【KAC5】お題:ルール
第5話 異世界に転生するためのルールがクソすぎて辛い
「みちる、帰ろう!」
「うんっ!」
ホームルームが終わり、解放感が一気に広がった教室で、俺はいつものようにみちるに声を掛けた。
笑顔で頷いた彼女が席を立ち上がってリュックを肩に掛ける。
幼馴染みであり彼女でもあるみちるとは、きちんと付き合うようになってからほぼ毎日一緒に帰っている。
元々お互いの自宅は、
高校は自転車ならば十分で行ける距離だけど、二人で登下校するために三十分の徒歩通学に変えたのだ。
ほんの少し遠回りして河原の土手に着くと、俺とみちるはどちらからともなく手を繋ぐ。
人の少ないこの道を手を繋いでぶらぶら歩くのが俺たちの定番のデートだ。
河原には人っ子ひとり見えない時もままあって、そんな時はキスを交わすときもある。
みちるとたわいない会話を交わしつつ、周囲に視線を巡らす俺。
よし、誰もいないようだ。
「みちる……」
「ハルト……?」
熱を孕んだ俺の視線に気づいたみちるの頬が染まる。
繋いでいた手を引き寄せて、彼女の柔らかな唇に触れようとして────
パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ……
「…………って、暴れ馬ぁっ!!?」
何の脈絡もなく俺とみちるに突っ込んできた馬を視認すると、俺は咄嗟にみちるを抱き寄せ、草原へと転がった。
「ハルトッ! 大丈夫!?」
「
擦り傷のできた手の甲をさすりながら立ち上がると、走り去ったはずの暴れ馬が戻ってきた。
「チッ。上手いこと避けやがったわね」
「やっぱお前の仕業かよ!!」
馬に跨って忌々しげにこちらを見下ろすのは、異世界の女神セイシェル。
俺をフクロウにして転生させたり、魔カラスを追い払うために再転生させようとしたりと、やることなすことがめちゃくちゃな駄女神だ。
「大人しく暴れ馬に蹴散らされてれば、アンタ達に異世界再転生のチャンスをあげようと思ったのに」
「馬に蹴られて死ぬべきはお前だよ!! 人の恋路を何度も邪魔しやがって」
「異世界への再転生は散々断ってるじゃない。もういい加減諦めてよ!」
俺とみちるの抗議を馬耳東風に聞き流す駄女神は、馬上からふふんと勝ち誇った笑みを向けてくる。
「あら、トリの危機だって聞いても、アンタ達は異世界行きを断るつもりなのかしら」
「なんだって!?」
「トリの身に何かあったの!?」
「トリの危機」と聞いたみちるの顔が強ばった。
無理もない。異世界の魔獣であるトリは、みちるが卵からかえしてテイムした雛鳥だ。
こちらの世界へ戻って来た時に卵を持ち込んでしまったのだが、異世界の魔獣は異世界に戻すべきと、セイシェルがトリを連れ帰ってしまった。
みちるはトリとの別れを随分と寂しがっていたし、今だに深い愛情を持っている。
そのトリが危機に陥っていると聞けば、スルーできるはずがない。
異世界カラス被害のように、俺らが危険をおかしてまで再転生する必要のない理由であれば、もちろん駄女神を追い返すつもりでいた。
けれど、登場の仕方はふざけていたものの、馬を降りたセイシェルは至って真剣な顔で俺らと向かい合った。
「実は半月ほど前、トリは次の成長段階へと進むべく蛹に変態したの。天部の保管室で温湿度管理を徹底しながら観察を続けているのだけれど、本来ならば十日ほどで脱皮するはずが三日経ってもその兆候が現れなくて……」
「鳥が蛹になるっていうのも不思議な話だが、なかなか脱皮しないのが危機だということか?」
「動かない蛹でも、内部では次の変態に向けて相当なエネルギーを消費しているの。魔獣の必要とするエネルギーは魔素なんだけど、トリは孵化直後を魔素のないこっちの世界で過ごしてるから、変態と脱皮に必要な魔素が足りていないかもしれないのよ」
「それで、あたし達が
「足りない魔素を補うには、個体が元々持っている生命エネルギーを増幅させる必要がある。そのためには、強い絆で結ばれたテイマーの声掛けが重要なの」
セイシェルが珍しく真剣な眼差しをみちるに向ける。
その眼差しを受け止めて見つめ返すみちるの横顔は、すでにテイマーとしての決意を固めているようだった。
「仕方ないな……。みちるとトリのためだ。トリが危機を脱したらこっちに帰ってこれることを条件に、異世界に行ってやるよ」
「ほんと!? 助かるわっ!!」
ため息混じりに告げると、セイシェルがぱっと笑顔を輝かせた。
「じゃあ早速だけど、その辺でトラックに跳ね飛ばされてきてくれる?」
