第21話 深淵蛇

 翌朝。

 明け方の見張りを担当していた華奈がテントに起こしに来た。


「凪~、リリィちゃん~。

 起きて~。

 朝だよ~」


「ん~おはよ、華奈」


「おはよう、凪」


「リリィ起きて~」


 華奈に声を掛けられてもリリィは起きなかった。

 僕は、隣に寝ているリリィを揺する。


「ん~♪」


 しかし、リリィは気持ちよさそうに寝ているだけでなかなか起きそうには無い。

 さらに、寝ぼけているのかリリィは僕の腕を取って引っ張るとその腕に抱き着いて頬ずりをしてきた。

 ちょっと微笑ましかったがもう朝だ。

 僕はリリィの鼻をつまむ。


「むっ。

 ……ナギ様? おはようございます」


「うん、おはよう。

 リリィ」


「リリィちゃん、おはよう」


 鼻をつまんですぐにリリィが目を覚ます。

 僕と華奈でリリィに声を掛けたが、僕と華奈の目線と自分が僕の腕に抱きついているという現状に気づき一気に赤面してしまった。

 僕は腕に抱きついているリリィの頭をゆっくり撫でる。


「あ、二人とも。

 ご飯できてるよ」


「華奈、ご飯作ってくれたんだ。

 ありがとう」


 三人でテントを出ると華奈が作った朝食を食べる。

 その後、使った食器やテントを片付けると起床から一時間ほどで出発の準備を整えると出発した。


「今日は何の採取なんですか?」


「魔充草の採取だよ。

 自然の魔力が停滞している場所、いわゆる魔力スポットに多く生えてるんだ。

 ただ、魔力スポットだから高ランクの魔物との戦闘の可能性も有るかもね」


「強いのも出るんだ~。

 リリィちゃん、一緒にがんばろ」


「はい! 

 昨日、見張りの間に魔法の練習をしたので期待しててください!」


「そうなの? 

 期待してるよ、リリィ」





 野営をしてから二日が経った。

 僕たちは森のけっこう奥深くまで入ってきている。

 ただ、戦闘も何度かおこなったので思ったより距離は無い。

 森の奥深くまで入って来たのもたまたまでは無く目的があってのこと。

 今、目の前にぽっかり口を開けている洞窟が目的地だ。


「じゃあ二人とも、これから中に入っていくよ。

 中は、森と違って狭いから出来るだけ魔法を使って戦闘するよ」


「うん」


「はい」


「それじゃあ、行こうか。

 『ストークライト』」


 洞窟には光源など一切ないので魔法を使って明かりを灯す。

 今回は定点型では無く追跡型の魔法で、僕の右肩の少し上辺りで浮かんでいる。


 ピチャ……ピチャ……


 洞窟内では天井から水滴が落ちる音が一定のリズムを保って洞窟内に響いている。

 進む先はゆっくりと下り坂になっており、先はあまり見えない。


 洞窟に入ってから二時間ほど。

 一か所、急な下り坂がありそこで一気に地下深いところまで降りてきた。

 洞窟の壁面に水滴が大量についており、周囲の寒さを感じさせる。

 と、そこで強い威圧感を感じた。

 それは強力な魔物が持つ特有のものだ。

 

「多分、この先曲がったら戦闘だ」


「うん」


「私が行っていいですか?」


 そこでリリィが名乗り出た。

 けっこう自身があるようで堂々としている。

 僕としてもリリィにはどんどん戦闘経験を積んでほしいし、僕が居るので万が一が起こることは無いだろう。


「気を付けて、リリィ。

 危なくなったら後ろからサポートする」


「はい、分かりました。

 ……じゃあ、部屋に入ります」


 リリィは杖を構えるとゆっくりと音を立てないように曲がり角を曲がった。

 僕と華奈もその後に続いて角を曲がる。

 曲がり角を曲がった先は大きく開けた広間になっていて天井もかなり高い。

 広間の床、壁、天井の至る所から水晶のようなものが突き出してきており、『ストークライト』の明かりを反射してキラキラと輝いている。

 ただ、その水晶自体も発光していて部屋全体はかなり明るい。


 そんな中で、僕たちの目を引いたのはその中心。

 そこだけは水晶が綺麗に無くなっており、その代わりに謎の黒い小山があった。

 だが、小山と形容する物体は時々ピクピクと動いている。

 広間を見渡しても他に魔物の姿は無かったので中央の小山が威圧感を放つ魔物であろう。

 よく見れば小山は少し黒光りしているようである。


 突然、小山が動きを見せた。

 小山は左右に回転するかのように動き始めた。

 そして、小山はすぐに崩れ落ちその中心から赤い二つの瞳と途中で分かたれた赤い舌が目に入る。

 小山になっていたのはとぐろを巻いた蛇であったようだ。


「Sランクの深淵蛇アビススネークだ。

 平均よりは小さいサイズだけど、元々デカいから誤差だね」


 深淵蛇は、湿っており魔力スポットとなっている洞窟を住処とするSランクの魔物である。

 その体長は平均二十五メートルで体の直径は最大で六メートルあったそうだ。

 体表は黒い鱗で覆われ、一般的な刃物はほとんど通らない。

 風と火属性の魔法にも耐性があるが、それ以外の属性は通りやすい。

 鱗にも魔法に対する耐性はあるが、刃物を通すよりは手っ取り早い。

 この魔物は、Sランクのランクアップ試験でも使われることがあるのでSランクの魔物の中で下位であると言っても差し支えは無い。


「それじゃあ行きます!」


 リリィはそう言って杖を向ける。


「『大地は礎。

 石柱隆起。

 強固な檻。

 我が敵を収監せよ。

 ロックジェイル』」


 深淵蛇の周りの地面が一気に持ち上がる。

 持ち上がった地面は一気に深淵蛇の背を越えると、そのまま体全体を包み込んで体を抑えこむ。

 この魔法は<地魔法>に分類され、元々<土魔法>さえ持っていなかったはずだがけっこう頑張ったのか既に上位属性にたどり着いていた。

 通常の人ではこのような成長の仕方はありえないが本人の意思と<全能>スキルによって驚異の成長速度が実現された。

 深淵蛇を拘束したところでリリィは気を緩めることなく次の魔法を放つ。


「『氷は刺し貫く、アイスパイル』。

『岩は刺し貫く、ロックパイル』」


 拘束された深淵蛇を氷と岩の鋭い杭が串刺しにしていく。

 地面から、突き出てきた二種類の杭は拘束していた岩ごと突き抜いていた。


 数拍おいて、拘束していた岩に徐々にひびが入ると一気に全体に広がっていく。

 ひびは数秒の内に全体に広がるとそのままボロボロと岩を落とした。

 崩れ落ちた岩の中で僕と華奈が目にしたのは体中に穴が開いて血だらけになって息を止めた深淵蛇の死体であった。

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