【KAC7】お題:最高の目覚め

第7話 異世界最高の目覚めの後に訪れたのは、異世界最高の危機だった!

 あの駄女神が切羽詰まった様子で現れた時から、嫌な予感はしていたんだ。


 だが、の後に、あんな危機が俺を待っていただなんて────



 ☆



「大変っっ!! 魔王軍の残党がトリを狙って神殿を総攻撃してるの! 今度こそアンタ達の力が必要だわ! お願いだから助けて!」


 俺の部屋に突如光の扉が現れ、中から飛び出てきた駄女神セイシェルがそう叫んだ。


「……あのなあ。お前の “大変” に関わると毎回ロクなことがないんだよ。取り込み中なんだからとっとと失せろ」


 もはやお家芸と言っても過言ではない駄女神登場のタイミングに、怒る気も失せた俺はそいつを無視してを試みた。


「今までのことは謝るわっ! 今度こそホントに助けて欲しいんだってば!!」


「ねえ、ハルト……。今回のセイシェルはいつもと様子が違うよ? 話だけでも聞いてあげようよ」


 覆いかぶさる俺越しに、セイシェルの表情が見えるのだろう。

 頬を上気させたままのみちるがベッドから体を起こし、外したブラウスのボタンを留め直した。


 ああぁぁ…………

 あと一歩……あと一歩でブラジャーを外すところまでいけたのにっ!!

 今日のために、アダルト動画でブラの外し方を何度も予習しておいたのにっ!!


 あまりの無念に目頭が熱くなる。

 やはり、やはりこの駄女神だけは生かしちゃおけねえ!!

 前言撤回した俺が怒りをぶつけようと振り返ると、駄女神セイシェルに続いてみちるが扉をくぐろうとしていたところだった。


「ちょっ、待てよ、みちるっ! なんで早速異世界に行こうとしてるんだよっ!?」


「ハルトがうなだれてブツブツ言ってる間に、セイシェルから話を聞いたの。トリを助けるためには一刻を争うんだって。ハルトも急いで!」


「急いでって言われても、どうせ俺は異世界そっちに行ったらフクロウになるんだろ? 俺が役に立つことなんて……」


「トリと異世界の危機を救うためには、ハルトの力が必要なんだって。 さあ、早くいこう!!」


 みちるはベッドに座り込んだままの俺の手を引いて立ち上がらせると、扉の向こう異世界へと俺を引っぱり込んだのだった。


 ☆


 扉から俺たちが出た先は、神々達の拠点となっている神殿の入口だった。


「ハルト! ミチル! 来てくれたのか!」


 内部への侵入を許すまいと、魔族相手に剣を振るう勇者ケンが俺たちの姿をみとめて叫ぶ。


「ホー! (ケン! 今すぐ加勢するぞ!)」


 すぐさま翼を広げた俺の目の前で、ケンに襲い掛かろうとしていたオーガ達が一瞬で火だるまになった。


「レンッ!」


 みちるの視線を追うと、飛行魔術で滞空する仲間の魔導士レンが手のひらで炎の球を転がしている。


「ホー(魔王討伐の頃からさらに力をつけたようだな、レン)」


「再会の喜びを分かち合うのは後だ。もうすぐ他の仲間も援軍に来る。お前たちは聖獣カク・ヨームを守ってくれ!」

「わかった!」


 リーダーのケンが声を張り上げて神殿の入口を指さす。

 俺とみちるはケンの指示に応え、重厚な石造りの建物の中に駆け込んだ。


 ☆


「ホー(みちる。トリの危機って、どういうことなんだ?)」


 蛹となったトリが保護されている管理室へと向かいながら、長い廊下を走るみちるに尋ねる。

 キスのその先にようやく進めそうだったところを邪魔され、失望のあまりセイシェルの話を聞き逃してしまった俺は、その辺の事情をよく知らないのだ。


「トリ……カク・ヨームはね、この世界に一羽しかいない、聖獣の頂点に君臨する生き物だったのよ。カク・ヨームが進化して成体になると、その絶大な力によって、魔王の再誕を阻止することができるんだって。逆に言うと、カク・ヨームがいなければ、この世界に魔王が再び誕生してしまうってことみたい」


「ホー(つまり魔王軍の残党達は、トリを殺して魔王を復活させようとしているんだな)」


 膨大な魔素を集めることのできる魔王が再誕すれば、魔族達はその恩恵を受けて再び力を蓄え、残虐非道の限りを尽くすだろう。

 せっかく平和を取り戻したこの世界で、絶対にそんなことが繰り返されてはならない。


「ハルト! みちる! 早く中へ!」


 先回りしていたセイシェルが、蛹管理室の扉を開けて俺たちを待っていた。

 飛び込むように中へ入ると、部屋の真ん中に置かれたカプセルの中で、黄金色に輝く大きな蛹が眠っている。


「前回の蛹は茶色かったけれど、今回は黄金色に輝いている。間違いなくカク・ヨームは進化するわ。その気配を察知した魔族達が、それを阻止しようと攻撃をしてきたのよ。この世界の平和のためにも、絶対にこの子を守らなくちゃ……」


