第25話 領主仲裁決闘

 僕たちはピザン伯爵領騎士団の訓練場へと来ている。

 理由は僕とグレイルの領主仲裁決闘をおこなうためだ。


 領主仲裁決闘とは王国法によって定められた裁判の一つである。

 領主立会いの下、決闘をおこない物事を決める手段だ。

 現在ではほとんどおこなわれることが無いが、どっちもどっちな時に話を付ける手段として利用されている。

 ちなみに試合中での殺しは厳禁であり、よほどの理由がない限り通常の人殺しと同等に処罰される。

 決闘の試合方法は三種類。

 剣や槍などの武器のみ利用可能な武器決闘ウェポン

 魔法のみ利用可能な魔法決闘マギ

 無制限なものが総合決闘オール

 ちなみに領主仲裁決闘の他には、主に市井の人たちがおこなう騎士が立ち会いの騎士仲裁決闘と貴族同士での決闘で国王陛下の立ち会う国王仲裁決闘がある。


「二人とも、方式はどうするかね?」


「僕はどれでも大丈夫です」


 今回はこの決闘を始めるまですべてが仕込み。

 グレイルに現実を教え、あわよくば更生させるため。

 なので、戦闘方式に関してはグレイルに任せることにした。


「マギだ」


 グレイルは短く答えた。

 魔法決闘との選択だ。

 察するに僕の腰にある刀を見てそう決めたと思われる。


「グレイルはマギがいいのか。

 ナギ君もそれでいいかな?」


「はい」


「それじゃあ二人とも武器を出してくれるかな」


 立会人の伯爵の前で僕は着けていた武器を用意されたテーブルに並べて置いた。

 やばい性能の武器には<装備者指定>の付与をしてあるので盗まれる可能性は無い。

 そして、グレイルも同じように別のテーブルに持っていた武器を置いていた。


「よし。

 全て外したようだね。

 それじゃあ準備をする。

 試合場の中に立って待っていてくれ」


 僕とグレイルは試合場の中に入って所定の位置に立つと、試合場の周りに結界が展開された。

 これは決闘に使用される専用魔法。

 空間魔法と聖魔法を同時に使用し構成された『死せる者無き決闘領域』という魔法を魔道具化し、魔力を流して設置した場所で使えるようにしたものである。

 この魔法は、内部から外部への干渉を無効化し。

 内部の生物のHPが一定割合を切るとその人を気絶させてダメージを無効化させるものである決闘用に作られた魔法だ。

 物によっては勝利条件を別のものに設定できるものもある。


「では、ピザン伯爵家長男グレイルと冒険者ナギの領主仲裁決闘を開始する。

 両者位置について、はじめぇぇ!!」


 戦いの火蓋が切って落とされた。

 基本的に魔法決闘の試合方法は遠距離からの魔法の打ち合い。

 今回も例に漏れず魔法の打ち合いとなるだろう。

 グレイルとの間は約二十メートルの距離がある。

 魔法決闘ではどちらの魔法が先に発動するかが勝負を分けるのだが僕はグレイルの能力を見極めるためまだ動くつもりは無い。

 一方のグレイルは試合開始の合図と同時に詠唱を始めたようだ。


「『火は燃ゆる。

 炎威、槍を成し飛び貫け。

 フレイムランス』」


 グレイルの魔法が発動し、炎の槍が形成された。

 槍は全長が二メートル程でチラチラと火の粉を散らしている。

 炎の槍は真っすぐ僕の方に飛んできた。

 僕は直撃の直前に準備していた<魔力障壁>を展開する。


 障壁に当たった炎の槍は障壁を貫けず、形を崩すと障壁の表面を這うようにして散っていったのだが、威力はそれでも消しきれず地面の土を抉ってかなり大規模に砂埃を巻き上げた。

