第159話:死地へ向かう

桐谷目線___


 ボロボロの奇龍君がうちに来て一週間が経った。世間は3月の卒業シーズンの話で持ちきりだが、緊急事態のため大和では高等部の卒業式は見送られ、軍と黒軍系列に進学する戦闘学科の学生は戦闘を繰り返していた。戦火は全国に広がりつつあったが、戦況は変わらないまま、白軍も黒軍も大きな被害を出しているだけだった。赤軍はゲリラ戦で関連施設を攻撃し、内部撹乱を工作し、戦況の泥沼化は誰も止められなかった。中等部の3年生と戦場に出ている今、実質三者の総力戦と言って過言ではないだろう。


 奇龍君はそんな状況とは知らない。とにかく彼は何も発しなかった。だけど食べて寝てくれるなら今はそれ以上望まない。昼間妻の手伝いをしてくれているらしい。妻は


「やっぱり気の利く男の子って良いわね!」と言い、安曇に思い切り嫌な顔をされていた。


「安曇。」


「父さん何?」


「奇龍君のこと、受験生なのにごめんな。」


「いいよ。俺も覚悟みたいなの決まったし。」


「覚悟?」


「俺大和行くこと決めた時に覚悟したはずだったけど、生きていても死んでも苦しい事ってあると学んだよ。奇龍さんは今きっと死ぬより苦しい所にいるんだろ?」


「お前は賢いな。PTSDといってああやって軍ではトラウマを抱える人は多い。」


「いざ目の前にするとさ、俺、少し怖かった。でも俺はそれでも大和に進むよ。」


「そうか。」


「父さんは俺が大和進学辞めると思った?」


「少しな。」


「俺をあんまり見くびらないでよ。それに奇龍さんからいろいろな話を聞いたし。」


「どんな?」


「それは男同士の秘密だから…。」


 息子は嬉しそうな表情を浮かべていた。何を話したのだろう。少し寂しい。




 4人で食事をしていると携帯に着信が入る。


「もしもし。中等部桐谷です。」


「桐谷か。民間人もいる病院が襲撃を受けた。」


「病院が襲撃…?」


「病院…。」


「場所は?」


「都立八咫烏総合病院。」


「八咫烏…!」


 蒼桜君と百鬼君が入院している病院だ。戦況の悪化とけが人増加により軍直属の病院は収容できなくなり、一般の病院にも学生を搬入した。それを狙ったのか?だが都立病院は一般患者も多く居るし、警備に人は割いてないはずだ。


「とりあえず人員が足りない。一般人救護と避難誘導のため現地に来てくれ。」


「分かった。」


 電話を切り


「避難誘導をしに八咫烏病院に行ってくる。ごちそうさま。」


「気をつけてね。」


「お父さん行ってらっしゃい!」


「父さん、行ってらっしゃい。」


「あの…!」


「奇龍君?」


「俺も行きます。」


「無理しなくていい。君は今は行くべきではない。」今行けば死に急ぐかもしれない。


「いえ、八咫烏病院は蒼桜先輩と雨梨がいる。俺は行かなくてはいけないんです。」


「だけど…。」


「奇龍さん。行くなら制服要りますよね?」


 安曇…?安曇は二階の自分の部屋から4月から自分が着る大和の制服を持ってきた。


「安曇。」


「俺まだこれ試着しかしてないんで、綺麗なまま返しに来てください。」


「…死ぬなってこと?」


「死ぬとかってより、怪我もしないで下さい。俺の制服なんで。」


「安曇ありがとう。」


「分かった、奇龍君行こう。」


「はい。」

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