第24話 伯爵家長男
僕たちと目が合った貴族の男はコツコツと自己主張激しく足音を鳴らしながら真っ直ぐこちらへと向かってくる。
既に諦めの境地にいた僕と華奈はヒソヒソ声で話す。
「ねえ、凪。
これ、絶対、私達だよね」
「それしかないな。
目、合っちゃったし」
「だよね」
ただ、この場には一応お忍びで王女であるリリィがいるので滑り止めは効く。
最悪の事態にはならないことは確実だ。
リリィの方にも僕が対応するから何もしなくていいと伝える。
「おい、そこの女!」
僕たちの少し前で止まった貴族の男は高圧的な口調で声を掛けてくる。
もう諦めがついているが最後の抵抗として二人と手を繋ぐと男の横を通り抜けようとしたのだが……。
「キャッ!!」
やはり上手くはいかない。
男の横を通り抜けようとしたところで華奈の腕を力強く掴まれてしまった。
「お前のことだ。
俺と一緒に来い。
そんな男よりも俺の方が良いぞ」
高圧的な口調。
自分が他人よりも優れているという選民思考が根付いてしまっているようだ。
高圧的な口調で声を張り上げ、華奈の腕を引っ張って連れていこうとするが僕たちがついていくはずも無く華奈は強く抵抗する。
僕もその強情さには軽くイラついたので華奈を掴んでいる男の腕を強く掴んで静止させた。
「おい、貴様!
俺がこの街の領主ピザン伯爵の息子のグレイルだと知っての狼藉か?」
「そんなのは知らないよ。
華奈は僕の妻だ。
勝手なことはやめてくれ」
「ああ!?
こんな男よりも俺の傍にいた方がこの女も幸せになれるさ。
それとも、この俺に歯向かうというのか?
お前なんて鉱山に送るなり、奴隷にするなり簡単に出来るんだぞ」
「そんなこと、まだ当主でもないのに出来るのか?」
「……ちっ。
おい、こっちに来い!」
グレイルはこちらを見守るように少し離れたところにいた騎士たちを呼ぶ。
それと共に掴んでいた華奈の腕を離したので僕もグレイルを掴んでいた手を離す。
五名ほどの騎士は小走りでこちらに向かってくるとグレイルの周囲に並んだ。
「どうされたのでしょうか、グレイル様」
「そこの三人を領主の館まで連れてこい。
俺は先に馬車で戻っている。
逃がしたら容赦はしない」
そう言いながら右手で首を切る仕草をおこなった。
それに騎士全員が同時に返事をするとともに敬礼をおこなう。
「じゃあ、俺は先に戻る」
やることを済ませたグレイルは自分一人で馬車に戻ると御者に声を掛けて中に乗り込むとそのまま走り去っていってしまった。
この状態になって、僕たちは騎士を振り切ることもできるのだが首を切ると宣言された以上、騎士たちのことを考えるとそれは出来ない。
それに、グレイルをこのままにしておくのは王国としても不利益でしかないだろうと思いお節介だとは思うが直接乗り込んで親を含めて話した方が良いと思い二人にもついていくことを伝えた。
「領主の息子であるグレイル様が失礼をしてしまい申し訳ございません。
ピザン領騎士団の第二番隊団長ウィゴールが主に代わって謝罪いたします。
また、グレイル様の父のフリード・ピザン伯爵様よりグレイル様の横暴な指示は兼ねてより従わなくともいいとの命令を受けておりますのでお三方にはこちらに従っていただく必要はございません。
何かございましたら屋敷の方にこちらをお持ちください。
私どもは、主にご報告をしなければなりませんのでここで失礼いたします」
一方的にそう言うと騎士は頭を下げて帰ろうとしてしまうが、僕はそれを引き留めた。
そして、計画を実行すべく騎士に声を掛ける。
「ちょっと待ってください。
僕たちを連れて行ってください」
すると、ウィゴールさんは驚いた顔を見せた。
「それは屋敷の方へ来るということで間違いないですか?」
「はい。
その通りです」
それに合わせてもう一つ頼みごとをする。
