第189話 琵琶湖の底からボワッと邪馬台国が復活


 邪馬台国は佐賀県。俺のその主張は揺るがない。


 だが、目の前に居る女が卑弥呼と名乗っている。それを偽物とバッサリ切り捨てるのも、センスが無いことだ。


 なんせ、琵琶湖が南北縦に二つにくぱぁと割れて、湖の底から古代王国の遺跡的なものがこうして出てきたのだ。そりゃ、邪馬台国だという説の一つも出てきても不思議じゃない。


「まあ、あんたがそこまで自分は卑弥呼だと主張するなら、とりあえずは信じておくよ」


 そうでないと話が進まないからな。


 卑弥呼が本物であるという証拠は、あくまでも弱すぎて信憑に値しない。でも、とりあえず相手に話を合わせなければ、話が進まないのだ。それは困る。今は魔法で琵琶湖が割れた状態を保っているが、魔法が切れたら俺は邪馬台国と一緒に湖のもずく酢だ。早く話を進めて、まあとっとと湖の底から脱出して、ちゃんとした陸地に辿り着きたい。教え子のクロハたちとも合流したいしな。


「それで、卑弥呼さまよ。俺をこんな湖底遺跡に招待してくれて、どうしろっていうんだ?」


「簡単な話じゃ。魔族の帝国、邪馬台国の復活を祝して、男を撃破して見せしめとしたい。それだけの理由じゃ」


「なんだと? 話が全然見えないぞ。俺が頭悪いせいじゃないだろう」


 俺は頭が悪いわけではない。いわゆる地頭は良い方だ。


 それが証拠に、転生元の世界では、進学校である旭川西高校に合格した。


「頭の薄いそなたでも分かる程度の話じゃ。邪馬台国というのは、わらわ卑弥呼が建てた魔族の国だったのじゃ」


 薄いって言うなよ。それじゃあまるで俺がハゲているみたいじゃないかよ。俺はアラフォーではあるが、まだ薄くはなっていないぞ。黒いしフサフサだ。モテない残念さだけならまだしも、ここから更にハゲが進行してしまったら、残ったモテの可能性も消滅してしまうし、何より自分が惨めになってしまう。


「だが、人間よりも優秀で強力な魔族に対して危機感を抱いた諸葛孔明の魔封波によって琵琶湖の底に封印されてしまい、長い年月が流れてしまった」


 ほう。魔族を封印するとは。天才軍師とされる諸葛孔明って、やっぱり色々先見の明とかあったんだな。


 でもさ。異世界ファンタジーのライトノベルとか読んでいていつも思うけど、「封印」って、いつか必ず解かれて、大問題起こすよね。そりゃ異世界ファンタジーに登場するラスボス魔王なんかは、完全に滅ぼすのが難しいから苦肉の策として封印しているのは勿論理解できるよ。でも、邪馬台国の卑弥呼くらいだったら、封印なんて遠回りなことをしなくても滅ぼすこともできたんじゃないの。諸葛孔明なら。


「そして今、日本は魔族の支配するものとなった。しかし魔族といえども、邪馬台国の存在を忘れてしまった者どもだ。わらわが支配権を確立したわけではない。そして、人間が再び魔族を封印しようと戦争を仕掛けてきた。それが、国技館ごと空を飛んできたそなたたちであろう」


 邪馬台国の存在を仲間の魔族に忘れられるなんて、卑弥呼もマヌケだなあ。……と、一瞬思ったけど、仕方のないことなんじゃないかと思い直した。


 だってそうだろう。俺たち人間の日本人だって、邪馬台国のことなんか覚えていない。だから近畿説と九州説に分かれて喧々囂々の議論とも呼べぬ言い合いをしているんじゃないか。お隣の国である中国の史料である魏志倭人伝が無かったら、邪馬台国も卑弥呼も完全に忘れ去られていて、歴史上存在していなかったことになっていたところだったんだぞ。


「国技館は魔族を封印するもの。その国技館が琵琶湖に沈んできたことにより、諸葛孔明が施した封印と反発し合って対消滅して、わらわは封印を解かれた。これは千載一遇の好機というか、1800年に一隅の好機なのじゃ」


 そりゃすげえな。千載一遇という漢字四字熟語を上回る1800年の時を経たってことか。


「今、日本では、魔族と人間が覇権を競って戦っている。まさに好機。わらわが人間を倒し、魔族の中でも特に優れた魔族であるということを証明すれば、魔族の帝王として日本を支配することができるのじゃ」


 ……はいはいつまり、人間と魔族の抗争の中に入り込んで漁夫の利で日本を支配しようと、いうことかな。


 琵琶湖が二つに割れて、なんてハリウッドの大作映画みたいな壮大なシーンを目の当たりにした割には、復活した卑弥呼の野望は案外俗っぽいというかご近所レベルっぽい。


 ……いや、日本を支配しようっていうんだから、ご近所レベルではないが。


 でも、卑弥呼という1800年の歴史のある名前を聞くと、もっと壮大な野望を期待してしまうのは視聴者として当然じゃないか。あ、アニメじゃないのについ、いつものクセで視聴者って自称しちゃったわ。


 いずれにせよ、分かった。卑弥呼と名乗るこの女、魔族だけあって、やっぱり人間の敵なんだわ、たぶん。諸葛孔明が先手を打って封印したの、間違いじゃなかったようだ。さすが孔明の罠だわ。


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