第11話 邪神の眷属

 昼食をとってから“アージン”の街を出た僕は既に一時間ほど街道を歩いている。

 周囲の景色は街を出た頃と変わり映えは無い。

 左手に平原、右手は少し奥に森が見えるだけだ。

 天気は心地良いのだが、歩いているのは暇である。


 それから、続けて二時間ほど歩いたがそこで休憩を取ることにした。

 今日は街に入っていた時以外はずっと歩いていたためけっこう疲れが溜まっている。

 水分と軽食を取りながらイスを出して座って休憩した。

 その時、もっと早くかつ楽に移動する方法を思いついた。


 休憩を終え、出したものを仕舞って立ち上がる。

 そして、早速その方法を試すことにした。


「『フライ』」


 それは、文字通りに空を飛ぶ魔法だ。

 自身に風を纏わせて浮かび、その風を操作して移動する。

 因みに、飛べる魔法は重力魔法を利用した方法もあるがこちらの方が魔力を消費してしまう。

 魔法を発動させると体が徐々に地面を離れていき、そして、宙に浮かんだ。

 進行方向に向き直って風を調節し、さらに高度を上げると道に沿って飛行を開始した。


 飛び始めてから移動速度は格段に上昇した。

 僕がやることは魔法の維持・調整と魔力の消費だけだ。

 また、空を飛んでいるので、カーブや道の上下などを無視できるので一直線に進める。





 ひたすら飛ぶこと二時間。

 太陽がどんどん落ちて、地平線に近づき大地をオレンジ色に照らす。

 空を飛んでいる僕の視界には太陽の光が真横から当たっているので、とても眩しい。

 そろそろ日没で暗くなってしまっては飛ぶのも危険だ。

 そのため、僕は野営にちょうどいい場所を探し始める。


 野営にちょうどいい場所を見つけ高度を落として進んでいた時だった。

 街道の少し先でキラキラと光るのを見つけた。

 気になったのでさらに少し近づいてみれば大きな黒い影とその周りでにたむろする小さな黒い影が幾つか見る。

 キラキラ光っているのは小さな影の間だった。

 影の動きはお互いに近づいては離れを繰り返している。

 距離もどんどん近づきいていき、しっかりと見えるようになってきたので目を凝らしてみれば馬車を黒いもやを纏った魔物が襲撃しているところだと判明した。

 守る側は鎧を着た人で明らかに押されている。

 それを確認すると僕は速度を上げて一気に現場まで近づいていく。


「間に合えっ! 『エアブースト』」


 速度を上げるために魔法を発動させた。

 魔法発動によって自身に移動速度を上昇させ、『フライ』によって発生していた風に組み合せさらに一気に速度を加速させる。

 一気に馬車の方に近づくと戦闘に割り込むため剣を取り出す。


「来い! アルア!」


 そして、二つの影の間に滑り込んだ。

 次の瞬間。

 カーン! と鈍めの金属のぶつかり合う音が辺りに響いた。





 ――sideリリィ――


「日が落ちてきているので今日はもう少しで移動を停止して、野営に入ります」


 私は馬車の中でそのような報告を聞いた。

 それからすぐに馬車が止まる。

 いつもならすぐにドアが開けられるのだが今回は違った。

 キンッと甲高い音と大声で何かの指示を出す声が馬車の外から聞こえてきた。

 私は普段は締め切っている窓のカーテンを開いて外を見る。

 見れば護衛の騎士たちが何か黒いもやを纏った魔物たちと戦っていたのだ。

 魔物は五体いて、こちらを襲撃してきている。

 私の護衛の騎士は現在は三人しかおらず不利だ。

 さらにに、魔物の方はどこからか入手したのか分からないが大剣を振り回していて、騎士たちがまともに近づくことができないままじりじりとこちらに後退してくる。

 ただ、馬車に近づいてくると護衛の騎士たちは私を守る任務があるため、覚悟を決めて飛び出していった。

 幸いなことに魔物は大剣の扱いには慣れていないようで、たまに生まれる隙をついて護衛の騎士たちはダメージを蓄積させていく。

 ただ、魔物の方も中々の体力があるようでそう簡単には倒れない。

 それから、十分ほどだろうか私はハラハラしながらも声を押し殺して静かに馬車の中から戦闘を見守った。


 戦闘は長引き、護衛の騎士たちには疲れが溜まってきていた。

 そんな時、一人の騎士が魔物の大剣を受けてバランスを崩す。

 すぐに体制を持ち直したが既に魔物は次の攻撃のために振り上げた剣を振り下ろし始めていた。

 間に合わない!

