第37話 山断ちと炎災

 ――side帝国軍右翼――


 右翼に移動したのは背中に大剣を背負い、腕や胸などの体の一部に鎧を着けた体格の良い男と、紫を基調としたローブを纏い、とんがり帽を付けて杖を持ったいかにも魔法使いというような女性の二人。

 二人は、進軍してくる帝国軍を遠目に見ながら並んで立った。


「そろそろ行くとしますか~」


「ええ」


「俺から行ってもいいか?」


「良いわよ。

 ただ、合図したら戻ってきなさい。

 魔法に巻き込んでしまうから」


「了解!」


 心地いい返事を返すと男は背中から大剣を引き抜く。

 引き抜かれた大剣は朱色の輝きを放っている。

 男は大剣を持ち直すと、一気に帝国軍の方へと走り出した。


 一方の帝国軍側。

 左翼と同じく、動きを確認していたがやはり指揮官の考えは一人ぐらいなら数の力でいける、問題ないというもので兵士を突撃させた。

 両者、前進して間の距離が縮まっていく。

 そして、二十メートル程と相手の顔が見えるような距離になった瞬間。


「山断ち、解放!」


 男の声が戦場に響いた。

 同時に、男の手に持っていた大剣の刃全体から光が湧き出して刃に絡みついていく。

 光は留まるところを知らず、どんどんと湧き出しては大剣の刃を太く、大きく、長く形成していく。

 そして、大剣の長さが百メートルはあろうかと言うサイズになった時に光がピタッと止まるとともに、刃に絡みついていた光も散っていった。

 百メートルほどもある赤い大剣は誰が見ても唯の人が持てるようなものではないと思うだろう、

 だが、男は違った。

 立ち止まった男は悠々と大剣を右から左に横に一振り。

 帝国軍の先頭を走っていた剣の間合いに居た兵士全てが例外なくその刃に当たり引き飛ばされていった。

 ただ、不殺の指示が出ているため剣の腹を使った峰打ち。

 死亡は無いとは言えかなりの人数が一気に怪我を負ったことだろう。

 それを見た後続の兵士たちは怖気づき、指揮官の命令に反して各々の意志で突撃を中止した。


 大剣を持った男、本名をオルテッド・フレイと言いオルトと名付けられた。

 第三世界線の中層世界の一つ“アビス・ロジー”で名を馳せた探検家である。

“アビス・ロジー”は魔法が遺失したものとなり、遺跡に眠った過去の魔道具を探す探検家という職業が脚光を浴びていた。

 探検家たちは武器や知識、自身が発見した魔道具を駆使して遺跡に潜り魔物や古代文明の兵器を相手取って探索をおこなう。

 そんな世界で最高ランクと称される魔道具の武器を発見しその力によって英雄と呼ばれた男こそがオルテッド・フレイだ。

 オルテッドが発見したのは赤い大剣の形をした魔道具。

 銘を山断ちと言う。

 その大剣は二メートル程の刀身があり身長よりも長い代物。

 さらに、『解放』というワードと共に力が解放されて刀身より魔力で出来た刃が伸びるようになっている。

 その大剣を使って多数の死線を抜け、多数の鉱石を挙げたオルテッド自身も二つ名として【山断ち】と呼ばれた。

 そのような経緯があり、精霊オルトに付与された神権は《山断ち》。

 大剣を始めとした大立ち回り大技を使った戦闘に向いた戦闘スキル、探検家に必要な探索能力に関連するスキルが付与される。


 オルトの一撃を受けた後の帝国軍の進軍は恐怖と混乱によって停止していた。

 右翼側の帝国の指揮官は、まだ隊列は崩れていないため次の策を考えるが、状況は刻一刻と変化している。

 直後、空中に女が現れたのだ。

 次の策が決まらぬまま帝国軍右翼はさらなる事態に巻き込まれる。


 空から降りて来る真紅のカーテン……いや、降り注ぐ炎の幕。

 帝国軍の先頭から順に炎の幕が兵士たちを飲み込んでいく。

 パニックは深刻化し、前線の兵士から脇目もふらずに兵士たちは四方八方に散り散りになっていく。

 が、逃げ出した兵士たちは至る所で何かにぶつかって転倒し、炎の幕に包まれていった。


 逃げ遅れた兵士たちも周囲のその事態を確認して絶望に陥り、右翼においても阿鼻叫喚が巻き起こるが、最終的には無慈悲にも帝国軍右翼のすべての兵士を炎の幕は取り込んでしまった。


 しばらくして、炎の幕が消え去った戦場では全ての兵士たちが気絶して倒れ伏していた。


「おい、誰も残っていないじゃないか!」


「そうみたいね。

 これくらいなら耐える人もいると思ったのだけど」


「……まあ、やっちまったもんはしょうがねえ。

 指揮官の首、持って戻るぞ」


「じゃあ、首取りは譲るわ」


 そう言うと魔法使いの女性は今まで張っていた透明の壁である『死せるもの無き決闘領域』を解除すると地面へと降り立った。

 彼女の名はフィーアルタン・バーンテイル・フロワ、精霊フィアである。

 第三世界線の上層世界“マルトヒュード”で六大魔女と呼ばれる最高位の魔法使いの内の一人【炎災の魔女】として敬われていた。

 <日輪魔法>を得意としており、超広範囲高威力の魔法を特に用いており魔法を使った後に残されるのは災害が起こったあとのような被害。

 そのため、使う魔法と合わせて【炎災】と呼ばれるようになったという。

 神権は《炎災》で火属性系の魔法の強化や補助、自身の魔法に対する耐性を受ける純魔法使いともいえる能力だ。


 指揮官らしき人を発見したオルトは既に元のサイズに戻った山断ちを振り下ろして首を落とすと、それを拾い上げてフィアに合流。

 そして、凪のいる中央に二人で帰還した。

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