第193話 北斗七星は回る


「これで一つ。極北の空に輝くべき八つの白き星を、琵琶湖の底に顕現させるのじゃ」


 白き星だと。


 確かに石畳の一枚だろうか、白く光っている。それを星と言っているのか。別に五芒星の形とかではない。


 でも。俺は負けたけど、その白い星とやらが輝いただけで、それ以上の変化はなさそうだ。


「さあ、立て。次の一番を取るのじゃ」


 そう言われて、俺は何も考えずに立ち上がった。両手をパンパンと叩いて土を落とす。で、ふと思った。次の一番を取るというが、もしも俺が拒否したらどうなるんだろうか。


「もう一番取るというけど、俺が断ったらどうなるんだ」


「もうすでに勝負は始まっておるのじゃ。断るなどというものは無い。仮に断ったら、そなたの不戦敗となる。わらわの白星が労せずして増えるだけの話じゃ」


 不戦敗はごめんだな。そうなっては俺にとって利点など何もないだろう。


 俺は仕切り線のすぐ後ろに立った。相手の卑弥呼もまた西の仕切り線のすぐ向こう側に立っていて、俺と真っ正面から睨み合っている。


 おいおい。卑弥呼が相撲の強者だなんて、歴史の授業では習わなかったぞ。


 そもそも、やっぱり邪馬台国は九州佐賀であるべきで、近畿なんてナンセンスだ。近畿の中でも大和ならまだしも、存在自体が風前の灯火の滋賀県の、それもよりによって琵琶湖の底なんて、ド三流SF小説の設定でもない限り、思いつかないぞ。


「まだ戦う意志だけは残っておるか。そこだけは褒めてしんぜよう。しかし、そなたはこの後、七連敗する運命じゃ」


 七連敗だと? その数字に意味があるのか?


「なんだよ。俺の方がそんなに一方的に負けるほど、実力差があるって言うのか?」


「相撲において勝ちは白星とされる。星。それは即ち、朔北の空に輝く八つの星をなぞらえて、八つの白星を集めれば勝ち越しとされる」


 勝ち越しか。大相撲は確かに八勝すれば勝ち越しだぞな。十両以上の関取の話だけど。


 でも、八つの星になぞらえ、っていうのは、どういうことなのだろう。


「北の空は、北極星を中心に、北斗七星が回っている。その八つの星を、この琵琶湖の湖底に再現する時こそ、魔族の新たな時代の幕開けなのじゃ」


 なるほど。それで八つか。あまり意味の無さそうな数字だったな。


 でも、大相撲と同じで八勝で勝ち越しなら、逆に俺の方が先に八勝すれば卑弥呼は負け越しってことになるんじゃないのかな?


 まあ確かに相撲は一発勝負的な要素が強いのは確かだ。立ち合いに大きく失敗したら横綱であっても平幕力士に呆気なく負けてしまうことだってある。だから一発勝負だと何が起こるか分からない。だけど、数多くの勝負をすれば結果の数字は実力に収束する。


 つまり、先に八勝した方が強い、という結論で概ね間違いは無いってことだろう。


 現在、俺の〇勝1敗。さっそくひとつのビハインドを背負ってしまったが、まあその程度は相手にハンデを与えたってことでいいだろう。


 見合って、見合って。俺は腰を割って土俵に両手の握り拳をついた。相手の動きと呼吸を測る。


 さっきの一番はもろ差し狙いで俺は行った。俺にとっては一番得意な型だからだ。だけど失敗した。


 相手の卑弥呼は技能派であるらしい。てことは、まわしを取っての取り組みを得意とするはずだ。


 ならば、つっぱってみたらどうだろう。つっぱりなら、体力と技能でいえば体力の方が重みが増すはずだ。ただし、相手のおっつけは強力だ。あれでつっぱりの腕を上に跳ね上げられて腋が空くと致命的な隙になる。


 立ち合いの一瞬で、俺はそこまで思考を巡らした。


 行司はいないので、「はっけよい」の声も無い。ただ、二人の呼吸だけを合わせて、立つ!


 二番目も、俺と卑弥呼は頭でぶつかり合った。額の、髪の毛の生え際から火花が散る。比喩表現だけど比喩じゃない。


 俺は両手を前に突き出した。さっきの一番はもろ差し狙いだったので卑弥呼の股間を狙って手を出していたが、今回は突きだ。卑弥呼の胸を狙って手を前に出す。


 卑弥呼の胸に巻いた白いサラシの辺りに、連続して俺の掌が当たる。


 サラシによって胸の膨らみが潰されている上に、俺が突っ張っているのは鎖骨の少し下あたりだ。おっぱいの膨らみの部分ではない。


 作戦は成功した。卑弥呼は今回も俺の胸に頭をつけることを狙っていたようだが、俺のもろ手突きによって上体を起こされた。


 行けるぞ! というか、絶対行ってやる!


 息もつかず、いや、荒い息をしながらだけど、俺は両腕で突いた。左右の手で交互に突くタイプの突っ張りではなく、両腕で突いて相手を押し、相手が下がった分当然自分は前に出て、また再び両手で突く、といった感じだ。大相撲なんかでは、巨漢力士が小兵力士と対戦する時に、相手の引き技に警戒して慎重に見ながら突っ張る時に出てくる形だ。


 立ち合いで優位に立って俺に分があるとはいえ、相手の卑弥呼は技能派力士。どんな技を繰り出してくるか分からないので、勢いだけではなく、慎重に突っ張っていきたい。

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