「サラッと何てこと言うんだよ!? 購買でついでにパン買ってきてってノリで言うな!」
「だって、こっちの人間が異世界に行くためには交通事故で転生するのがルールなのよ。だから暴れ馬で跳ね飛ばすつもりだったのに、この
「駄女神でも女神の端くれだろ? もっと穏やかな方法で行く方法はないのかよ」
「めんどくさいこと言うわね。じゃあ、今回は私と一緒に “扉” を使うことを許してあげる」
セイシェルが人差し指で宙に長方形を描くと、目の前に光り輝くドアが現れた。
セイシェルが姿を現す時にいつも出入りしているドアだ。
「最初からこれを出す方が暴れ馬用意するよりよっぽど簡単だろ」
「ルールどおりの転生方法じゃないと、上司に色々報告しないといけなくなるのよ。まあ、今回はトリを救うための緊急措置ってことで説明つくからいいけど」
セイシェルの呟きに、みちるが口を挟む。
「さっきから疑問なんだけど、どうしてトリ一匹を救うためにあなたや神々が動いてるの? トリは異世界にとってそんなに大切な魔獣なの?」
みちるの質問に答えようという様子もなく、扉を開けたセイシェルが眩い光を放つドアの向こうへ足を踏み入れる。
「一刻の猶予も許されないの。とにかく急ぐわよ」
トリを救うべく、俺とみちるもセイシェルに続いて扉をくぐって────
☆
「ホーッ!? (なんで俺はまたフクロウに転生してんだよっ!?)」
みるみる体が縮み、一瞬のむず痒さの後で全身から羽毛の生えてきた俺は、翼をばたつかせて駄女神に猛抗議した。
「これもルールなんだから仕方ないでしょ。アンタ達は以前に
「ホー!! (再転生前に伝えるべき超重要事項だろそれ!!)」
「いたたッ! 何すんのよこの鳥!!」
爪と嘴で駄女神の金髪をつつきまくっていると、再転生と同時にテイマーのコスチュームに変身したみちるが「まあまあ」と間に割って入ってきた。
「トリさえ救えばすぐに元の世界に戻れるんだし、今回は仕方ないよ。ハルト、あたしの肩にのって! 早くトリに会いに行こう!」
確かに、ここで駄女神を攻撃していても時間の無駄だ。
俺はバサリと羽ばたいてみちるの肩にのり、俺が金髪を引っこ抜いて十円ハゲを作ってやった駄女神を睨みつけた。
「こんのクソフクロウが……っ! まあいいわ、とにかくトリを何とかしてちょうだい!」
俺たちが扉から降り立ったのは神々が勤務する天部のオフィス内だったらしく、セイシェルはひんやりとした石造りの廊下をツカツカと奥へ進み出した。
「この部屋にトリ、つまり聖獣カク・ヨームの蛹が保管されているわ」
最奥にある扉の脇についた指紋認証セキュリティーを解除し、セイシェルが取手に手をかける。
ギイーッと音を立てて扉を開けた瞬間だった。
「ポオオオオ!!」
中からトリが飛び出してきたのだ。
俺たちが知る、雛鳥の姿のままで。
「トリッ!!」
「ポオッ!!」
お互いを認め合い、喜んで抱き合うみちるとトリ。
「蛹だったはずなのに、幼態に戻ってるってどういうこと!?」
セイシェルは困惑を露わにして部屋の中へと入っていく。
「確かに脱皮した痕跡はあるのに、どうして変態してないのかしら……」
納得がいかないという様子で駄女神はしきりに首を傾げていたが、俺とみちるにとってはそんなことどうでもいい。
元気そうなトリに会えて、再会を喜び合えたんだ。
トリを抱きしめて嬉しそうにしているみちるを見るにつけ、ここに来てよかったと思えた。
☆
「ホー(トリも元気そうだし、そろそろ元の世界へ戻るか)」
「そうだね。トリ、またお別れになっちゃうけど、元気でいてね」
「ポオ……」
別れは何度経験しても寂しいものだが、俺もみちるもトリにはまたいつか会えるような気がしていた。
トリも同じ気持ちなのか、寂しげにひと鳴きした後、そっとみちるから離れた。
「ホー(さあ、駄女神。俺たちを元の世界に戻してくれ。俺を人間に戻すのを忘れんなよ)」
「あー、そのことなんだけど……」
俺が催促すると、セイシェルが気まずそうに視線を逸らしつつ頬を掻く。
「元の世界に戻る時は、
「ホーッ!? (なんだってー!?)」
「あなたって、どうしていつも大事なことを先に言わないのよっ!!」
☆
フクロウになった俺とテイマーのみちるが手っ取り早くポイントを稼ぐ方法。
それは、街のゴミを漁るカラスどもを威嚇して追い払うことだった。
こうして俺たちは、街の住民に感謝されつつ、カラスを追い払うクエストを渋々こなしていったのだった。
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