第2話 現皇帝王


 最愛の人との連絡が終わった後、思い出したように無人コンビニでワインを一本だけ購入すると、誰に会うこともなく桂屠は一人で自律タクシーを拾い、皇居前まで来ていた。


 今のご時世、一つの巨大なネットワークにより一斉統括されているため事故や渋滞なども起こることはなくなった。代わりに自動車保険という産業が、機械保険などに移り変わっていったというのはよく聞く話である。


 夜中の午前4時に正門から堂々と入るわけにはいかないので桂屠はタクシーを降りてから、徒歩で裏口に回る。


 皇居の真後ろに設置されているマンホールの一つが裏口となっており、他の物と何ら変わらないが教えられた一つだけは水道にではなく唯一の抜け穴となっている。


 闇夜に紛れてマンホールに入っていく様子は端からみると一世代前の怪異のようだ。


 中は綺麗に掃除がなされているため不快感はない。コツコツと響く足音を聞きながら細々とした地下を進む。


 レトロな雰囲気を出したいのか骨董品の都合の良い置き場所なのか、地下通路には何種類ものランプが飾られて爛々と灯っている。


 入り組んだ道を登ったり降りたりして、ようやく部屋を見つけることができた。


「こんばんは、宮内さん。桂屠です」


 殺伐とした閉塞感の漂う無機質な室内には少々古ぼけて見えるエレベーターの扉なみがある。そして、その前には整然と武装した女性、宮内 真奈(みやうち まな)が立ちふさがっていた。


「挨拶はいらん。名前もいらん。本人かどうかを示す情報カードのみでいい」


 宮内さんは憮然とした態度で目も合わせずに言い放つと、情報カードを受け取る手だけ出される。


 宮内氏は神室の第一護衛者で身の回りの世話なども行っている超ハイスペックな人間である。桂屠との血縁関係を見つけてきたのもこの人なのだが、桂屠のことを好んではいない用でなにしろ桂屠自身もこの女性が苦手だったりする。


「はい、これで良いですか?」


 耳からイヤーフォンと呼ばれる情報端末を手に乗せる。娯楽から仕事のメッセージ管理まで行えることができるため、今ではほぼすべての人間が持ち、生活必需品の一つにも数えられる。