 数秒が経過して眼前の砂埃が散っていったところで目に入って来たのはグレイルの驚いた顔だ。


「……こんなものか」


 自然と口から洩れてしまった。

 けっこう大きい声だったようでグレイルはあからさまに不機嫌な顔になる。

 腹を立てたグレイルは続けて詠唱を始めた。

 今回、漏れ出している魔力の力が普段見られるような量では無くかなり高位の魔法が来ると予想される。

 ただ、先ほどと同じ理由で詠唱の邪魔はするつもりがない。


「『大地は礎。

 ここに巨岩の剣を抜刀す。

 刺し貫け石刀、隆起せよ。

 ガイアセイバー』」


 一転して<地魔法>が発動された。

 詠唱の完了と共に僕の周囲の地面がまばらに持ち上がって多数の先の鋭い岩が僕の方に向かって幾重にも突き抜けてくる。

 その勢いは凄まじく、多数の突き出した岩が折り重なって組みあがった岩の剣は試合場の周りに張られた結界に当たって止まるまで突き抜けていった。

 横から見れば、剣先が地面から飛び出しているように見えるだろう。


「余裕をかましていたみたいだったが、ここまでみたいだな。

 大したことは無かったか。

 父上、終了の合図を!」


 既に勝ちを確信したグレイルの声がうっすらと聞こえる。

 フリードさんも勝敗の判定をしようとしたようだがそこで華奈に止められているようだ。

 僕はそれを聞いてさすがに焦らしていると負けの判定を食らいそうなのでここから脱出しようと思う。


「『崩壊』」





 ――sideグレイル――


 粋がって喚いていた冒険者の男だがやはりこの程度。

 最初の『フレイムランス』を受け止めた時に見せていた涼しい顔はやせ我慢だったのか。

 魔法使い同士の戦闘で優先すべき詠唱の妨害もして来ない。

 完全に素人。

 あんな男の傍にいるよりも俺と一緒にいた方があの黒髪の女も幸せだ。

 あの女が付き従うのを考えれば少しにやけてくる。


 パラパラと音がした。

『ガイアセイバー』の破片が転がったのだろう。


 ミシッ……


 とにかく勝負はついた。

 俺は父上に勝敗の判定を求めるが、女がそれを引き留める。

 聞き分けが無い女だ。

 まだ、あの冒険者の負けが認められないのだろう。


 ミシッ……


 さっきも聞こえたが何の音だ?


 バリ、バリバリ


 はっきりとそんな音が聞こえた。

 これは何の音なんだ。

 あ? 

 よく見れば岩に亀裂が入っていく。

 先ほどまであんな亀裂は……。


「『崩壊』」


 そんな声と共に目に入ったのは砕け散ってそのまま微塵になっていく岩。


 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。

 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。

 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。

 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。

 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない……。


 この俺の魔法がこうも容易く……。

 なぜあの男はまだ涼しそうな顔をしている。

 なぜ一切の傷を負っていない。

 なぜ男は何もしていないのに俺が恐怖を感じるのか。


 岩の崩壊は正に俺の心の崩壊を表しているようだった。

 砕けた岩は吹けば飛ぶような微細な砂になって……。

 そして、俺の体は白い光に包まれた。





 ――side凪――


 魔法の発動と共に僕のことを包んでいた巨岩にひびが入っていくつにも分かれて崩れていった。

 それだけでは無く、それぞれ砕けた岩にさらにひびが入って小さくなり、またその小さくなった石にひびが入って……。

 そうして、最終的には大量なサラサラな砂へと変わっていた。


 無属性魔法第一位『崩壊』。

 すべての物質をたった一つの原子になるまで分解する魔法。

 一つの物体を指定してそれを半分、そのそれぞれをさらに半分と言うのを無限に続けていき最終的には原子に至るまでその連鎖は続けられるのだ。

 ただ、魔力消費は一回の連鎖ごとに乗算されていき最終的にはえげつない量になるので普段使いとしてはそれぞれがかなり小さくなったところで魔法を解除している。


 そして、肝心のグレイルの方と言えば……。

 真っ青な顔をして心ここにあらずと言った表情。

 目はここではないどこかを見ているよだ。


 ちょっとやりすぎたとは思うが、今までやって来たことが今まとめて返ってきていると思ったらなんだかしっくりときた。

 そして、決闘もここで終わらせてあげようと思う。

 結界の効果でHP一割残しで気絶・無敵化という設定なのでオーバーキルなんてお構いなしだ。

 今使っても問題ない中で最高火力の魔法を使用することにした。


「『穿つは天地』」


 僕は手を真っすぐグレイルの方に向ける。

 すると、グレイルの直上に白色のエネルギー球が発生しそのサイズをどんどん大きく膨らましていく。

 そのうちにサイズの膨張が止まり、今度は密度が増加していくようでバチバチと雷のようなものが球体の周囲にどんどん増えていく。

 そして……。


 ズドンと大きく地面が揺れた。


 限界に達したエネルギー球が上下に向かって破裂。

 一瞬にしてその場に白い円柱が出現した。

 上に向かったエネルギーはすぐに結界に阻まれたかと思った所、パリンとガラスのように結界を破壊。

 砕けた結界の破片がパラパラと舞い散り、エネルギー柱は結界を越えて空へと昇っていく。

 幸いにもこの訓練場に屋根は無く壊れた屋根が落ちてくることは無かった。

 けれどエネルギー柱はさらに伸び続け雲を穿ち天高くまで昇る。

 正に天から地まで穿つようである。


 それから数十秒。

 エネルギー柱はどんどん細くなっていき、最終的にはフッと消え去った。

 そして残ったのは円形に黒く焼け焦げた地面とその中心で気絶するグレイル。


「……しょ、勝者、冒険者ナギ!!」


 この場にいた全員が唖然とする中、伯爵のその宣言が訓練場内に響いた。

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