【KAC6】お題:最後の三分間

第6話 異世界最後の三分間で、フクロウの俺がイケメン勇者に伝えたいこと。

 二度目の異世界転生で、前回同様俺はフクロウ、みちるはテイマーとなり二週間。

 元の世界へ戻るため、俺たちは街を渡り歩いてゴミを漁るカラスどもを追い払うというクエストを請け負っていた。


 前回の転生で魔王を討伐したパーティメンバーとして、俺たちには多額の報奨金が支払われていたらしい。


 そのおかげで異世界こっちで暮らす金には困らなかったが、俺としては一日も早く元の世界に戻りたい一心で、クエストをひたすら地道にこなしてきた。


「ホー……(ふう……。これでようやく戻れそうだな)」


 猛禽類の俺が大きく翼を広げて飛び回る姿に、カラス達が恐れをなして山の方へと逃げて行く。

 その姿が見えなくなるまで上空を旋回した後、俺はみちるの腕に舞い戻り、安堵の息を吐いた。


「今ステータスを確認してみるね。……やったぁっ! 3000ポイント達成したから、これで元の世界に戻れるよ!」


 リュックから取り出したステータスノートにたった今上書きされたばかりの数字を確認すると、みちるは笑顔を綻ばせ、腕にのせた俺に頬ずりした。


 ふう、これで二週間ぶりにやっと人間に戻れる。

 俺がフクロウになっている間、テイマーのみちるは今のように頬ずりしたり、羽根を撫でたり嘴にキスをしたりと、頻りにスキンシップを取ってくれる。

 役得だと思う反面、フクロウの体ではそれ以上のことができないために俺の煩悩は今にもはち切れそうなのだ。


 ああ、早く元の世界に戻ってみちるを抱きしめたい。

 その柔らかくて甘い唇を味わい尽くしたら、今度こそはそれ以上のことも────


「じゃあ早速セイシェル駄女神を呼ぶね! セイシェ……」

「ミチル……ッ!」


 空に向かって女神の名を叫ぼうとしたみちるの背後から、彼女を呼ぶ声がした。


 あの声の主は、まさか────


「ケン……!?」


 振り返ったみちるが、変わり果てた勇者の姿に目を見開く。

 彼女が驚くのも無理はない。

 かつて共に魔王を討伐した勇者ケン。

 その整った顔立ちはやつれ、髪も髭も伸び放題だった。


 彼がここまで落ちた理由を俺たちは知っている。

 魔王を討伐したその直後、ケンはみちるにプロポーズして、あっさりとフラれたのだ。

 みちるは、イケメンで剣の達人である勇者ケンよりも、幼馴染みのフクロウを選んだ。


 魔王を倒した剣聖として人々の賞賛を浴びるはずだったケンは、“猛禽類に負けた男” と噂され、傷ついた彼はヒキニートになったとセイシェルから聞いていたのだ。


「相変わらずそのフクロウを連れているんだな」


 覚束無い足取りで、ケンがゆらゆらと近づいてくる。

 俺もみちるも、気まずさと緊張とで体を強ばらせたまま、ケンをじっと見つめた。


「最近フクロウを連れたテイマーが各地のカラスを追い払っていると壺の声2ちゃんねるで知ったのだ。もしやミチルではないかと思いその行方を探していたが、やはり君だったか……」


「久しぶりね。セイシェルからあなたの様子を聞いて、ずっと気がかりだった……。巷のくだらない噂に屈するなんてケンらしくないよ。せっかく剣聖の称号を得たんだから、もっとこの世界のために──」


「その剣聖よりもフクロウを選んだ君が言うなっ!」


 みちるの励ましを、ケンが声を荒らげて遮った。

 みちるの肩が跳ね上がり、のっていた俺は思わずたたらを踏む。


「やっぱり俺は納得がいかないよ。ミチル、何故俺を選ばない? 力も富も手に入れた俺ならば、この世界で君を一生幸せにできる!」


「そう言われても……」


 前回の告白よりもさらに熱の入ったケンの言葉に、みちるが戸惑うように顔をうつむけた。


「ミチルが望むなら、俺は剣聖としてさらに精進を積み、この世界の人々の暮らしを生涯かけて守ると誓うよ。もちろんそのフクロウのことだって、ぞんざいに扱うつもりはない。君のテイムした大切な鳥なら、僕も彼を大切にする」


 そう言いながら、ケンはさらに一歩二歩と歩み寄り、みちるの手を取った。


「ケン!? ちょ、やめて……っ」


「ホーッ!!(お前、何しやがるっ!!)」


 もう我慢ならねえ。

 みちるは俺の恋人だぞ!?


