第186話 貂蝉の挑戦


 あるいは、演歌の珍島物語、だったっけ。


 海が割れた。くぱぁ、と。


 いや、海じゃなくて琵琶湖だから湖か。


 琵琶湖の大体真ん中あたりを、南北に真っ二つに水が割れた。


 湖水が割れた所は垂直な壁になっている。水なのに。まるで、水族館からガラス (じゃなくて厳密にはなんかすごい物質なんだろうけど詳しくは知らん) が無くなったかのようだ。水が垂直に切り立っているなんて、すげえ絶景だ。


 まあ、当然、普通の物理法則でこんな事象が発生するはずもない。何らかの魔法が働いているんだろうな。もちろん驚かない。だってこっちの世界には旭川西魔法学園とかが普通にあって、俺だってそこの女子相撲部監督やっているわけだし。


「諸葛孔明よ、湖の底に降りてくるが良い。今こそ、1800年の時を経て決着をつけようではないか」


 例の女の声が響く。それ、誰に向かって言っているんですかね。


 俺、じゃなさそうだよな。俺はショカツコウメイって名前じゃないし。


 てか、ショカツコウメイって、あの有名な諸葛孔明のことか、三国志の。もしかしてだけど。


 1800年だとかなんとか言っているけど、諸葛孔明が活躍した三国志の時代から数えたら、確かに今は1800年後ってことになるのかな。辻褄は合う。孔明が本当にこの場に居るならば、だけど。


 もしかして、俺って、孔明と勘違いされているとかかな。


 そりゃ俺だって若い頃は当時一世を風靡していたイケメン俳優の吉田英佐久に間違えられたこととかあるよ。まあ、顔が似ていたというよりは、英佐久と似たようなファッションしていたからなんだけど。


 でも、諸葛孔明に間違えられるケースなんて、あるだろうか。三国志のゲームなんかでは、武将はみんな当時っぽいひげ面でありながら、現代日本人が見てもカッコイイと思えるようなイケメンビジュアルに描かれていて、あれはイラストを描いている人の技術力の高さを思い知らされるんだけど。


 三国志有数の軍師がどこにいるのか、俺のこととして勘違いされているのか、はともかくとして。もう一つ。大きな疑問がある。


 謎の声の主の女。誰だ。


 話している内容からすると、1800年前に諸葛亮と戦ったことがある奴だろうか。


 三国志で登場する女性キャラっていったら、貂蝉か。孫尚香か。


 で、そいつが魔貫光殺砲を俺に向かってぶっ放した、と。


 意味わからねぇ。何者だよ。


 人間を殺傷できるタイプの魔貫光殺砲だったから、魔族なんだろう。だったら、貂蝉の正体は魔族だった、とか、そういうオチか。貂蝉が俺に対して魔貫光殺砲で攻撃を仕掛けてきたんだから、貂蝉の挑戦、ってわけだ。誰が考えたんか知らんがダジャレかよ。


 まあそれでも、仮に貂蝉が1800年ぶりに復活したというのなら、一度お目にかかりたいという気持ちはある。間違いなく美人だろうしな。美人に会えて嬉しくない男は存在しないのだ。


 アニメ映画の名セリフにだって、あるじゃないか。「生きろ。そなたは美しい」とかなんとか。裏を返せばブスは死ねっていいうエゲツないセリフだけどな。


 それと似たパターンは、有名な歌の長いタイトルにもあったな。愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない、だったかな。それって裏を返せば、君以外は無差別傷つけ放題だぜヒャッハァー、って意味だからな。


 話が逸れたが、1800年ぶりに元に戻すとすると、三国志に登場する美女として著名な貂蝉が、その正体は実は魔族だった、っていうのは、なかなか面白い設定じゃないか。そもそもの話として貂蝉っていうのは史実の実在人物ではないと言われているようだしな。架空の人物だからこそ、正体が魔族なんていうトンデモ設定も、アリっていえば大いにアリだろうな。


 琵琶湖の深きものの呼び声、その主の正体に思いを馳せているうちに、インスタント土俵はどんどん浸水し、また水を吸ってふやけた欠片は剥離して脱落していって、土俵は蚕に食われていくようにして段々小さくなって行く。末期のビザンツ帝国の領土みたいなもんだと思えばいいだろうか。


 とにかく俺は、このまま土俵の上にはいられない。


 だとしたら、一か八か、縦に割れた琵琶湖の湖底に行くべきだろう。


 湖底に着きさえしたら、曲がりなりにも土の地面があるはずだ。土じゃなくて岩かもしれないけど、水じゃなければどっちでも良かろう。


 それなら、歩いて、北か南か、どちらでもいいけど陸地の近い方へ向かって脱出すればいいのだ。これで、ようやく助かる見込みが出てきた。闇の中に光が見えた。もっと光を、と言った文豪がいたけど、もう光は見えたから間に合っているぞ。


 俺は意を決して、土俵の上から琵琶湖の青い鏡のような湖面に飛び込んだ。


 ざぶんと波が立ち、それまで俺が拠っていた土俵は水に侵略されて飲み込まれるようにして、バラバラと崩れていった。いずれにせよ土俵から離れる潮時だったのだ。ここまで俺を守ってくれてありがとう。常に感謝の気持ちを忘れない俺、カッコイイぜ。


 俺は首から上だけを水の上に出して立ち泳ぎをする。


 昔から運動が激烈に苦手だった俺だけど、小学校時代に苦労して努力して泳げるようになったことが役に立った。人生の伏線回収だ。


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