第191話 卑弥呼、四股を踏む
俺もこう見えて真人間なので、卑怯なことは好まない。
……嘘だと思ったヤツ、いるだろう? でも、嘘じゃないんだぜ。
卑怯な手を使って得をしたとしても、それは短期的な得だ。バブル経済だ。長期的には正々堂々と正規の手段で得た利益の方が大きい。
バブルが崩壊して就職は氷河期で、北海道拓殖銀行が破綻して北海道経済はガタガタになって、東京など中央ではイザナギだかイザナミだかを越える好景気のウェーブがやってきたらしいけど北海道にはミクロンもトリクルダウンが来なくてずっと不景気なまま氷河期世代は割をくってばかりだった。バブルじゃダメなんだよ。しっかり地に足がついていないと。
だから、俺は自分が有利とか不利とか関係なく、思ったことをそのまま言うことにした。
「なあ、あんた、卑弥呼って名乗っているけど、魔族なんだろう? 魔族って相撲が弱点なんじゃないのか? それなのに相撲で勝負だと? それだと俺の方が圧倒的に有利なんじゃないのか?」
卑弥呼は笑った。それはまるで、カマキリが蟷螂の斧を振りかざすのを見て強者が嘲笑うかのような、イヤな感じの笑い方だった。
「その通り。わらわは誇り高き魔族。相撲が弱点であることは事実。しかし、弱点を克服してこその真の日本支配だとは思わぬか? それに、弱点であったとしても、脆弱で愚かな人間などに負けるはずもあるまい。言うなれば、それくらいのハンデがあっても、まだわらわの勝利は動かぬというもの」
そうですかぁ。そりゃなんか、随分と俺が舐められたもんだよな。
俺だって、霊長類最強の人とかでない限り、女の人と相撲を取って負けるつもりは無いぞ。
ハンデを与えてやるけど、それでも勝てるわ。などとナメたことを言われて黙っていられない。俺はこれでも、旭川西魔法学園の女子相撲部監督だからな。
現役選手ではないとはいえ、監督をやっているからには俺自身も相撲を取ることはできる。オーケストラの指揮者ってただ棒を振っているだけのように見えるけど、実際にはヴァイオリンに熟達していないと務まらない、というのを聞いたことがある。
「よし、卑弥呼。そこまで言うんなら、受けて立ってやる。ところで、まわしはあるのか」
「そなたが今、着ている服を脱げばいい。そうすれば、濃紺のまわしをはいている格好になる」
マジか。今現在、まわしをはいているゴワゴワした感覚は無いんだけどな。
かと思うと、卑弥呼は、身に纏っていた和風の着物をふぁさっと脱いだ。
その下には。
引き締まった肉体があった。女とは思えぬくらい、腹筋がきれいに割れてシックスパックになっている。
白いまわしを巻いていて、胸の部分は白いサラシを巻いている。レオタードは着ていない女力士なんて、俺の記憶の中では初めて見る気がする。
レオタードではなく、ガチでまわし姿か。期待していたわけじゃないけど、さすがに宗はおっぱいモロ出しでは無かったけど。レオタードではないという時点で気合いの入りっぷりが分かるというものだ。
俺は服を脱ぎ捨てて上半身裸になると、ズボンも降ろした。
パンツ丸見えになるかと思ったら、卑弥呼の言う通り、ズボンの下はなぜかまわしだった。色は選抜高校野球の優勝旗のような紺色だ。紫紺っていうんだっけ。
俺は元々の相撲部員でもなんでもないけど、相撲部監督になった以上、まわしを巻くと気持ちが引き締まる。
やってやる。テンション高まる。
ズボンを脱ぎ捨て、裸足で土俵に上がって踏みしめる。
位置的に俺が東で卑弥呼が西ということになるようだ。俺は土俵の俵の輪から内側に入ったところで四股を踏む。
そういえば、準備運動なしで相撲を取ることになるのかな。ならば、ここで四股を踏んで体を温めてほぐしておくことが必要だ。
卑弥呼もまた西方の土俵上で四股を踏んでいる。
俺は、自分で四股を踏みながら、視線を前に向けて卑弥呼の動きを偵察した。
四股を見れば、相手の強さがそれなりに分かるはずだ。柔道でいえば、受け身の練習を見れば相手の強さがうかがえるようなものかな。
卑弥呼の四股は、軸足の膝を少し曲げて、上げる側の足は一番高く上がった時に膝が真っ直ぐ伸びるような感じだ。ただ、最も高く上がった時でも軸足は揺るがない。
右足も左足も、軸になった方はブレていない。
ほう。そこそこはできそうだな。
魔族なんて、普通は相撲の稽古なんてやっていないだろうから、四股だって満足に踏めるかどうか分からないけど、四股の善し悪しは別として下半身の強さだけは間違いなさそうだ。強敵だ。
だが。
俺もまた四股を踏む。もちろん、軸足はブレない。
気持ちが高まってきた。
もうすぐ、日本は魔族から人間の手に取り戻される。それはもう、都市艦旭川から攻勢に出たところから、既に趨勢は決まっているはずだ。
ただ、全体として人間が勝利したとしても、俺がここで負けて琵琶湖のもずく酢になっては意味が無い。
勝って、気持ちよく陸に上がり、魔族撃退を祝うのだ。
「準備運動は、もうよかろう、死にぞこないの男よ。いざ、勝負である」
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