 無遠慮なケンを攻撃しようと、鋭い鍵爪を前に出して飛びかかろうとした時だった。


「ちょっとー。いつになったら呼んでくれんのよー」


 ケンの頭上に突如光り輝くドアが現れ、部屋着姿の女神セイシェルが顔を出したのだ。


「呼ばれそうだったから、こっちはさっきから待機してんのよ。ポイントが貯まったんなら、さっさと元の世界に戻すわよ」


 トレーナーの中に手を突っ込み、かったるそうに腹をボリボリと掻きながらのたまう駄女神。

 ケンがこれ以上強引にみちるに迫る前に姿を消すというのは得策かもしれないが──


「ホー(セイシェル、頼みがある)」


「何よ。お腹減ってるんだから、時間のかかることはお断りよ」


「ホー(元の世界に戻る前に、ケンと二人きりで話がしたいんだ)」


「えぇー……。めんどくさいけど、まあいいわ。みちるを先に元の世界に戻して、ケンにはアンタの言葉がわかるように魔法をかけてあげる」


「ホー(よろしく頼む)」


 まずセイシェルは、みちるに向かって人差し指をちょいちょいと動かした。

 みちるの頭上から光の粒子が降り注ぎ、彼女の体を包んでいく。


「ケン、ごめんね。あたしの気持ちは変わらない。あたしが傍にいたいと思うのはハルトなの」


「ミチル……ッ」


「ハルト、先にあっちに帰ってるね。ケンのこと、よろしくね」


「ホー(わかった。任せとけ)」


 光と共にみちるが姿を消した後、セイシェルは次にケンに向かって人差し指をちょいっと動かした。


「これでケンにもハルトの言葉がわかるはずよ。ただし、持ち時間は三分間。その間に話を済ませといてちょうだい」


「この借りは高くつくわよ」と言い残し、バタンとドアを閉める駄女神。

 元々こっちに来たのはこいつに頼まれたからであって、むしろ俺たちの方に貸しがあるはずだ。だが、そんな反論をしていては与えられた貴重な時間を無駄にしてしまう。

 気を取り直すと、俺はがっくりとその場にくずおれたケンと向き合った。


「ホー(ケン。お前と話がしたいんだ)」


「……ミチルに二度も振られた俺に、今さら何の話だ」


 膝を抱えて座り込んだ彼に、俺は手短かに、けれども最大限の誠意と敬意をもって語った。


 みちると俺は幼い頃からいつも一緒にいて、固い絆で結ばれていたこと。

 こっちの世界に転生し、フクロウとテイマーという立場になったことで、絆がより深まったこと。

 現在は恋人同士になったことで、みちるを大切に思う気持ちがますます強くなっていること。


「ホー(みちるは可愛らしくて愛情豊かだからな。ケンが惚れたのも無理はないさ。……けど、みちるのことは誰にも譲れない。あいつを幸せにできるのは俺だけだ)」


「ハルト……。お前、そこまでミチルのことを……」


「ホーホー(ケンはリーダーとして頼りになる男だし、優しくて包容力もある。おまけに強くてイケメンだ。正直、みちるがいつお前に傾くかとヒヤヒヤしていたが、結局あいつはフクロウになった俺を迷うことなく選んでくれた。しかも、俺がどんな生き物に転生したって傍にいるって言うんだぜ? だから、俺はどんな状況でもあいつを一番大切にするって決めたんだ)」


「そうか……。お前達の間には誰も入り込む隙がないってことがよくわかったよ。それにしても、ライバルのお前がそこまで俺のことを認めてくれているとは思わなかった」


「ホー(認めるのは悔しいが、ケンは本当にすごい男だと思うよ。女にフラれて腐るのは余りに勿体ない。剣聖ってのは、この世界の宝も同然の存在だろ?)」


「そうだな。魔王を倒した勇者として、俺にしか成し得ないことがまだあるはずだ。ハルトと最後に話せて良かったよ。目を覚まさせてくれてありがとう」


 ケンの表情に生気が戻り、俺を見つめる眼差しに輝きが戻る。

 それをみとめた時、宙に浮いたままの光の扉の向こうから、ピピピ……と小さな音がした。


 三分経ったという合図だろうか。

 短い間だったが、俺とケンの間にあったわだかまりを友情に変えるには十分な時間だったと思う。


 程なくして扉がガチャリと開き、再びセイシェルが顔を出した。


「ホー(セイシェル、ありがとう。ケンとの話はついたから、俺を元の世界に戻してくれ)」


 晴れやかな気持ちでそう告げた俺に、キッチンタイマーを片手に持ったセイシェルがバツが悪そうな笑みを浮かべる。


「あのさ、悪いけどあと三分待ってくんない?」


「ホゥッ!? (はあっ!?)」


「実はさっきカップ焼きそばを食べようとしてたタイミングでアンタ達に呼ばれたのよ。食べるばっかりにしておきたかったし、熱湯注いで三分待って、湯切りを済ませてからアンタを元の世界に送ろうと思ってたんだけどさ。たった今湯切りの最中にうっかり麺を流しにぶちまけちゃったのよ。勿体ないけど作り直すことにしたから、湯切りが済んだらまた顔出すわ」


「ホーゥッ!!(そんな理由で三分間のリミットをつけたのか!? それなら三分の待ち時間内に元の世界に送れるだろ!? 指をちょいって動かすだけで済むんだから!!)」


「それが、今ちょうどドラマの再放送が最後の三分間のいいとこなのよ。録画してないし、見逃すわけにいかないんだもん」


 俺が抗議の声を上げる間もなく、駄女神はバタンと扉を閉めてしまった。


 取り残された俺とケンの間に、何とも微妙な空気が淀む。




「「…………」」





「…………ホ、ホー(きょ、今日は小春日和ののどかな陽気ですね)」


「そ、そうだね。…………風もないし、実に気持ちがいいねえ」




 さっきの三分間で濃密に語り合い、友情を結んで綺麗に締めくくったはずなのに……。



 すでに語り尽くしてしまった俺たちは、気まずさに満ちた最後の三分間を、薄っぺらい会話で必死に取り繕うのであった。

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