 いつになく真剣なセイシェルの眼差しが黄金色の蛹に注がれている。


「ホー(それで、俺たちは何をしたらいい?)」


「みちるはテイマーとして、この子の生命エネルギーを増幅させ、進化を促してほしいの。ハルトには、この子が進化した後でひと働きしてもらうことになるわ」


 セイシェルがカプセルを開けて、みちるを促す。


「トリ……。蛹の中で頑張ってるんだね。あたしもハルトも、あなたが無事に進化できるように応援してるよ」


 みちるが優しく声をかけながら蛹を撫でると、その表面に纏う光が一層強くなった。


 だが、その時――――


「キーッ! キッキッ!」


 甲高い鳴き声と共に、管理室に黒い影が飛び込んできた。

 あれは鋭い牙をもつ巨大コウモリ、魔獣ナーロウだ。

 戦乱の隙をついて俺たちをここまで追ってきていたのか。


「キーッ!」


 炎の如き赤い目を光らせ、牙をむいたナーロウがみちると蛹に襲い掛かる。


「ホーッ!!(させるかっ!!)」

「ハルトッ!?」



 咄嗟に飛び出てナーロウに体当たりをかますと、奴の体が壁に叩きつけられた。

 しかし次の刹那、跳ね返りざまに奴が俺に飛び掛かり、その牙を俺の首に突き立てた。


「ギャーッ!」

「ハルトーッ!!」




 く……っ。

 噛まれた傷が熱い。痛い。

 体中が痺れて痛い。毒が回っているようだ。


 俺はここで死ぬのか……?

 異世界で死んだら、元の世界に戻れないのかな……?




 遠のく意識の中、みちるの泣き叫ぶ声も遠くなる。

 閃光が視界を真っ白に塗り替えた直後、俺の意識は闇の中へと落ちていった。





 ☆





「……ルト。ハルト……!」



 聞こえなくなったはずの声が耳に届く。




 俺……死んではいないのか……?



 闇の底に沈んでいた意識がゆっくり浮かび上がってくる。


 目を開けて視界に映るのは、顔をくしゃくしゃにして泣くみちるの姿。

 そして、その肩にのっているのは……


「ホー……?(みちる……と……トリ……?)」

「ハルト! 目を覚ましたんだね!」

「ポー!」


 黄金の羽をもった、聖獣と呼ぶにふさわしい神々しさ。

 しかし、丸っこいフォルムとか、ちょっと間の抜けた顔とかは以前と変わってないような……。


「ハルト。あなたがカク・ヨームを守ったことで、彼女は聖獣カドカワンへと進化しました。ナーロウも退けたし、これでもう魔王が復活することはないわ」


 セイシェルの静かな言葉に続き、興奮気味のみちるが俺を抱きしめる。


「ハルトがナーロウに襲われた直後に、トリが脱皮したの。ハルトの体にまわった毒は、トリが浄化してくれたんだよ」


 どうりで、体の痛みや毒気が抜けただけでなく、全身から新たな力がみなぎるような高揚感があるわけだ。


「ハルトが身を挺して守ってくれたことを、蛹の中のカク・ヨームも感じたようね。それがきっかけとなって彼女の生命エネルギーが爆発的に増幅し、進化の最終段階まで一気に押し上げた。あなたがカドカワンを、そしてこの世界を救ってくれたの」


「ホー(そうか……。俺はこの世界を救った英雄になったのか……)」


 みちるの柔らかな胸に抱かれ、沸き起こるエネルギーを体に感じ、(黙っていれば可憐な)女神から英雄の称賛を受ける。



 なんだか最高の目覚めじゃないか。



「ポー」


 うん。聖獣カドカワンに進化したトリも、俺のことをようやく認めてくれたようだ。

 俺の頭を巣にしていたこいつは、俺のことを動く寝床くらいにしか思ってなかっただろうからな。


「ホー(そう言えば、さっきセイシェルはトリが進化した後で俺にひとはたらきしてもらうって言ってたよな? パワーみなぎる今の俺なら、たいていのことはできそうだぜ」


 目覚めが良いせいで、今なら駄女神の頼み事だって快く聞いてやれそうだ。


 俺の声掛けに、セイシェルがキランと目を輝かせる。


「さすが英雄、よく言ってくれたわ! じゃあ、今すぐここでしてくれる?」


「ホゥッ!?(こっ、子づくりっ!?)」

「ちょっ、セイシェル! いきなり何を……」


 俺に今ここで童貞を捨てろと!?


 俺たちのイチャラブをさんざん邪魔しておいて、この駄女神はいきなり何を言い出すんだ!


 動揺しまくる俺とみちるを見て、駄女神はぷっと馬鹿にしたように吹き出した。


「何を勘違いしてんのよ。フクロウのハルトとみちるがこの場で子づくりできるわけないでしょ? 私が頼んでるのは、ハルトにカドカワンとつがいになってほしいってことよ」


「ホッ!?(つっ、番だぁっ!?)」


「聖獣にだって寿命はあるし、蛹の時ほど無防備でないとは言え、カドカワンは今後も命の危険にさらされるのよ。聖獣の血を絶やさず魔王の復活を阻み続けるためにも、カドカワンには早く卵を産んでもらわなくちゃ。カドカワンもハルトを番として認めるみたいだし、さっさと交尾しちゃってよ」


「ホーッ!(ちょっと待て! 俺はケモノに童貞を捧げる気はないっ!)」

「そうだよっ! ハルトはあたしの恋人だもん! いくらトリでも、ハルトだけは渡せないよ!」

「この世界を救ってくれるんでしょ!? だったらつべこべ言わないで、聖獣に童貞を捧げなさいよ!」

「ポー!」


 最高の目覚めから一転、異世界で突如訪れた貞操の危機に、俺とみちるは駄女神とトリの猛追を振りきり神殿から逃げ出したのだった。

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