第5話 最先端の試合


 約体育館規模の訓練所。動く的など、トレーニング用と半分ずつに分けられており、観客席はないが部屋の隅には待機場と休憩所がある。


 しかし、ここは軍の特別訓練所、ほとんどの人間が存在を知らない場所。


 故にこの階にはガラスの向こう側、つまり広い空間の中心には一人の少女と桂屠と黄骸の三人しかいない。そして中の白髪の身長の低い少女は両手に一つずつ、二丁の拳銃を持っている。


(今日の朝、会った女の子じゃないか?)


 桂屠の注意は猫耳のカチューシャに向けられる。恐らく間違いないと、桂屠は確信しつつも疑問が生まれる。どうして、あんな華奢な体格の少女が強いのだろうか。


「あれが、今回の新人だ。よく見ておけ……では、始めっ!」


 黄骸の合図と共に、赤い的は縦横無尽にレールをそって機敏に動き回る。少女は両手をあげ、冗談のようなスピードで撃ち落とす。複数の火薬の音がけたたましく鳴り響く。


 通常、拳銃は肩に大きな負担が掛かるため両手で構えるのが基本である。そのはずなのだが。


 時間にして数十秒、少女は常識外れな速度で計五十枚の的を地に落とした。


 あまりの精度と速度に桂屠は舌を巻く。あれは人間業ではない。


「あれが模擬戦闘世界二位、雪奈 切那(せつな せつな)の実力。実戦はまだ見たことないがあの様子だと、まあヤバそうだな」


 やれやれと首を振り、黄骸は呆れたように物を言う。


「……」


 開いた口が塞がらないとはまさにこの事。桂屠は模擬戦闘をスポーツだと舐めていた節があったが、認識を改めざるを得なかった。 


 少女はつまらなそうに次の訓練へ移行していて量が増えただけの赤い的を撃っている。


「それでどうしますか?」


 心の整理がついた桂屠が薄々何をするか気付いていながら口を開く。


「そうだったな。桂屠……お前はあれと実戦ができるか?」


 確認するかのように黄骸は訊いてくる。


「まあ、やりたいですね。ですが、その前にちょっとタブレットをお借り出来ますかね?」


 桂屠は黄骸からタブレットを受け取ると雑に赤い的を描きガラスの向こう側に向けてみる。


 スパンッ!


 数秒もしない内に豪快な狙撃音が目の前のガラスを叩く。少女は割れてないのを視認し再度銃弾を叩き込んでくる。


「おお、すげえ。ちゃんと周囲確認をしてるのか。……黄骸さんありがとうございます」


 桂屠は少女の注意力に思わず声を漏らす。沸々と闘争心が湧き上がる。


「じゃあ次のセッションでお前が行ってくれ。とにかく、試合だ。健闘を祈る」


「勝てるかどうかはわかりませんけどね。了解です」


 渋い顔をしながらも桂屠は頷きスーツケースのロックを外す。すると全身を飲み込むように黒い鎧が纏っていく。


 桂屠は金棒を持って鬼の面を被ると訓練場に足を踏み入れた。





「おはようさん。雪奈 切那」


 練習用の拳銃を横に置いた少女に向かって桂屠は陽気に手を上げ、挨拶をする。


「おはよう、おにいさん。さっきから、こっちを見てたでしょ?」


 雪奈は突然の来訪者に驚いた様子もなく壁まで走っていき、置いてあった強化外装を着けると隣の試合場へ行き桂屠もそれに習う。


 全身を覆う桂屠の鎧とは違い、雪奈のは手足にのみアーマーを着けるタイプ。客観的に見ると弱点が露呈しているようだが、回避重視という意味では理にかなっている。


 雪奈の装着が完了し、体格に見合わない両に二つの刃のついた小斧を構えているのを桂屠はスクリーンを通して正視する。


「始めっ!」


 再び訓練場内に黄骸の合図がする。桂屠は横にズレて間合いを調整する。


「おりゃー!」


 先に突っ込んだのは雪奈。


 暢気な掛け声からは想像できない速度で両手の小斧が首元に向けて交互に伸びてくる。対する、桂屠はそれを避けるとそれ以降は金棒一本で捌き続ける。


 一方的に潰されている様に感じた桂屠は、人工知能を搭載した義眼による戦闘パターンの解析を行う。圧倒的な力の差があっても桂屠が生きているのは、ひとえに正確な予測のおかげである。


 金棒で弾き、雪奈のガードが外れた隙に体重を乗せた右の上段蹴りを打つ。驚いたような顔をしつつも雪奈はしっかりと捉えており、重心を後ろに下げながら力任せにカウンターの上段蹴りで返す。


