第185話 妹が、おもらしした、琵琶湖の水は、飲み物です。


 さっきも回想したけど、俺は小学生時代に日本海軍の戦記にハマって、太平洋戦争時代の海戦については一般人よりはそこそこ知識がある部類だと思っている。あくまでも一般人基準だけどな。


 潜水艦が破壊されたら、艦の中に積まれている生活日用品や、燃料の油などが水面に浮いてくるもんだ。もちろん、船体そのものは鉄であるからには水より重いからそのまま海底に沈む。あ、ここは琵琶湖だから湖底か。


 でもでもでも。琵琶湖の湖面はまるで磨き上げた銅鏡の如く照り輝いていて、静かなものである。


 当然のことながら、潜水艦が水中で、まるで松竹梅書房のようにキブツジ無惨に破壊されたら、中の人も無事で済むわけがない。


 ちなみに、水の中で人が死んだら、膀胱の中に貯まっていた金色の水分も漏れてしまうって聞いたことがあるな。死んでしまうと排泄を止めるための脳からの指令が働かなくなって弁が開きっぱなしになってしまうとか。細かい正しいことは知らんけど。


 だから潜水艦を撃沈した湖の水には、乗員の聖水が含有されているってことだ。なんか船の上に乗っているなら別にそれでもいいけど、このままインスタント土俵が沈んじゃったらイヤだね。


 そういえば昔、『妹が、おもらしした、風呂の水は、飲み物です。』というぶっ飛んだタイトルのライトノベルがあったな。あれ、昔じゃなくて、未来だっただろうか。23世紀くらいの近未来。


 いやいやいやいや。現実逃避している場合じゃないよ。


 潜水艦が沈んだ気配は無い。というか浮遊物が浮かんで来ない。それに対して、俺が乗っている泥船、じゃなくて、インスタント土俵は、中心を魔貫光殺砲にぶち抜かれて、崩れかかっている。もう時間の問題で、この土俵はバラバラになって俺はまた琵琶湖を泳ぐハメになる。力尽きた時点で沈没だ。


 ど、どどど、どうしよう。


 魔貫光殺砲を撃ったのが潜水艦なのか、あるいは他の何者なのかといった正体も気になるが、それ以前に俺の生存が大ピンチ。


 あの女の声は、なんだったんだろう? その女の声が魔貫光殺砲と言っていたから、魔族かな。人間の俺に危害を加える魔貫光殺砲だったからな。もう少し股間の方に近かったら男性の象徴を焼き切られているところだったよ。危ない危ない。


「おお、この時を待っていた。間抜けな国技館が沈んで来たことにより、封印は対消滅した。1800年の時を経て、わらわは復活するのじゃ!」


 さっきの女の声が、また響いた。1800年の時を経て? なんだそりゃ? あれか。ライトノベルとか伝奇とかでよくあるパターン。太古の時代に優れた科学技術力を持っていたけど傲りによって神罰に触れて滅亡してしまった文明、とか、そういうの。


 そいつが、俺に対して魔貫光殺砲を撃って、攻撃してきたってこと?


 俺、1800年前のヤツに何か恨みを買うようなことをしていたっけ?


 していないよな。間違いない。小学校低学年の時に同級生に軽い意地悪をしちゃったのをずっと根に持たれていたとか、そういう話でもないよな。30年前の昭和が終わって平成が始まって千代の富士が貴花田に敗れて引退した、とかいった時代ならともかく、1800年前には俺は生まれていない。


 あるいは俺の前前前世の人が何かやらかしていた、って可能性はあるかも。でも、そんな前世とかそういうところまでは責任取れないぞ。


「今こそ! わらわの時代が復活するのじゃ! 孔明の罠にハマって魔封波で封印されて、永い雌伏の時を過ごした!」


 再び女の声。随分と時代がかったしゃべり方というか、大上段に構えた口調だよなあ。なんていうか、まるで古風なお姫様キャラみたいな感じだ。頭に響く謎の声、そういうキャラづけか?


 その時だった。


 映画みたいなシーンが俺の目の前で起こり始めた。


 琵琶湖の湖面に、一本の筋のような白波が立ち始めた。


 それはまるで、御神渡り、みたいだった。


 御神渡り、とは、長野県の諏訪湖で冬になると湖水が氷結し、その氷と氷がぶつかり合ったような感じで盛り上がり、そこがまるで神様が通る道のようになることから御神渡りと呼ばれている、んだったはず。なんか最近は気候温暖化のせいで諏訪湖も厳冬期にも氷結しなくて御神渡りが発生せずに神様が道が無くて行き場が無いという噂も聞くけど。


 もちろん、今現在、俺がど真ん中でインスタント土俵に乗って孤立している琵琶湖は、冬でもないし、当然氷結もしていない。普通の水のところに、一本道のように白い波が泡立つようにして立っているのだ。恐らくこれは、日本列島糸魚川静岡で南北に縦断しているマグナカルタのごとく、南北に走っているぞ。


 ……あれ、なんかちょっと違和感があるな。なんだろう?


 白波の一本道は琵琶湖を南北に縦断したと思ったら、モーセの十戒の如く、琵琶湖の水が波の白線を真っ二つに割る形で東西に分かれ始めた。


 なんだこりゃ。


 と、その瞬間にさっき覚えた違和感の正体に思い至った。マグナカルタじゃねぇよ。フォッサマグナだ。マグナカルタっていうのは世界史用語で、英国の大憲章だった。語感が似ているから間違えちゃった。世界史に詳しい俺でも猫に真珠で間違えることもそりゃあ有りますわな。てへぺろ。


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