第4話 奇妙な少女
「はい、起きてください。もう朝ですよ」
意識が途切れたと同時に永久の声がする。久々の仕事に疲れていたのか桂屠には寝ていたという感覚がしなかった。
気怠さを感じ、桂屠は伸びをしてからで目をこする。
「おはよう。あの後永久は寝れたのか? ちょっと疲れがとれないから、もうちょい寝かして」
「寝れてませんよ。ですがそういう時もあります。正式な仕事ですから遅れると不味いのでこれ以上は寝かせません」
永久は冷たく告げるとスイッチを押し、ベッドを変形させて無理やり桂屠を立たせるとそのまま浴室へ向かわせる。
桂屠は風呂に浸かり、全身を洗って気持ちを締め直すと出勤の準備を急ピッチで終わらせる。
「今日の帰りは何時頃になるでしょうか?」
装着型のスーツケースを持ち、玄関を出ようとしたところで永久に止められる。
「正直わからん。けど、帰宅時に通知が入るだろ?」
「それはそうですけどね。桂屠さんの口から聞きたかったのです」
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「……うん、わかった。じゃあ行ってくる」
永久の可愛らしいウインクに、思わず桂屠は照れてしまう。
「ふふふ、桂屠さん可愛いです。頑張って。いってらっしゃい」
桂屠は背中に彼女の激励を受けくすぐったい気持ちで家を出ることになった。
現代の日本の主な通勤手段はモノレールである。高層ビルが立ち並ぶ中、針に糸を通すような隙間を縫って進んでいくので風景を楽しむ事もない。
そもそも通勤自体がなくなってきていて今回のように朝の時間帯に呼ばれることが珍しくなっている。大体はメッセージなどですませられるため車内はそれなりに空いていた。
桂屠は家から直ぐの新都橋駅でチケットを買い、二人組の指定席に座る。
体勢を倒し、耳の端末を弄り目を瞑る。すると、瞼裏に映像と音楽が流れだす。原理自体は単純で人間の脳波から、元々設定されているものをイメージのような物に起こすことが可能になったそうだ。
今桂屠が聞いている曲は『愛のある電脳世界』という物。作曲者、歌手共にフロウ。
元々、彼女は戦闘目的ではなく娯楽のために作られたものであり何かの参考になるのではないかということで神室にダウンロードさせられたのだった。
素人目ながらの桂屠は良い曲だと思う。聞き触りもよく歌詞も考えられていて、桂屠の瞼裏でクルクル踊っているフロウは確かに美しく、幻想的だ。桂屠は普通に楽しんで聞き入ってしまう。
やがて、音楽が最高潮に達するという所で不意に桂屠の見ている映像がグニャと捻れた。故障では映像自体が消えるため脳波の異常かもしれない。
驚いて目を開き辺りを見渡すと横に幼女が座ってこちらを見ていた。
「おはよう、お兄さん」
何か、したのか? 違和感の正体を探るため、桂屠は少女の動きに注意しつつ観察する。
どこかで見た気がする。色素の抜けたような白い髪の毛にメカニックな猫耳のカチューシャをしている。最近の事も相まって桂屠にはヒューマノイドに見えた。
「お名前はなんていうの? 仕事?」
警戒心丸出しの桂屠とは逆に少女は無邪気に訊ねてくる。
「室堂だ。お前はどうしてこんな時間に電車に乗っているんだ? 通学か?」
少女は手ぶらだが、今の時代タブレットで授業をすませているそうだ。学校に置いているとしたら不自然ではない。
「ここにはね、仕事で来てるの!」
どうみても働ける年ではない。ここまで自信をもって言われると一周回って怪しく見えない気がする。
「何の仕事をしてるんだ? 流石にこんな年の娘を雇うのは人手不足にも程があるだろう」
もう少し詮索してみようと桂屠は踏み入った質問をする。
「ごめんねー、そこまでは言えないんだ! でも、私十六歳ですから、働けますから!」
えへんと無い胸を張り舌っ足らずな口調で話を続ける王道的幼女。年齢に関しては全く見えないのだが桂屠は何も聞かなかったことにして流す。
「ところで、お兄さんはどんな仕事をしてるの?」
「それはーーー」
桂屠が口を開きかけたところで目的の神都駅に着く。
「悪いが目的地なんだ。学校遅れないようにしろよ」
桂屠は立ち上がりスーツケース持って、それだけ言い残すと電車から降りて自動タクシーを拾い職場に向かった。
「おはようございます」
神都中心から少し外れた位置にある高層ビルの一つが桂屠の職場だ。天井の高く横に広い二十畳位の職場に着くと二十人分の席のうち指定された自分の席に座る。周囲には今日もあまり人はいない。既にパソコンで自分の仕事を始めている。
時間は八時五十分。桂屠はこれまで無遅刻無欠勤のため今日も記録を更新している。
スーツケースだけ置きコーヒーを淹れに行くと丁度、黄骸さんと鉢合わせた。
「おはようございます。昨日の今日で大変ですね。コーヒーですか」
「桂屠か、おはよう。エナジードリンクはちょっと効き過ぎるからな、コーヒー位がちょうどいいささ」
深濃いクマが出来てしまっている目を擦りながら乾いた笑みを浮かべる。
「大変ですね。では、僕はこれで」
桂屠は自分のコーヒーを淹れ終え席に戻ろうとすると黄骸に呼び止められる。
「ちょっと待ってくれ。今日の仕事は新人の訓練なんだが、すぐに装備品だけ纏めて地下グランドへのエレベーター前でまっててくれ」
「了解です」
今日は何したらいいか知らなかった、とは口に出さず桂屠はスーツケースを取りに行くために自分の席へ歩いていった。
桂屠が用意を済ませ、エレベーター前まで来ると既に黄骸が待っていた。
扉を開けてキープしてくれていたので急いで乗り込む。
「すみません、止めておいてもらって」
「いや、問題ない。それより、これが何階かわかるか?」
スーッと駆動音が静かに鳴り響くエレベーター内で黄骸は階数を顎で指す。
「……二十三階。まさか、新人って特別情報課に入るのですか?」
二十三階には実践用訓練室があり普段は全く使われていない。この会社内には多く人間が従事しているが、現在特別情報課に在籍しているのは今エレベーター内にいる二人だけ。
「そうだ、とびきり強い新人だ。桂屠でも勝てないかもしれないな」
冗談めかして黄骸は言っているがこの人が他の人を褒めることはめったにないことを考えるとかなり手練れなのだろう。
期待を胸の内で膨らませながら桂屠は疑問を投げる。
「どこから来た人ですか? 海外、ではないですよね。じゃあ自衛隊ですか?」
海外の人間に対してここまで深い国家機密を教えているとは考えにくいので取り消す。
「残念ながら両方外れだな。正解は……見てもらった方が早いだろう」
扉が開く。そこには分厚い強化ガラスで覆われた、広い訓練場があった。
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