざわざ時間を指定してきた。


「あっ、桂屠ですか、すみません。大事な報告があります。っと、その前に今回の目的国の話だけしますね」


 少し神室が小声なのが気になるが、音声が漏れないようにインカムにつなぎ直す。


「コムラは通称、多人種混合都市ともいわれています。中央都市部はかなり開発が進んでいるが、他の国に比べるとちょっと貧困層の割合が高いように思えますね。あっ、もし良ければ元飛行場などの観光施設も面白そうですよ」


 仕事じゃないのか、とツッコミたくなるが細かい作戦の指示はメールで送信された。ざっと目を通すと滞在期間は二週間と記載されている。


「二週間か、結構長いですね」


「重要ですが、それほど早急にこなさなければならない仕事でもありませんので」


 楽しんでくる位は許すといったニュアンスを含んでいると桂屠は解釈し、ありがたくその好意に甘えることにした。


「それで、大事なことって何なんだ?」


 桂屠はトーンを下げて話を切り替える。


「あの場では言えなかったんですけど。昨日の訓練中、桂屠は切那に対して違和感を覚えませんでしたか?」


「感じないわけがないだろう。筋力、反射速度、認識処理能力。どれをとってもあの年齢で俺のことを越えている」


「そうでしょう。勿体ぶらずに言うと実はあの娘、人間とは呼べません」


 誰もいないはずなのに、周りの空気がピリピリするのを感じる。


「まさか、また人工知能なのか?」


「あっ、そう言うわけではないのです。あの娘は、あなたと同じ対兵器用訓練のセッション1を受けた女性の娘なんですよ」


 桂屠は息を呑む。対兵器用訓練とは戦時中に人体実験が行われていた場所である。桂屠の場合は目の手術をして人工知能の義眼を取り付けられた。


「どんな内容なんだ?」


「新人類の残りかすとでもいいましょうか。忌まわしき人工遺伝子の果て。成功例はあったそうですが生憎、彼女自信は失敗してしまい、新人類の誕生へとたどり着きませんでしたが、その過程で生まれてしまったのが雪奈なんです」


 沈黙。雪奈の超人めいた力はそこにあったのかと桂屠は雪奈の能力に納得する。


「残りかす、というと?」


「中身に対して器が出来あがってないのです。今の雪奈は全身の力を使う度に寿命を減らしています。気をつけてあげてください」


 淡々と神室は語る。ただ事実を述べているだけで、そこに感情は存在しない。


「そこまでわかっているのなら、どうして戦地になるような場所に送り込んだんだ!?」


 桂屠は自分がいうべきではないとわかっていながらも責めるように聞いてしまう。妹も同じくして、否応なく戦場に向かった。


「国としての判断です。彼女のように強く、国の中で存在しないものとなっている彼女は非常に使いやすい」


 ああ、そうかもしれない。神室は合理的なのだろう。それが道徳的でないとしても、正しい道を進まなければならない。桂屠より年下の神室の方が割り切って物事を考えている。そして、そんな事を少女に任せている自分の無力さが嫌いだった。


「すまない」


「いえ、大丈夫です。しかし、桂屠さん。ひとつだけ彼女を救う方法があります。シンプルにあなたが彼女を戦場に行かせなければいい」


「わかっ……」


 神室はどこまでも、演じきっている。桂屠は歯噛みしながら了承の返答しようとするが言わせないとばかりに神室の声が間髪入れずに続く。


「ただし、それを知っていたとしても。あなたがいなくなっては永久が悲しみます」


「……それは、わかってる。絶対にやってはいけないことだ」


 核心に刺される言葉に桂屠は声を絞りだす。全て理解しながら、なお送り出さざるを得るなかった神室に対する同情も含まれている。


「では、それを踏まえて今回のターゲットを言いましょう。コードネームは、傷だらけの天使です」


 昨日も聞いたアンドロイドという化け物の名前。


「本当はフロウの追跡を任せたいのですが、情報の一つも回ってきませんから。後で手順は送ります。捕縛目的ではないく破壊なので。さあ桂屠、復讐の機会ですよ」


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