第6話 はじめての異世界
体術の特訓を始めるということで場所を移した。
移動した先は魔法の時も利用した地下の訓練場。
「それじゃあ、始めるわよ」
その掛け声とともに武術の特訓が始まった。
今回も魔法の時と同じように説明があった。
その中で教えてもらった一つのスキル。
<総合戦闘術>というものの取得を目指すそうだ。
これは、対象の武器使用時に習熟度の補正が掛かる武器術系スキルと<体術>、更に戦闘に関する補助系統のスキルを集めた複合スキルだ。
それに加えて、スキル外の戦闘知識や基礎的な身体能力の強化。
その訓練だ。
ただ、結論から言うとこちらは六か月ほどで<総合戦闘術>を習得できた。
武術の特訓も魔法と同じように愚直に同じことをおこなうことが多かった。
こちらは、様々な武器の基本の型を習得。
そこから派生の型に展開して、その後応用として特殊な武器などの使い方を習得する。
また、自身が扱うだけでなく相手がその武器を使用してきたときの対応方法や武術に関連することをまんべんなく教わりは果ては兵法まで学習した。
六か月という短い期間でそれらを習得するのは通常ならばありえないことだが、<全能>のスキルがある。
また、真美さん曰くそれだけでは無く僕自身の飲み込みが良かったそうだ。
そうして、魔法・体術と神皇を務めるにあたっての能力は十分揃った。
というか、十分すぎるらしい。
それから数日後。
真美さんに言われて再び僕は“花園”に訪れた。
ただ、珍しく真美さんは館の前に立っていた。
「来たわね、凪君」
「お待たせしました。
こんな所でどうしたんですか?」
「異世界に行って現地で特訓するわよ。
準備はしてあるからついてきてくれればいいわ」
“花園”でやることがもう無くなったそうだ。
そこで思いついたのが異世界に行くことになった場合の諸々の対処法の特訓。
そして、それに合わせて生物を殺すことに向き合ってほしいそうだ。
異世界は様々なラノベでも語られるように盗賊なんかは殺す必要がある場合もあるし、潜入の際に生活していくためにはギルドのような場所があれば魔物を殺すことでお金を稼ぐ必要もある。
そのためにも、正式に神皇を交代する前には覚悟を決めてほしいとのことだ。
それを聞いてから僕は真美さんと一緒に異世界へと転移した。
真美さんに連れられて来た異世界。
転移が終わり、目を開けて周囲を見渡してみれば広がるのは何の変哲もない原っぱ。
地平線の向こうまで草原が広がっており、彼方にはうっすらと山並みが見えている。
雲一つない空の下で肌をくすぐる程度の風が吹き抜けとても心地いい場所だ。
立ち並ぶ家々やビル群に囲まれて毎日を過ごしていた僕からしたら新鮮な景色である。
しかし、ここが異世界であるかと聞かれれば僕の返答はちょっとあいまいなものになってしまう。
異世界と言い切れる要素はそこには無かった。
ただ、真美さんが連れてきてくれたということで異世界であるということは間違いない。
「真美さん、ここはどこなんですか?」
「ここは、上層世界の“ベスタ”。
王道ファンタジーの原典……と言えるような世界よ。
と言ってもこんな景色じゃ異世界だという実感は湧かないわよね」
「そうですね。
“地球”にある何処かの平原だって言われても疑いは無いですね」
「そうね。
まずは近くの森に入ってみましょうか。
そこで、魔物がいるはずよ」
そう言うと真美さんは歩き出したので、僕は後に続いて三十分ほど草原を歩き、一番近い森のすぐそばまで移動したのだった。
森は、木々が生い茂っていると言う訳では無く、一定の距離をおいて幹が立ち並んでおり広々としていた。
そのため、自然と木と木の枝が重なるような場所は少なく木漏れ日のほとんどは地面まで届いており、とても明るい。
「それで、先に今回の一番の趣旨を説明しておくわね」
今回の最大の目的は異世界での心構え作りだ。
これは、特訓を始める前にも聞いたことだが生死が争われることが多い世界がある以上、目的のために動物や人間を殺す必要がある場合がある。
また、その逆で自分の生命が脅かされる可能性も否定しきれない。
神だからと言って死亡しないというのは間違いだそうだ。
一般の神の場合は、死亡すると一定期間をおいて復活または別の神として転生されることが多く、稀に人などに降格して転生する場合がある。
また、神皇による粛清の対象となる場合には消滅、または降格して転生の二種類の方法が取られる。
神皇はその性質上、即時蘇生されるのだが多大な痛みを伴うとともに一定の経験や能力の喪失、また死亡した世界への一定期間の侵入制限が課せられるそうだ。
ただ、真美さんとしては自身の死亡については重くとらえているそうで命は一つだけと言うのを僕には忘れてほしくないそうだ。
まあ、僕も痛みを伴う蘇生なんかはまっさらごめんだし、死亡した世界への侵入制限が掛かってしまうとそれこそ世界の管理に支障をきたしてしまうので真美さんの考え方には納得できる。
自分の命を守るとともに、他の命を殺めるということについても話を聞いた。
他の命を殺めるというのは始めはまっとうな人であればそう簡単にできることではないそうだ。
ただ、自身の命や家族の命が脅かされたのならそれはどうなるのか。
そんな時は、人を殺して守らなければならないかもしれない。
また、盗賊などに襲われても自分の身が守れればいいと言う訳では無く自分だけではなく別の人が被る可能衛のある後の被害を出させないようにするためにも殺す必要性を考えるべきであるそうだ。
異世界で盗賊を殺さなければいけないというルールが多いのはそういう部分を考えてのことで成り立っていることだそうで殺すことができないから捕縛して街の自警組織などに突き出すというのは単なる自己満足だそうだ。
そのため、生物を殺すことに自分なりの意志を持ってほしいとのことだ。
もう一つ説明されたのは神皇として力をつけたことによる弊害。
強すぎるということだ。
例えば、今の僕が戦闘をおこなえば最低でも辺り一帯を吹き飛ばすほどの威力が出てしまう。
それでは、本末転倒な話であるので真美さんは異世界に入る際は能力に制限を掛けているそうだ。
手加減だけでも問題ないそうだが、とっさに力を出してしまった時なんかには対応しきれない。
そのため、能力の発揮上限を制限として掛ける。
それをおこなった状態で、さらなる手加減の仕方を習得してほしいそうだ。
「ま、そんな所かしら。
それじゃあ、森に入っていくわよ。
最初はついてくるだけでいいけど、目はそらさないようにね」
そうして、真美さんに続き僕は森の中へと足を踏み入れた。
森に入ってから五分ほど。
すると、ギャギャと低めの猿のような声が聞こえてきた。
真美さんの指のさす方を見て見れば切り株があり、それより一回りほど大きい緑色の生物が辺りを漁っている。
「凪君、止まって。
向こうに緑色の人影が見えるかしら?
