第143話:ごめんなさい

凛音目線___

「とりあえず着替えよう。」

「はい!」

 血みどろの状態で家に帰るとみんなリビングにいた。

「お父さんごめん、シャワー借りる。」

「分かった。怪我は?」

「ないと思う。着替えたら私も馬見に行くね。」

「分かった。自由に使っていいからな。じゃあ見てくる。」馬は今落ち着かないだろう。早く手伝いに行かないと。

「お姉ちゃん…。」

「優和大丈夫だよ。怪我してないから。」

 泣きそうな顔をして近づいてきた優和の目線に合わせてしゃがみ、なるべく安心させるように言う。あまり返り血は子供の見ていいものではない。

「子供には刺激的すぎるので見せない方が…。」と蒼桜にいが上手くお義母さんに伝えてくれた。

「優和!部屋にいなさい!」

「う、うん…。」

 階段を上がっていった。良かった。

「二人ともそっちは?」

「被害なしです。」

「良かった。」

 そんな話をしていると、ベビーベッドに佑を寝かせたお義母さんが近づいてくる。

「何かあっ――」

 左ほほと首に痛みが走る。そして驚いた体は膝の力が抜けかける。すぐさま羅希先輩が両肩を自分の方へ寄せ間合いをとらせる。

「落ち着いて!!」奇龍先輩が2発目を繰り出そうとしたお義母さんを止めているのが視界に入った。

 羅希先輩は隣で「凛音大丈夫?かなり重そうだったけと首やってない?」と声をかけてくれた。

「だい…じょうぶです。」でも顔をお義母さんに向けられない。見なくてもどんな顔をしてるか分かるから。逆らっても逆らいきれないから。

「凛音。」顔を蒼桜にぃが覗き込んできたけど、私今どんな顔してるのかな。分からないや。蒼桜にぃの心配そうな目を見るのは辛くて、つい目線を逸らしてしまった。お義母さん、本当にごめんなさい。ごめんなさい。私…家族を危険に晒して…ごめんなさい。いつもごめんなさい…。私本当にできない子でごめんなさい。体の力が抜けそうになるのを、羅希先輩が力強く抱きしめ崩れ落ちないようにしてくれる。その力も今は自分の無力さを表しているようで辛い。赤ちゃんの聞いたこと無いような激しい泣き声が脳内に響く。まるで私を責めているようで吐き気が込み上げてくる。

「なんでお母さんは“いつも”お姉ちゃんを殴るの!?お姉ちゃんが遠くに行っちゃう前も殴ってた!」

「優和…?」

 いつの間にか2階から降りてきた弟はお義母さんと私の間に私を庇うように入り、背中は軽く震えていて、声はそれ以上に湿っぽく震えていた。

「優和!何を言うの!放して!!!」奇龍先輩が念の為強く羽交い締めにした。

「優和。」

 優和の背中に声をかけると、

「お姉ちゃんは…お姉ちゃんは!病気でもいつも家の手伝いしてた!勉強もしてた!遠くに行っちゃってからも頑張ってるよ!」と震える声が答えてくれた。

「優和…。」お義母さんは悲しそうに優和を見ている。

「お姉ちゃんとお風呂入ったら身体中怪我した痕あったよ!お姉ちゃん病気だけど頑張ってる!なのになんで怒るの?」

「優和、もういいよ。」お義母さんが傷ついているのが手に取るように分かる。優和ごめんね。私が上手く立ち回れないのがいけないの。

「いやだ!お母さんなんでお姉ちゃんのこと嫌いなの!?」

「それは…。」

「嫌いだからいつも殴るんでしょ!?お姉ちゃんが可哀想だよ!」涙声で叫ぶように言う弟を見ていられなかった。

「優和、お姉ちゃんは大丈夫だから―――」

「それはどういうことだ?」

「お父さん…。」従業員さんに指示を出して一度戻ってきた父親の顔を見ると、余計にどんな顔をすればいいのか分からない。何年も何年も隠してきたのに。

「凛音大丈夫か?」

「大丈夫。」私の顔を見たお父さんは悲しみと怒りを混ぜたような顔をしていた。見たことも無い怖い顔をしていた。お父さんごめんなさい。私…新しいお母さんと上手く出来てなくてごめんなさい。お姉ちゃんなのに弟を泣かしてごめんなさい。ごめんなさい。

「どうして…凛音のこと自分の子供のように可愛がっていたから結婚してくれたんじゃないのか?」

「最初は可愛かったわよ。私のこと受け入れてくれたし、全く話が通じない子でも無かったし。でも優和を生んでその子は高学年になって、前の奥さんに似るのが本当にいやで。目を見る度に本当の親ではないって言われてる気がしたのよ!邪魔でしょうがなかったの!!!」

「凛音。聞かなくていい。」とすぐ様ふらっときそうだった私の耳を蒼桜にいが塞ぐ。

「陰気で笑わなくなって、中学で病気になって倒れたりするし…。本当になんでこんなに頑張ってもどうにもならないのよ!頑張ってもその子が倒れるなら私が悪いみたいじゃない!だから邪魔なのよ!」

 蒼桜にいが塞いでいてもお義母さんの言葉は私へダイレクトに刺さり、えぐって行く。やっぱり私邪魔だったよね。ごめんね、生きてて。ごめんなさい。早く消えたい。

 その記憶で一旦記憶が途切れた。


「凛音…?」

「蒼桜…にい…?」

「良かった。」

 体の力が抜けて蒼桜にいに抱えられた状態のままになっているみたいだ。うとうとしては目を開けると蒼桜にいがいた。

「蒼桜にい…シャワー浴びて…いいよ。」

「今羅希が浴びてるから次行くね。」

 撫でてくれる手は血の匂いがして、不思議だった。なんで蒼桜にいがそんなに泣きそうな顔をしているの?

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