第22話 Re深淵蛇

「「お、おぉ……」」 


 僕と華奈は同じような言葉を発した。

 深淵蛇が数十本にも及ぶ氷と岩で頭から尻尾の先まで余すところなく串刺しになって、それぞれ貫かれた部位からドクドクと赤い血を流している。

 すぐにでも血の水溜まりが出来上がるだろう。

 思った以上の出来だがこんな惨状になるとは思っていなかった。


「ナギ様、どうでしたか?」


 リリィは一仕事を終えて思った通りにいって嬉しかったのかニッコリと微笑みながらこちらを振り返る。

 だが、僕はリリィがおこなった惨状が信じられず深淵蛇の方を見つめていた。

 それと共にリリィを怒らせたらいけないとも思った。


「ナギ様? ナ~ギ~さ~ま~」


 リリイは僕の目の前にスキップ気味でやってくると軽く背伸びをしながら僕の顔の前で手の平を左右に振る。

 僕はそれに気づいてリリィに視線を戻した。


「あ、ごめんごめん」


「ナギ様、どうでしたか?」


「うん、まあ……予想以上だね。

 <詠唱省略>も上手く使えてるみたいだし、確実に倒せてる」


「ありがとうございます!」


 リリィの顔から笑顔が溢れる。

 ただ、まだ言いたいことがあるがリリィの表情を見ると何とも言いずらい。

 けど、これも重要な事だから言わなければならない。


「ただ、ちょっと言いずらいんだけど……。

 この前の華奈ほどじゃないけどちょっとやりすぎかなって思う。

 Sランクの魔物ってどのくらいで売れるとかって分かる?」


「かなり高かったはずです。

 全身が素材ですし、滅多に出回らないものですから」


「そうだね。

 けど、今回のを見てごらん。

 深淵蛇は皮、目、牙、血、骨、内臓が素材になるんだけどあれはどう?」


 僕はそう言いながらリリィの倒した深淵蛇を指さした。

 皮は穴だらけ、内臓は岩と氷に貫かれズタズタ、血は地面に滴って水溜まりを作っている。


「目と牙くらいしか残ってないです」


 リリィは僕が言いたいことに気づいたのか目に見えて気を落とした。

 ただ、僕もあまり攻めるつもりは無いのでここらへんでフォローに回ろうと思う。


「まあ、それもできる実力があればのことだよ。

 自分の命を賭してまで綺麗に倒せとは言わない。

 けど、僕はリリィが綺麗に倒せる実力があると見込んで注意したんだ」


「はい、分かりました。

 次からは頑張ります!」


 最後まで僕の言葉を聞いて少し気を取り戻したようだ。

 と、そこで話をただ聞いていただけの華奈が動きを見せる。


「リリィちゃんは、どんな魔法が使えるの?」


「日輪Lv6、聖Lv4の嵐Lv2で天と地、魔性がLv1です。

 後は空間がLv6です」


「もうそんなに……凄いよ、リリィちゃん。

 じゃあ、リリィちゃんの使える範囲で教えてあげる。

 魔物を一番簡単にかつ出来るだけ高く売れるように倒すにはどうすればいいと思う?」


「ええ~っと……、魔石を破壊することですか?」


「惜しいかな~。

 確かにそれが一番傷が少なくなるけど、高ランクの魔物ほど魔石が一番高く売れるよね。

 素材を売るのを考えてやるとなると魔石は傷つけられない。

 それを考えると生体の弱点である部分、例えば首とかを切れれば手っ取り早いんだよ」


「分かりました」


 リリィは華奈の説明を真摯に聞いている。

 華奈も華奈でリリィがちゃんと聞いてくれるのが嬉しいのか、かなりしっかりとした説明が始まった。


「注意点としては先に機動力を削るって言うのと、再生力が異常に高い魔物には通用しずらいことだよ」


「憶えておきます」


 魔物も魔石を持って魔力で肉体が強化されてるだけで、他の生物と変わらない。

