第6話
「さっきの試合を拝見させていただきました。どうでしょうか、切那という少女は?」
神室と一人で対面する事はたびたび会ったが、公の場での面会は初めてである。地上に着いてから黄骸は切那を医務室に運ぶ、と桂屠を残し逃げた。まあ、気持ちが分からないわけではないが上司として良いところを見せて欲しかった。
確かに五人のサングラスを掛けた男性に囲まれている状況は恐ろしいが唯一の救いとして、今日は美式さんは居ないようである。
「秀逸な人材だと思われますが、なにぶん年齢が若すぎるかと思います」
反論を言った途端に桂屠の後頭部にグッと視線が集中するのを感じる。
「そうですか、結構なことです。あなたには正式に依頼が届いていると思いますが切那を同伴させてあげられないでしょうか?」
桂屠の意見を無視して話を続ける。次の国で居ると心強いのは事実だが桂屠は出来る限り危険な目に遭わせたくはなかった。妹のような娘を見るのは忍びない。
目だけで周囲を伺うと、隙のない面持ちで桂屠を睨んでいる黒服たちがいる。なる程、つまりこれは決定事項なのだろう。押し問答をしても仕方がにことを悟る。
「……了解しました、同伴させましょう」
悩み、葛藤した結果、桂屠は譲歩した。下手なことを言ってここで処罰されるのは避けたい。
「ありがとうございます!」
花の咲いたような可愛らしい笑みを浮かべて喜ぶ。桂屠はそんな神室に心中は毒づきながらもニコニコ笑みを崩さない。
「神室様、次の予定が押しております。お早めに切り上げくださいませ」
「あらあら、仕方ないですね。では、詳しいことは後で連絡させていただきますので、よろしくお願いします」
神室の傍に回った一人が伝えると神室は席を立ち手を軽く振る。
桂屠は立ち上がって敬礼をすると全員が出て行くまで見送った。
要件など諸々を終えると帰宅許可がでたので桂屠は早々に帰った。
明日の用意などもあるとの配慮かららしく、雪奈に関しては会社をでる前に確認すると元気そうにベッドの上を飛び回っていた。
時間を確認するとまだ一時を回ったところである。明日の用意があるとはいえ、ゆっくり出来るのはありがたい。
「ただいま」
桂屠が家に入るとキッチンで永久が料理をしていた。
「おかえりなさい。もう少しでお昼の支度が出来るので待っててください。あら、スーツケースが小さくなってますね、どこか欠けました?」
此方を見ながらフライパンで肉を器用に焼いている。
「金棒に傷が入っちまったから置いてきた。そうだ、永久はメールで知ってるとは思うが、明日から転勤だけど用意は大丈夫そうか?」
桂屠は土で汚れてしまった軍服を脱いで洗濯機に放ると普段着に着替える。
「用意は出来てますよ。あら、似合ってますね桂屠さん。はい、お待ちどお様です」
永久が子犬位の大きさのロボットに食事を乗せてまとめて持ってくる。
「ありがとう。永久はそれ以外は全く着ないな」
「このメイド服かなり万能ですからね。汚れも落ちやすいですし、とても丈夫なんです!」
永久はいつも着ているメイド服を語る。料理も大した量はなかったので軽く並べ終える。
「「いただきます」」
二人は対面に座り両手を合わせて食べ始める。
現在の日本では、こうして家で料理する家庭は少ない。昔の喫茶店やファミレスなどに加えて今では夜食屋チェーン店としてなどもあるくらいだ。桂屠もほとんど料理は出来ないが、永久は作れる。
とても有り難く、それだけで嬉しい。
「上手いな、これ」
さらに、料理は永久の得意分野。
「そうでしたか、良かったです。実は新しく更新された情報で不安だったので」
データを参考にしても作れるのはすごいなと桂屠は感心してどんどん食べ進める。
逆に、永久のペースはゆっくりだ。少し前まで自分で飯が食べれなかったため、今でも手元がおぼつかない。
「んんっ。どうしても慣れませんね、食事をするのは」
咳き込んで一度手を置くと、永久は口元の汚れを拭き取り再び食事を再開して桂屠に話しかける。
「ああっ、もう! そういえば桂屠さん、昨夜のことを神室様から映像でワタクシの方に送られましたので拝見したのですが。大変でしたね」
スパゲッティのフォークを落とした永久が膝に手を戻し、話を始める。どうやら飽きたらしい。
「監視カメラか。あんまり面白いものじゃなかっただろう?」
桂屠は話を続けつつも何故神室が全て知っていたのか納得する。
「いいえ、格好良かったですよ。それにその、大変でしたね」
永久が踏み込んで良いものかどうか確かめるようにあやふやな質問をする。
「まあそういわれると恥ずかしいが、変に気を使わないでくれ。妹のことは大丈夫だから」
桂屠はそう口に出しつつも素っ気なくなってしまったなと反省する。気まずくなり、お互いに俯いてしまい、永久の顔を盗み見しようとすると視線が重なって、また俯いてしまう。
「……と、ところで桂屠さん」
気を遣ってくれたのか、永久は言及を止めて話を変える。
「その、人間らしさって何でしょうね?」
「えっと、藪から棒にどうした?」
言ってから直ぐにフロウのことかと合点する。永久は桂屠に出会う前は別の国で孤児だったと、少なくとも神室からはそう聞いている。そのため人間らしさに疑問を抱くのは不思議じゃない。
「そうです。ワタクシには、どういったものか分からないので」
感情がどういったものかも未だによくわかっていませんからね。と永久は付け加える。
「……あんまり考えることもなかったな」
「贅沢ですね」
「確かに贅沢だな。……けど、こうして永久といれるからよかったと思う」
少年期、青年期と身の回りのことで精一杯だった桂屠は人らしく生きるという意識がなかった。実際多くの人間はそうして生きていってるのだろう。
「あ、ああ。そっそうですね。人生においては何をしてきたかのほうが、大切だと推測されます。ワタクシも幸せなのでしょう」
永久が照れたように笑い、お互いにしっくりきた所で桂屠は食事を再開する。永久が今日あった事を話してそれに対して桂屠が相づちを打つという当たり前の光景だった。
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