【検分】
「しかし、まあ……どこをどれだけさまよい歩けば、これだけくたびれられるんだか」
部屋の主である『淫魔』は、自分のお気に入りの天蓋付きベッドに歩み寄る。寝具のうえに仰向けで寝ころんだ青年は、微動だにしない。
「……じゅるり」
『淫魔』は、思わず舌なめずりをする。その口角が吊りあがり、顔には淫靡な笑みが浮かびあがる。
一見すると死にかけの青年の内側には、驚くほど濃密な生命エネルギー──『導子力』と呼ばれることもある──が内在している。
『淫魔』には、それを直感的に理解できる。
「さあて、と。どうしたものなのだわ」
ルージュを塗った肉厚の唇のしたに指をあて、『淫魔』は思案する素振りを見せる。
「私、行為に及ぶときは、いちおう、相手の同意をとる主義なんだけど」
深い呼吸をくりかえし、胸板を上下させる青年が、目を覚ます気配はない。
「でも、薄汚れた男を愛でる趣味もないのだわ」
くたびれきった青年を見るだに、入浴をしたのがどれほど前なのか想像するのも難しい。まずは、この男の身体を洗ってやるのが、優先事項のようにも思われる。
「うぅ……とはいえ、さっきセフィロトエージェントとやりあったから、私もお腹がすいたのだわ」
『淫魔』は、リボン付きの装束のうえから下腹部に手を当てる。まぶたを閉じて、しばしのあいだ、沈思黙考する。
「決めた。あれこれするまえに、まずはつまみ食いだわ」
目を開いた『淫魔』は、にたりと笑う。
前かがみになり、フリルで装飾されたスカートのなかに両手をつっこむと、白く細い指を自分のショーツにひっかける。
衣ずれの音が響き、『淫魔』の太ももをすべって、スミレ色のショーツがスカートのなかから脱ぎ捨てられる。『淫魔』は、下着を無造作に床へと放り投げる。
「おとなりに失礼……と言っても、家主は私だけれども」
『淫魔』は、スプリングに両ひざを沈ませながら、寝台のうえに登る。キングサイズのベッドは、二人はおろか、三人以上で乗っても、なお余裕がある。
真珠のような肌の手のひらが、青年の股間をなでまわす。ビクン、と震える生命力を感じて、『淫魔』は満足げに目を細める。
『淫魔』は、手の腹で青年の股ぐらを弄びながら、ひざ立ちでその身にまたがる。
「ぬふふふ。それじゃあ……いただきまぁす」
わざとらしい、甘ったるい声音でささやきながら、『淫魔』ははやる心を抑えつつ、ゆっくりと腰を降ろしていく。
「う……ッ!?」
『淫魔』の動きが静止する。眼下の青年の瞳が、いつの間にか見開かれ、自分にまたがる女を見据えている。
青年の視線に射抜かれ、『淫魔』の背筋に冷や汗が伝う。金縛りにでもかかったかのように、身体の動きが硬直する。
まるで吸いこまれそうな青年の瞳は、星のない夜空のような、わずかに蒼みがかった漆黒の色をしていた。
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