紙を取り出して僕の言うことをその場でリリィに一筆したためてもらった。
そして、第二王女の封蝋で閉じてそれを騎士に渡して僕たちが伺うことを伝えるとともに当主に渡してもらうように伝える。
手紙の内容は後々明らかになるとして、僕たちは騎士に案内されて領主の館へと向かうのだった。
グレイルに会ってから三十分ほど。
通りを一切曲がることなく真っすぐ歩いてたどり着いたのは領主の館だ。
領主の館は五メートル程の外壁で囲われ、外側にけっこう深めの堀がめぐらされている。
そして、館に入る門は正面にある一か所のみでそこでは騎士が四人で見張っていた。
騎士に連れられて門をくぐれば百メートル程の石畳の道が続いており、その左右にはきれいな庭園が造られている。
石畳の先、敷地内中央にある館は四階建てで真っ白な外壁をしていた。
館の中に入った僕たちが真っ先に通されたのは四階にあるフリード伯爵の執務室であった。
コン、コン
「フリード様。
先にご連絡いたしました冒険者三名をお連れしました」
「了解した。
中に入れてくれ」
その返事で、案内をしてくれていた騎士が執務室のドアを開けてからその横に立つと僕たちに中へ入るように促した。
それに従って中に入れば、真正面の窓をバックにした大きなデスクに深々と座った白髪の男が一人座っている。
その男がここの領主フリード・ピザン伯爵だ。
諸悪の根源であるグレイルは伯爵の横に控えるようにニマニマしながら立っている。
「父上、あの三人がそうです」
「そうか……。
では、そちらへお座りください」
伯爵に促されて僕たちはデスクの前に対面して置かれたソファーの片側に座る。
先に送った手紙で普通の冒険者として扱ってほしいと書いておいたが、僕はLランク冒険者だし、リリィは王女、華奈は勇者であり、ちょっと敬いが残っているようだ。
「では、この場からの話で失礼させてもらうが先に私の自己紹介をしよう。
私はこの街“ピザン”の領主、フリード。
国王様より伯爵の位を授かっている」
それを聞いた後に僕たちは単純に自分の名前だけをそれぞれ名乗った。
そして、本題だ。
「で、グレイル。
なぜこの者らを呼んだ」
「はい。
私が街であの冒険者に侮辱されたのです。
なので、あの男は鉱山送りにでもしてください。
残りの女二人は俺が面倒を見ます」
「……そうか。
それでナギ君の方の言い分を聞こうかね」
「私は、妻の華奈をグレイル様によって連れられようとしたので止めたまでです。
侮辱などはした覚えがないです」
「いいや、俺の妻になった方がその女も幸せだろう。
俺の好意を断るとは何たる侮辱だろうか」
予想以上の返答だ。
父である伯爵の方はリリィの話だと選民思考は一切なく、国王であるクルスさんもけっこう信頼しているとのことだった。
なのにどうしてこんな息子がいるのだろうか。
その後、僕が返答を続ければグレイルはどんどんヒートアップしていった。
何度か返答を重ねて、遂に我慢できなくなったグレイルはその場から飛び出し掴み掛かってこようとする。
その瞬間、立ち上がった伯爵がグレイルの腕をつかんで制止させた。
「待て! グレイル。
そんなに言い張るのなら領主仲裁決闘をしてもらおう。
先ほどから、冒険者など大した生活は出来ないと言い張っているが彼の強さは知っているのか。
Sランクともなれば貴族と変わらない生活を送れるらしいじゃないか。
それならば、自分で強さを確認すればよい」
「ああ、分かった。
お前なんかすぐに倒してやる!」
「凪君もそれでいいかね?」
「はい。
それで大丈夫ですよ」
最後に伯爵が僕にも確認を取る。
ここまでが先に決めてあった台本通りの展開だ。
この後の流れは等のグレイルがどこまで強いのかによって変わってくる。
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