 それを、宮内さんは意外にも丁寧に受け取ると手に持った機械で検査をした。


「ふむ、本人だな。持ち物は?」


 返された端末を装着した後、持ってきたものを床に置いていく。


 すっかり丸腰になった桂屠の側にはワインと数種類のナイフ、髪や内股に仕込まれていたピンのような暗器が置かれた。


「毎度のこととは言え、普段からよく持ち歩く。本当に暗殺を計画してそうだ」


「そんなことしませんよ。服も脱ぎますか?」


「いらん。貴様が現れてから神室様に変化が起きていたからな。もし、何かあったなら」


 そこで言葉を切ると同時に桂屠の後ろの壁へ床に置かれていた桂屠のナイフが突き刺さった。


「……な、わかったか?」


 冷酷な言葉に身を震わせ、桂屠が振り向くとナイフの先にはクモが餌食になっていた。クモは何度か痙攣すると力なく四肢の動きを止める。


 流石現役軍人。機敏な動きを見て逆らわないようにしようと桂屠は再び心に留める。


「そうですね。ではそろそろいいですか?」


「ああ、時間が長引くのはこちらとしても本望ではない。一応聞いておくが、そのワインは神室様が所望されたものか?」


 ナイフを戻し、その他諸々を回収していきワインに手を伸ばした所で宮内に先に奪われてしまう。


「そうですよ、毒は入ってません。アルコールに関してはそちらで責任をとってください」


 現在でもこの国では十八歳未満の飲酒は禁止されている。神室は十七歳なので機密事項になっている。慣れておかなければいけないのもまた事実らしいが。


「唯一の息抜きでもあるようなのでな、仕方があるまい。では、最後に忠告しておく、これから会われる人物は国家君主だ、そのことをゆめゆめ忘れなきよう」


 そう言うと宮内は扉をエレベーターの開く。扉が閉まる前にワインを受け取る。


 ガタンという不安になるような音を立ててからエレベーターは静かに上に登っていく。


 扉が開くと同時に目に入ってきたのは銀色を基調とした豪華絢爛な部屋だった。カーテンが閉めきられていて薄暗いため電気を付けて中央のベッドに近づく。


「失礼します。……神室、寝てるのか?」


 布団を捲ろうとすると、白の正装を着たままベッドに潜っていた女性がガバッと起き上がり寝ぼけ眼でこちらを向く。


「ノックしてから入ってください。あっ、桂屠! わざわざ夜遅くに呼び出してすみません、気づいているとは思いますが例の少女の件ですよ」


 神室は桂屠と目を合わせると身体ごとこちらに向けベッドに腰掛けるように座り直す。


「仕事以外でこんな時間に呼び出されたことがないからな。その前に、頼まれてたもの」


 後ろに持っていたワインを見せると、神室は身をのりだして手を伸ばして桂屠の手から奪い取る。


「はぁはぁ……ありがとうございます! あれ、これはワインですか? 日本酒が良かったです! まったくもう!」


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「じゃあ要らないのか? 家で飲むから別にいいけど」


 取り上げようとした桂屠から陳列棚に逃げると二人分のコップを用意してくれたのでスーツケースを置き、対面のソファーに座った。


 神室が慣れた手つきで栓を抜くとポンっと気持ちのよい音がする。国家君主様にお酌をされてしまい桂屠は殺されそうな危機感を覚える。


「乾杯しましょう!」


 神室が少量の深い色の赤ワインを掲げ、薄いグラスを近づけてくる。割らないようにそっと当てるとチリンと心地よい音が鳴った。


 桂屠が一口で飲み干してしまったのに対して神室はちびちびと舐めるように飲む。彼女程の高貴な身分になると栄養を隈無く管理されているため、量を飲むことはできない。


「皇帝王様のくせに貧乏性ですね」


 茶化すような言い様に神室はムキになって怒る。


「いいじゃないですか! もったいなく感じるということを忘れない君主といってください」


 見かけによらない子供っぽい仕草に愛着を覚えるものをいるだろう。


 しかし、これは神室にとって唯一の息抜き、故の態度なのであり、他国との面会の時の様子から冷酷なイメージを持っている者が大半である。


 加えて、桂屠が唯一の親族だから言うこともある。彼女は桂屠に対しては心を開いているがそれを理解していながら自分と一定の距離を置かなければならない。依存のような状態になると後々困るのは神室なのだ。


「どうです? 最近、永久は元気してますか?」


 神室は一旦気が済んだのか中身の少ないグラスを置いて、尋ねてくる。


「ああ、仲良くやれてるよ。けど、ちょっと頑張りすぎな気もするな夜中ずっと動き回ってがんばってるみたいだから」


「そうですか。まあ、彼女が楽しそうにやっているのならば、それはそれでいいのです。頑張るのは程々にと伝えてください」


「永久には本当に感謝をしている、勿論おまえにもな」


 自分は永久に依存してるな、と桂屠は悟る。永久に幸せになってほしいと思うと同時に自分の側にいてほしいとも思うのだ。


「そう言われるとこっちもくっつけた甲斐があるというものです」


 神室はカラカラと笑う、愉しげな雰囲気。ただ、桂屠は呑まれる前にこの空気から離れようとした。


「さて、呼び出された理由はなんだ?」


「はあ、もう仲むつまじい会談はもう終わりですか。……では、理由についてですが大方予想がついているのではないでしょうか?」


 寂しそうな表情を見せたが、神室はすぐに仕事モードに切り替える。


「何でそう思うんだ?」


 ここからは腹の探り合い、親族とは言え桂屠にも神室と同様に知られたくないことはある。


「ふむ、そうですね。まず、作戦が伝達されてから発見報告が一つも届いてません。それに、そもそも桂屠の向かった場所が常識的に考えて一番可能性が高かったはずですから。あなたが逃がしたと考えるのは当然でしょう?」


 そう思っていたが、こちらを問い詰めるように矢継ぎ早に繰り出される言葉に桂屠は観念した表情をする。


「ああ、そうだ。彼女が逃亡者だということはわかっていた」


「じゃあ何故、逃がしたのですか?」


 神室が怪訝な顔で訪ねる。


「……彼女は、救済すると言っていた。その目的が実行されるかは解らないが、俺は、その望みを潰したくなかった。もし、不味い事になったら責任をとろう」


「よく私の前で責任を取るといえますね。本来なら国家転覆罪で死刑まで持って行きますが今回はいいでしょう、認めてあげます。そもそも、桂屠にそんなことで死んでもらっては私も困りますからね。……ちなみに何故、そんな年端もいかないような女の子が救済などと言えるかわかりますか?」


 桂屠はハッと気づき目を見開く。少女が世界を救うと言う違和感。しかし、あの緊迫した局面でそこまで頭が回らず気付かなかった。


 神室は足を組み、続ける。


「気付いていなかったのですか。全く、どうしようもないですね。解答からいった方が理解はしやすいでしょう。……あれは俗にヒューノマイドといわれるものです」


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