第192話 ずぶねり


 人のことを死にぞこない呼ばわりか。失礼な奴だ。


 というか、そもそもアイツは、俺の名前をちゃんと把握しているのだろうか。アイツは歴史上の有名人である卑弥呼だけど、俺は単なる一般人だからな。


「俺の名前は城崎赤良だ。どうせお前はここで俺に負けて再び封印されるだろうけど、最後に俺の名前だけでも覚えておけ!」


 まるで、スポ根アニメの主人公にでもなった気分で俺はカッコイイ台詞を叫んだ。


 俺は仕切り線の所まで出て両手をついた。相手の卑弥呼もまた蹲踞して右手を仕切り線について、左手を固く握りしめた。


 行司はいない。俺と卑弥呼二人だけで呼吸を合わせて立つしかない。心の中で、はっけよい、と己に声をかける。


 残った!


 立ち合い。俺は太腿に力を入れて頭から前に出る。


 ガツン!


 額と額がぶつかり合った。


 痛みと共に俺の視界で北斗七星が北極星の周りを回る。


 だが、ここで意識を飛ばすわけにはいかない。俺は額の生え際の辺りに痛みを感じながらも両手を下から相手の股間へ向かって伸ばした。


 ああ、念のため、エッチな目的で相手の股間に手を伸ばしてるんじゃないぞ。前まわしを取るためだからな。勘違いしないでくれよな。


 立ち合いは互角だったようだ。お互いに仕切り線のほぼ真上に立った状態でぶつかり合って止まった格好だ。


 前まわしを狙って腋を締めて前に出した両手だったが、両方ともまわしには届かなかった。


 相手の卑弥呼が極端に前かがみの体勢でぶつかったため、まわしが遠いのだ。


 だが、まわしを取れなくてももろ差しなら相撲は取れる。フォークリフターの得意の差し手だからな。


 卑弥呼は俺の両腕を下からおっつける。そのため少し上体を起こされてしまい、胸に頭を付けられてしまった。


 相手に下に入られたのは俺の方が不利だけど、差し手はもろ差しの俺の方が有利なはずだ。


 もろ差しではあっても、両方ともまわしは取れていない。前に出るにしても、とっかかりが無いな。どうしようか。


 結果から言えば、迷ったのが俺にとっての致命傷になった。考える前に何か攻め手を出しているべきだった。


 俺が次の手を躊躇している間に、卑弥呼は俺の左手を両手で掴んで下に引っ張った。


 ん、と思った時には俺の体は、卑弥呼が頭を付けている胸を支点にしてぐるりと回った。それはまるで、北極星の周りを回る北斗七星のように。


 俺は左型から土俵の上に落ちた。ぐるりと回る感じで背中をついて、俺は地べたに座り込んだ形で止まった。


 俺が、負けた。。。得意のもろ差しの体勢から。これは想定外だった。


 卑弥呼は確かに俺に劣らず体格がある。それに魔族だからか、女ではあっても力でも俺に劣っていない。魔族は相撲では不利というハンデを含めてのことだ。


 しかし、今回の負け、決定力になったのは力でも体でもなく、技だった。


「い、今の技は、まさか」


「ずぶねり、じゃ」


 誇らしげに、卑弥呼は言った。


 ずぶねり。


 語の響きからいって、あまり上品な技とは感じないけど、相撲なんてお上品なものではなく、土俵の土にまみれながら泥臭く取るものだから、きれいな勝ち方なんてものはそもそも無いのだろうけど。


 漢字で書くと、頭捻り、となるらしい。


 相手の胸につけた頭を支点としてひねって落とす。説明すると単純だけど、そんな技が上手く決まるものかというと、決まらないから珍しい技なのだ。


「あ、、、おっつけが伏線だったか」


 俺はもろ差しを狙って腋を締めて両腕を前に出した。それに対して卑弥呼は、おっつけで対抗した。俺の肘を下から上に持ち上げるベクトルで力を加えた。


 だから、俺は無意識のうちに、腕が上に撥ね上げられないように、下に向かって力を加えていた。


 その、下への力を相手にまんまと利用されてしまった。


 相手が俺の左手を下に引っ張った時に、自分の腕自体が下へ向かった意識が働いていたため、抵抗できずに落ちてしまったのだ。


 やられた。負けた。卑弥呼がこんな技能派の相撲を取るとは思っていなかった。これなら技能賞取れるんじゃないのか。


 それにしても、俺だって乾坤一擲の勝負を打って勝ちに行った。勝てると信じていた。だけどあっさり負けてしまった。なんというか、旧日本海軍でいえばマリアナ沖海戦のような感じだ。あるいは関ヶ原の戦いにおける石田三成みたいなもんか。


 んで。


 俺は負けてしまった。でも。それで、どうなるっていうのだろうか。


 俺一人がここで相撲で負けたからといって、日本全国で起きている魔族と人間の闘いの趨勢が変わるとも思えない。


 その時、周囲が少し明るくなった気がした。俺は土俵に座り込んだ姿勢のまま、首だけひねって後ろを見た。


 土俵の下。つまり琵琶湖の湖底の石畳で固めた床のところ。


 その一カ所が白い円い光を強く発している。


 それはまるで、アニメにおいて女性キャラがぽろりしてしまった時に乳首が露出してしまうのを防ぐために謎の白い光がおっぱいのど真ん中に点るような感じだった。


 俺が負けたことによって起きた変化といえば、あれくらいだろうけど、なんだあれは。


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