第35話 死者の書
話は僕が召喚される三か月前のこと。
その日は数日前に華奈と結婚し、僕の仕事を手伝うためにと気の合った真美さんと一緒に華奈は魔法や武術の特訓をおこなっている。
なので、華奈のことは真美さんにお願いして僕は前々から考えていたことを実行するために第零世界線に来た。
とりあえず、ここの主であるシシルさんに挨拶だ。
第零の“花園”は夜闇に包まれ、柔らかい月明かりのみ大地を照らす。
ここに居るだけでなんとなく心が落ち着いてくる。
辺り一面には白い花が咲き、荘厳な黒い城が月明かりに照らされてそびえ立っていた。
「お久しぶりです、シシルさん」
「久しぶりだな、凪」
「ちょっと試してみたい魔法がありまして。
書庫の本をいくつか貸していただきたいと思いまして」
「ほぅ?
どんな魔法なんだ」
「あ、はい。
どんなものかと言いますと……」
僕は思いついた魔法をシシルさんに説明していく。
シシルさんは時々驚いた顔をしながら相づちを打ち最後まで僕の説明を聞き届ける。
「中々面白そうな魔法じゃないか。
今まで無かった発想だな」
シシルさんの評価はそうだった。
その説明で書庫に入る許可ももらえたのだ。
「この先だ」
シシルさんは両開きのドアに手を当ててそう言った。
ドアの高さは二十メートルほどあり、一面に大量の彫刻が刻まれている。
シシルさんが少し力を入れると手を触れていた場所から彫刻の彫りに沿うように光が走っていって、全体に広がる。
全体に光が行き届いて淡い光を放った瞬間、シシルさんが下がり独りでにドアがゆっくりと開き始めた。
ドアは数十秒かかって完全に開くと放っていった光がフッと消え去る。
そして、僕はシシルさんの横に並んで書庫に足を踏み入れた。
「第零世界線、二つの世界の内の一つ。
“忘却の図書館”へ、ようこそ」
足を踏み入れた瞬間、シシルさんは僕の前に立ってそう言った。
見渡す限り続く書架。
奥の方は白んでおり、果ては見えない。
見上げる天井はかなり遠くにある。
今入って来たドアが小さく見えるほど天井は高く最低でも百メートルはある。
左右の広さも奥行き同じく果ては見えない。
書架の中に所蔵される本の装丁はすべて同じものであるが、厚さはそれぞれ違い薄いものもあれば辞書の数倍もあろうかと言うものもある。
「予想以上の広さです」
「ここには全世界線、全世界の魂にあった記憶。
死者の魂が転生する際に消去された記憶が本の形を取りすべて存在しているからな」
ここにある本は全てどこかの世界で死んだ人の記憶が形となったものだ。
意思を持った生物はそれぞれ一つの魂を持ち、生きている間の記憶の全てがそこに蓄積されるのだ。
魂は体から離れるとゆっくりと時間を掛けながらそのすべてが第零世界線にあるもう一つの世界である“永代輪廻の狭間”に集結する。
すべての魂はその世界に到達すると宿った記憶は消去されて新たな生命としてどこかの世界で新たな肉体に宿り生れ落ちる。
これが輪廻転生の流れ。
その際に消された記憶は死者の書と言う形をとると、ここの書架に収蔵される。
ついでにいい機会なので転生に関しても少し。
記憶を持った転生は神が“永代輪廻の狭間”に到着する前の魂を引っ張ってきたために生まれる現象である。
また極まれに、転生魔法を使用した場合や何らかの要因によって“永代輪廻の狭間”に着く前に新たな体に宿ってしまった場合、消したはずの記憶を何らかの要因により思い出した可能性なんかもある。
「それじゃあ、凪。
私は上の執務室に居るから、目当てが見つかったら来てくれ」
「はい、分かりました。」
「第三世界線は六百五一万番書架から五千七百九十万番書架までだ」
そう残してシシルさんは書庫から出ていった。
僕はシシルさんに聞いた通りの書架の場所まで魔法で飛んで移動してお目当ての本を探し始めた。
書架の中は世界ごとにそれぞれの言語の名前の文字列順に収蔵されているが同姓同名ももちろん存在する訳で中身も確認しながら目的の五十冊を探し出す。
広大な面積があるため、移動用の魔法に探索系の魔法をフル活用してすべてを探し当てていく。
目的の五十冊すべてを発見し回収したのは十時間後のことだ。
その後、言われたとおりにシシルさんの執務室に向かった。
「シシルさん、終わりました」
「ああ、けっこう早かったな。
済まないが抜いた本の名前だけ書いておいてくれるか」
「分かりました」
手渡されたノートに一つ一つ名前を書き込んでいく。
サラサラと五十人分の名前を記載していくが、名前の長さ、言語はまちまち。
けっこうな時間が掛かったので手も軽く痛くなってしまった。
その後、自分の“花園”に帰還した。
訓練所に寄って華奈の進展を見て見れば魔法を使えるようになったようで少し見せてもらえた。
僕は館のエントランスの床に準備してあった魔法陣を広げる。
そして、借りてきた本を取り出して準備をおこなう。
内一冊を魔法陣の中心に置いて僕自身は魔法陣の外に立つ。
「『核に記憶。
枠に精霊。
今再びの英知をここに。
記憶再現』」
魔法の発動と共に魔法陣全体に光が走り、合わせて中央にあった本に光が集まる。
光を蓄えた本はふわっと浮き上がった。
そうして、三十秒ほど本は光を蓄え続け一度大きく光を放つ。
それを機に光は人の輪郭を形取り、そうして輪郭に色彩が生まれる。
中から現れたのは金髪の男性だった。
「精霊アーサー。
ここに再臨しました」
『記憶再現』は死者の書を核としてその書の人物の概念を持った精霊を生み出す魔法。
精霊とは意思を持った魔力の塊である。
精霊は下位存在である妖精が手の平に乗るようなサイズから大量の魔力を蓄えて成長して人と遜色ない大きさになった上位存在である。
核に死者の書を据えて魔力をそこに固定さて精霊を作成。
核となった人物の概念を持った精霊は、その人物の力を持ちながらそこからさらに成長の可能性を持つ。
ただ、ここで形成された精霊は別人格である。
先ほど形成された精霊アーサーも名前の通りの人物、ブリテンの王、アーサーの書から形成された精霊。
「名を与える。
精霊アーサー、改め精霊アルト。
以後、よろしく頼む」
さすがに別人格なので別の名前を与える。
その後、また別の書を魔法陣の中心に置くと再び魔法を発動させて別の精霊を生み出す。
それをひたすら繰り返して持ってきた本、五十冊すべてを精霊化させた。
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