あれが多くの世界で最弱の魔物と呼ばれるゴブリン」
「あれがゴブリン……」
アニメなどで見るものと本物で見るのは感覚が圧倒的に違った。
アニメなんかでは最弱な魔物として描かれそこら辺の野良犬程度に感じるのだが、恐ろしさはそんなものでは無く、身震いするほどであった。
遠くに見えたゴブリンは全身が緑色で、腰蓑を巻いている。
身長は百センチほどで、腰が曲がっていて前かがみな体勢だ。
また、手には体に合わないだろうというサイズの粗削りな棍棒を持っていてそれを軽く引きずりながらうろついて時々かがんでいる。
「ただ最弱と言ってもそれは単体。
十を超える集団や上位種の魔物に統率された場合はその強さは数倍にも数十倍にもなるわ。
ある程度の知能を持っているからあのような棍棒だって自作だし、集団にも慣れれば連携だって使うようになるし、住処には罠なども仕掛けている場合があるわ」
ラノベでもゴブリンを狩ることを主題としたものがある。
あれは、真美さんが説明したような面が存分に発揮されていたはずだ。
「あ~。確かにそんな事を書いていたラノベもありましたね」
「そのラノベ、私も読んだけど全くもってそのとおりだわ」
「え、真美さんも読んだんですか?」
「ええ。
世界の不具合なんてそう起こる物じゃないし暇だもの」
「そうなんですね」
真美さんは暇な時間は自由に過ごしていたそうだが、その時に異世界を主題とした小説、ラノベなどを何十冊と読んだそうだ。
その中の一つに僕の上げたタイトルもあったそうだ。
「……って、話が逸れてるわね。
取りあえず、あれを討伐するから気持ちいいものではない光景だけども目を逸らさずにいなさい。
こういうのは、慣れだわ」
「……分かりました」
そう言って、真美さんは自身の収納空間である<アイテムボックス>より鉄製の単なる長剣を取り出した。
<アイテムボックス>は自身専用の荷物収納空間を作成し、そこに物を出し入れするスキルだ。
内部は、別の空間となっておりレベルに応じて入れられるサイズが増える。
基本、環境は一定に保たれ、時間は流れている。
ただし、レベル八以降になると内部の環境を自由に設定できるようになる。
収納と取り出しの方法は二種類あり、自身の望むところに空間の穴が出現してそこに手を突っ込んで出し入れする方法と、自身の取り出したいものを頭の中で意識すると自身の近くの物が入ったり、近くの指定の場所に出せたりする方法だ。
真美さんは取り出した剣を持ってゆっくりゴブリンに近づいていく。
僕はその一メートルほど後ろを静かに進む。
そうして、気づかれずに五メートル近くまでに到達した。
ゴブリンの方は持っていた棍棒を手放して地面に放置し、足元にあった木の実を採集している所だ。
真美さんはそこでいちど足を止めると剣を持ち直す。
そして、軽く振り返り僕の方を確認した。
「それじゃあ、行くわよ。
見ていなさい?」
「はい」
気づかれない様に小声で返事を返す。
「それじゃあ……」
と、真美さんは僕の返事を聞くと一気にゴブリンとの間合いを詰めていった。
ゴブリンの方は未だこちらのことに気づいておらず呑気に木の実を拾っている。
ふとゴブリンが顔を上げた。
目に入ったのは煌めく金と迫る一筋の白線。
真っ赤な鮮血が切り口より噴き出した。
首から上の頭部は切り落とされ、こちらも血を噴き出しながら重力に従って地面へポトリと落ちる。
体の方も力を失い、前に向かってドサリと倒れた。
そのまま、吹き出している血は勢いをとどめること無く出続け死体の周りに赤い海を作っていった。
それと共に、辺りには血の匂いが立ち込める。
僕は、その一部始終を見続けていた。
が、ふとした瞬間、体の中を熱が駆け上がって来るのを感じる。
真美さんが僕の傍に戻って来た時には既に胃の内容物を全て吐き出ししまっていた。
「やっぱりダメだったようね」
戻ってきた真実さんは僕を介抱しながらそう言った。
真美さんはこうなることは分かっていたようで、タオルと水をすぐに渡してくれる。
「まだ辛いと思うけどこのまま魔物の説明をさせてもらうわよ。
まあ、取りあえず臭いとか血だとかを片付けてしまうわ。
その間に調子を戻しておきなさい」
僕は、ペットボトルの飲料水の蓋を開き少しづつ飲んで体を落ち着かせる。
その間に真美さんは魔法を使って辺りを綺麗にして、残ったのは血が少し滴るゴブリンの頭と胴体のみとなった。
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