 結果、桂屠の蹴りは空を切り、逆に雪奈の蹴りによって右に吹き飛ばされる。


 掠っただけでこの威力かと、あまりの理不尽に桂屠は苦笑。態勢を整え、さらに迫ってくる雪奈に迎撃の為に地面をける。


 雪奈の両手を振り上げる一撃に桂屠は金棒の中心を抑え打ち上げるような態勢で応じ、衝突。


 しかし、力比べでは分が悪いと判断した桂屠はすぐさま金棒を離すと横に避け、金棒を餌食に空振りした無防備な状態の雪奈を掴むと地面に叩きつける。


 追い討ちとして喉仏に手刀を突き落とすが転がって回避され距離を取られる。


 タフネスに自信があっての装備かと桂屠は納得。力量の差をひしひしと感じながらも桂屠は金棒を構え直す。


「まだ終わってない!」


 さっきとは打って変わり、中央で高圧的に雪奈が立ち直っている。この時の桂屠は、パターンの解析を終了した。


 迅速に雪奈は間合いを詰めてくる。導き出されたパターン通りに叩き潰そうと、雪奈が間合いに入るや否や桂屠は金棒を振り上げてしまう、その一瞬の隙。


 至近距離から雪奈は自分の得物である右手の小斧を投げた。桂屠は直接当たらかったものの横を掠めた小斧に注意が削がれてしまう。


 金棒をもう片方の小斧で押さえ込まれ、桂屠の空いた腹にアーマーの着いたミドルキックが炸裂する。


「ぐっ!」


 声に成らない呻き声を上げながら後退する。すかさず追撃してくる雪奈を痛みに耐えながら迎撃。


 傷にはならなかったが腹に重りを入れられているように苦しい。小斧が一本になったことで防ぎやすくなったが、さっきとは全くパターンが違うため再び苦戦を強いられてしまう。何度目かの鍔迫り合いに腰がガクガク震え安定しない。


 圧されながら苦し紛れに桂屠は雪奈の顔を金棒越しに見る。


 すると、ペコッと雪奈の右耳がお辞儀し、空いている右手もパッと開いた。


 悪寒がし、反射的に腰を降ろして強引に小斧を弾く。刹那、桂屠の右耳を宙に浮いた小斧が回転しながら抜けた。


 今の膠着状態では確実に首が飛んでいただろう。雪奈は小斧をキャッチし驚いた表情の桂屠を見て誇らしげにしている。


 舐められているのを感じるが桂屠から攻めることは出来ない。受けるデータしか取れていないため此方から攻めれば間違なく一瞬で決着がつく。


 訓練場内を雪奈が翔け回る。小斧の投擲を自由に使いこなし、桂屠の回りを目まぐるしく動く。


 桂屠は焦る。だが待つ。待ち続ける。飛び交う小斧を避けながら確実に雪奈の入ってくるルートを導き出す。


「はっ!」


 気合いの入った掛け声と共に雪奈は桂屠の死角から首を狙う一閃。それは、最初と同じパターン。


 よって、桂屠は確認せずに半歩引くことで小斧を回避し、振り向きざまに反撃の突きを打ち込む。


 胸に桂屠の突きが刺さった雪奈の身体は宙を浮くと、そのまま倒れ込んで静止する。


「終了!」


 黄骸の声が聞こえ桂屠は装備を外す。金棒には大きな傷が幾つか出来てしまったが幸い鎧と身体は無事だ。金棒だけ別にして小さめのスーツケースの形に戻す。


「お前、大丈夫か?」


 立ち上がれることを確認すると雪奈の傍で腰を降ろす。


「……」


 雪奈は無言でコクコクと横になった態勢で首を振る。桂屠に背中を見せている状態なので表情が見えない。


 どうしたものかと待っていると、訓練場内に黄骸が入ってきて雪奈を抱え上げてくれる。


「二人ともお疲れさん。雪奈は俺が運ぶから桂屠はやすんでいてくれ」


「ねえねえ、おにいさんすっごい強かった。名前、何?」


 黄骸に抱えられながら口を開いた雪奈は、また幼い口調に戻っていた。


「室堂 桂屠だ(むろどう けいと)だ。これからよろしくな」


 辺りに散乱している武器を回収し終わった黄骸に並んで訓練場を出るが運の悪いことにエレベーターが上に行ってしまった。


「一体誰が上げたんだろうな?」


 黄骸が溜め息をつく。桂屠は疲れたのでエレベーター横の椅子に座って待っていると、ようやくエレベーターが上から戻ってくる。


「お久しぶりでございます。特別情報課の方々、ご苦労様です」


 そして、開かれた扉から出て来たのは国家元首、神室 菫だった。


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