 体には血が流れているし、欠損すれば例外を除いて復活することは無いし、失血が多ければ死亡する。

 そのため、急所を突くことが魔物を一番早く倒す方法だ。

 魔石も破壊すれば倒せるが、すぐに死亡はせずに少しの間動いていられるし金銭面的な損害も大きい。

 そして、陸上の多くの生物において急所と言えるべき箇所は首。

 首には太い動脈があるだろうし、頭部には重要な器官が多い。

 なので、僕と華奈は基本的に首を狙う。


「それじゃあ、相手がさっきの深淵蛇だとしてリリィちゃんの使える魔法で首を簡単に落せる魔法があるんだけど分かる?

 私もよく使ってるんだけど」


「えっと……日輪魔法とかどうでしょうか?」


「まあ、それでも落とせるだろうけど違うよ。

 どんな拘束をしてても簡単に首を切れるものがあるんだよ。

 まあ、これは私も凪に教わったんだけどね。

 あ、そうだ!

 凪に頼んで私がお手本を見てあげる」


「お手本ですか?」


 僕は華奈が説明している間にその横でリリィの倒した深淵蛇の後片付けをしていた。

 首を落として軽く解体をして<アイテムボックス>に収納。

 地面にできた血だまりを綺麗に無くした。

 と、そこで華奈に頼まれてお手本を見せる際の相手を出してあげることにした。


「じゃあ、行くよ。

 『シャドウ・ビースト』」


 僕は一つの魔法を唱える。

 片付けたばかりの広間の中央の床から黒いシミがどんどん滲み出してきた。

 そのシミは床だけでは無くどんどんと立体感を見せていく。

 そのまま黒いシミの中から先ほど倒したばかりの深淵蛇が姿を現した。


「え……」


 何も知らないリリィは深淵蛇が再び現れたことに呆気に取られてしまう。

 僕と華奈はこの深淵蛇は無害であることを知っているので驚きはしない。

 実際、再び現れた深淵蛇はそのまま動いていない。


「リリィちゃん、大丈夫。

 あれは、凪の使った魔法で作った偽物だよ」


 華奈がそこでフォローに入った。

 僕が使った魔法は<想像魔法>で作ったオリジナル魔法の『シャドウ・ビースト』。

 実態を持った生物の影を生み出し、操る魔法である。

 生物の構成は自身の記憶や想像でおこない、発動中には常時魔力が消費される。

 基本的には即席の使い魔として使っていたが、華奈の提案で対魔物の戦闘訓練に使ってみたところうまくいったのでそれ以降よく使っている。

 今回も華奈がリリィにお手本を見せるための的としての使用だ。


「じゃあ、やってみるから見ててね」


 華奈は深淵蛇の方へと一人飛び出した。

 僕は深淵蛇を華奈へと襲撃するように指示を出す。

 像のようにぴったりと動きを止めていた深淵蛇がそれを期に動き出した。

 深淵蛇は胴をうねらせながら華奈の前まで移動する。

 そして、首を大きく上に持ち上げると華奈の上に影を落とした。


「『アイスコフィン』」


 華奈の声が綺麗に響いた。

 途端、周囲の気温がぐっと下がる。

 華奈の魔法によって深淵蛇の体がすべて氷に包まれたのだった。

 ただ、これだけで魔物を倒すことは出来ない。

 間伐を入れずに首を落としにかかる。


「『エリアカット』」


 華奈のその声と共に音もなく深淵蛇の首だけが真下に落下を始めた。

 落下する首は氷の中でドロッとした黒い液体へと変わっていく。

 残った本体の方も僕が魔法を解除したため、実態を保てなくなりドロッとした形容しがたい黒い液体となって氷をすり抜けていった。

 その後、黒い液体は何の抵抗も無くすんなりと地面に溶け込み、跡形もなくなった。

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