第28話 フィル公爵邸

 ギルドにて依頼完了の報告をした後に僕たちは領主の館へ向かう。

 一応、リリィが国外に出るということで報告のためだ。


 ギルドを出てから橋を二回渡って大きな門の前に辿り着く。

 門前には二人の騎士が、そして門の内側で見えやすいようになっている詰め所にもう数名の騎士たちがいた。

 その中で、門前に立つ騎士の一人にリリィは身分証明用の金色の王家メダルを提示すると公爵に連絡を頼んだ。

 王家メダルは僕が持っている第二王女のメダルとは別物。

 所有者固定が付与されており、王家の人間の身分証明として扱われる。

 第二王女のメダルは表が騎士団【蒼】の紋章で裏はリリィが自分で考えた自分専用の紋章。

 ちなみに今現在、裏面を僕の紋章に変えるために新しいメダルを製造中だ。


 話を確認しに向かった騎士が小走りで戻ってくる。


「お待たせいたしました、リリィ王女殿下と護衛のお二方。

 フィル公爵閣下より許可が出ましたのでお入りください。

 館の入り口で案内の者が居りますのでそちらの案内にお従いください」


 僕と華奈は顔を見合わせた。

 僕と華奈の二人はリリィの護衛と思われているようだ。

 まあ、確かに身なりからすればそう間違えても仕方ないとも思う。

 なので、その設定に華奈と一緒に合わせてみることにする。


「それではリリィ殿下。

 行きましょう」


「ええ、どうぞお進みください」


「え……あの?」


 僕と華奈が護衛のように振る舞ってリリィを軽く押しながら門を抜けた。

 それについていけていないリリィはおどおどしながら僕の後ろを付いてくる。

 そんなリリィをそのままにして門から続く石畳の道を館の方に向かって歩く。


「えっと、ナギ様、それに華奈ちゃんもどうしたんですか?