 見ていられなくなった私はカーテンを乱暴に閉めた。

 頭の中ではこのあとの状況が容易に思い浮かべられる。


 カーテンを閉めたが良いが私は外の様子がどうしても気になってしまい、恐る恐るカーテンの端の方を軽くめくった。

 そこに広がっていたのは予想を裏切るような光景だ。

 先ほど体制を崩していた騎士の前には黒い髪をしたローブを着た男の人がいつの間にか立っていた。

 その手には白金の美しい剣を持っており軽々といったような風で魔物の大剣を受け止めている。

 それを見て私はホッと胸をなでおろした。





 ――side凪――


 急いで割り込んだが、ギリギリ間に合った。

 僕はアリアの銘を呼んで召喚すると騎士と魔物の間に割り込み、アリアで大剣を受け止めたのだ。

 カーン! と鈍めの音が辺りに響き難なく大剣をうけとめた。

 剣を振るっていた魔物は外見としてはどこにでもいるオーガなのだが、一つだけ違う点がある。

 黒いもやを纏っているのだ。

 僕は疑問解消のため<鑑定>を発動させた。


 名前:ブラッドオーガ

 レベル:32

 スキル:大剣術Lv1 咆哮Lv2 闇落ちLv5

 称号:邪神の眷属


 予想だにしないことだった。

 称号の欄には【邪神の眷属】とそう書かれていたのだ。

 こんな所で邪神への繋がりを発見した。

 この近くに邪神がいる可能性が高い。

 ただ、今は眼前の魔物五体を討伐しなければならない。

 受け止めていた大剣を力で押し返して魔物を一歩後退させるとその間に手早く魔法を発動させる。


「『多重結界』『エリアヒール』」


 ドーム状の結界が十枚重ねて出現。

 次の瞬間、一体のオーガが振り下ろした大剣がカーンという音と共に結界に弾かれた。

 同時に怪我を負った騎士たちの方には白い光が降り注いで、その体に刻まれた怪我を綺麗に治していった。

 僕は一度振り返って騎士たちのけがの回復を確認する。

 問題なく回復されたようで安堵すると、チラリと視界の片隅に入っている沈みかけの太陽を確認。

 続けて魔物たちの位置を確認する。


「『邪をヴァイス滅すレッシェン黄昏の陽ダスク』」


 太陽の方向から金色に染まった一条の光の光線が伸びてきて辺りをその光で染め上げると共に魔物を光線の中に飲み込んでいった。

 光の奔流は数秒ほど続いてからふっと力が抜けたかのように光は宙に消えていく。

 そうして、辺りを覆っていた光が晴れる頃には空に満点の星空が広がっていた。


 魔物五体の討伐を確認すると僕は後ろに振り返った。

 鎧を着た騎士と思われる三人は呆気に取られているようでフリーズしている。

 三人にひとまず話を聞くために近づこうとしたところ、突然馬車のドアがガチャッと勢いよく開く。

 びっくりしてそちらを見れば、ドアの中からドレスを着た少女が空色の長い髪をはためかせながら飛び降りて僕の方に向かって一直線に走って来た。

 僕の前まで来た少女はそのまま減速することなく手前でジャンプすると、勢いよく僕に抱き着いてくる。

 僕は反射的にそれを受け止めた。

 何とか無事に受け止められたようで、少女は僕の腕の中だ。

 僕は少女を地面にゆっくり下ろした。

 下ろしてすぐに僕のことを見上げる少女と目が合う。

 その目はなんとなくキラキラとしているように見えた。


「魔法使い様! お助けいただきありがとうございます!」


 そう言って綺麗に一礼をする。

 その後すぐに少女は頭を上げると僕の左側に回り込んでからこちらの手を取ると今度は腕に抱き着いて僕を見上げ、エヘヘと微笑んだ。


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