 なんだかよそよそしいみたいな……」


「フフッ……。

 フフフフッ」


 そんな言葉を聞いて華奈が堪えきれずにそう口から笑い声を漏らす。

 まあ、ここまでにしようかと思った僕はネタバラシをする。


「いや、騎士の人が護衛と間違えてたからそれに合わせてみたんだよ。

 おどおどしてるリリィ、可愛かったよ」


「うん、私もそう思うよ」


「もうっ、お二人ったら!」


 そう言ってリリィは顔を軽く赤く染めて両手でポカポカという効果音が付くかのように僕と華奈を交互に叩く。

 ただ、そこにあったのは怒りと言うよりも照れ隠しで威力は一切ない。

 それから少したって気が済んだリリィは叩くのをやめた。


「からかった罰です!」


 そう宣言した後、僕と華奈の間に割り込むと僕と華奈の手を片手ずつギュッと握った。


「二人とも、さっきみたいな他人行儀な態度はもうしないでくださいね。

 少しだけ……少しだけ置いていかれるかもしれないと思ってしまいました」


 僕たちのことを見上げたリリィがそう言った。

 後半はどんどん声が小さく弱弱しくなっていき、予想以上に心に刺さってしまったようだ。

 ちょっと罪悪感を感じた僕はリリィにぶつかるほど寄り添うと握っていた手に力を入れる。


 それに気づいたリリィは僕の言いたいことに気づいたのか一度こちらを見上げてから上機嫌に鼻歌を歌いながら歩き始める。

 そうして、僕たちは手を握ったまま館まで歩くのだった。


 入り口の大きなドアの外で一人のメイドが立って待っていた。

 彼女は僕たちが目の前にたどり着くのを見計らって頭を下げる。


「ようこそ、リリィ殿下。

 公爵閣下の執務室まで案内いたします」


 僕たちはそれに軽く礼を返してから彼女によって開けられたドアの中に入り、案内に従って館の中を移動した。

 階段を三層昇って案内されたのは公爵の執務室。


 コンコン


「ご主人様。

 リリィ殿下をお連れしました」


「入れてくれ」


 メイドはドアを開けるとドアの傍にひかえた。

 僕たちはリリィを先頭にして執務室へと入る。

 中で立って待っていたのは白髪に染まった五十代ぐらいの長身の男性だ。

 男性はこちらに向かって頭を下げた。


「お呼び建てして申し訳ございません。

 お久しぶりです、リリィ王女殿下。

 殿下の来訪を歓迎いたします。

 とりあえず、ソファーにお座りください」


 リリィは一人だけ前に出て促されるままにソファーに座った。

 僕はリリィが王女として振舞っているのはあまり見たことがなかったのでけっこう新鮮に感じる。

 華奈も同じことを思っているのか僕の横に立って先にソファーに座ろうとしているリリィのことを見ていた。


「どうしたんですか? 

 ナギ様、華奈ちゃんもこっちに来て座ってください」


 リリィは頭に? を浮かべながらもこちらに振り返ってそう言った。

 僕と華奈は我に返るとソファーの方に向かった。

 僕は先にソファーの真ん中に座っていたリリィの左に座ろうとしたが、ずいずいと横にずれると真ん中を開ける。

 さらに後ろからは華奈に押されてそのまま僕は真ん中に座ることになってしまった。

 まったく面識のない公爵が正面に座っていて、なんとなく気まずい。

 公爵は僕たちを一瞥した後にリリィの方に向いて話を始めた。


「リリィ殿下本日は何の御用でしょうか?」


「今日は、お忍びですが一応王国を出て帝国に向かうのでご挨拶をと。

 できればこの後お父様に公爵の方からも連絡を入れていただければと思います」


「そうですか、出国とご連絡の件どちらも承りました。

 ちなみに、どのような要件での出国かお伺いしてもよろしいでしょうか。

 後、お隣にいるお二方についてもよろしいですか」


「あ、そうでした。

 どちらもお教えしますが先にこの二人から」


 そう言いながらリリィは嬉しそうに僕の腕に抱き着いてきた。

 リリィは満面の笑顔を浮かべつつも少し頬を赤らめて僕たちの紹介を始める。


「この方は私の旦那様になったナギ様です。

 王都の英雄様、【黄昏の焔】と言えば伝わるでしょうか。

 そして、その奥がナギ様の奥さんの華奈さんです。

 お父様にも公認を受けています。

 今回の出国の目的は魔王の調査のためです。

 あ、結婚の発表は討伐後の予定なので内密にお願いします」


「おお、殿下の!

 それはそれはご結婚、おめでとうございます。

 合わせて出国の件も承りました」


 公爵は僕たちに祝福の声を掛けてくれた。

 そのタイミングでメイドがお茶を運んできてくれたのでそれが並べられる間に少し間が開いた。


「殿下、本日はお泊りになっていかれますか?

 宜しければ準備いたしますが」


 リリィに向けておこなわれる提案。

 ただ、リリィは返答はせずに僕の方を向いて目があった。

 僕はリリィが判断を委ねてくれていることを察し少し考える。

 今回はお忍びだが、公爵に挨拶をした。

 領主の館なので機密性もあるだろう。

 ピザン伯爵の時はただグレイルと顔を合わせづらいということもあったので館に止まらなかったが今回はそのようなことも無いし言葉に甘えても良いと思う。


 僕は伯爵の方を向くと返事を返す。


「では、お言葉に甘えようかと。

 ただ、普通のお客を迎える対応と同程度のもので大丈夫です」


「承知しました。

 それではご準備いたします」


 それから少しして、僕たちはメイドに連れられて執務室を後にして用意された部屋に移動した。

 部屋で装備を一通り外すと、公爵がリヴァイアサンを見せてくれるとのことだったのでそれを見に移動する。

 また、その後は公爵と談話するなどをして時間を潰し、そうして翌日を迎えた。

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