第184話 この大空に鳥人間コンテストで飛んでゆきたいよ
オンザ土俵。
琵琶湖の真ん中で。
まだ国技館は沈没していないけど、まあ時間の問題だろう。
とりあえず俺はインスタント土俵が水に浮いているので、その上に乗っていれば、溺れて死ぬ心配はしなくて済む。
さて、ここからどうやって事態を打開すればいいのだろうか。
俺は土俵上で体育座りをして両腕で膝を抱えたまま、空を見上げた。
青い。空。
この大空に鳥人間コンテストで飛んでゆきたいよ……
空を飛べることができれば、琵琶湖のど真ん中から脱出できるんだけどな。
土俵は水に浮いているけど、推進力が無い。
誰も助けに来てくれない。クロハも佐藤恵水も国技館に一緒に乗っていた他のメンバーたちも、魔法で脱出済みだしなあ。
端的に言えば、溺死の危険はとりあえず回避できたものの、この後のことについては途方に暮れている。
鳥の鳴き声が聞こえる。鳥って、琵琶湖を飛んで横切ることができるのだろうか。……って、できるか。鳥人間コンテストの鳥じゃないんだから。たとえ二本で一番大きい湖とはいえ、渡る途中で鳥が力尽きるなんて情けないことは無い、んだろうな、たぶん。
上を向いていたから下への注意が疎かになっていたわけじゃない。言い訳だ。
「魔貫光殺砲!」
声が聞こえた、ような気がした。どこからかは瞬時には分からなかったが、あの女の声だということは分かった。さっき、脳内に響いた謎の女。
その次の瞬間には、インスタント土俵のど真ん中を貫くようにして、光の塔が下から上へと伸びた。それも、よりによってピンポイントで体育座りをしている俺の右太腿と左太腿の間を通ってだ。
「ふえっ! あちゃちゃちゃちゃちゃ!」
驚きのあまり変な声が出たと思ったら、後から熱が追いかけてきた。激辛ラーメンを食べた時のような、最初の一口のスープを蓮華で掬って口の中に入れた時にはそれほど辛くないな大したことないな、と思っていたにもかかわらず、そのスープを飲み込んで舌の奥や喉の粘膜にまんべんなく辛さ成分が塗布されると急に痛みと熱が襲いかかってくる現象にも似ていたかもな。
今のは魔貫光殺砲だったぞ。それが俺の両足の間を下から通り抜けて行った。
「あああ、ズボンが焦げているし、マジ火傷したっぽいぞ。痛てぇぇ」
魔貫光殺砲が湖の底から自動で雨後の筍のごとくにょきにょきと生えてくるはずがない。頭頂部がハゲた四十路のオッサンを見てみろ。自動で生えてくることは無ぇんだよ。
つまり、湖の中から何者かが魔貫光殺砲を撃ったのだ。
恐らく、俺を目がけて。
潜水艦に魚雷攻撃をされた艦船の気持ちって、こんな感じだろうか。
俺、誰に狙われたんだ?
それも、琵琶湖の中から撃ってきたってことは、やっぱり潜水艦か。湖なのに潜水艦まで配備しているのかよ。すげぇな滋賀県。
それでもまだ運には決定的には見放されていなかったらしい。運が無かったら、俺のどちらかの太ももが魔貫光殺砲に撃ち抜かれていたところだろう。股の間を通過してくれて辛うじて助かったわ。
俺は右手の甲で両目を拭った。下からの紀州にビビって涙目になっていたのだ。紀州じゃない、奇襲だった。すまん誤変換した。そもそもここは和歌山県ではなく滋賀県の琵琶湖である。
何者が俺を攻撃してきたのか?
もちろんその謎も重要ではあるが、その前に考えるべきこともある。
下から魔貫光殺砲で撃たれた。インスタント土俵を下から貫いて、である。さすが高音吹奏楽器大魔王の必殺技だ。大した貫通力である。
その攻撃によって、インスタント土俵に穴が開いた。しかも、土俵を構成しているインスタント麺が中心の穴の縁から剥がれて落ちて行っている。
穴を覗いたら、土俵の内部の空隙部分に水が入り込んできている。やべぇぞ、これ。この土俵、そう遠くないうちに沈んでしまう。
一難去ってまた一難ってやつか。
早く琵琶湖の中央から脱出しなければ。
こんな時こそ、翼が欲しい。
子どもの時、音楽の授業で習った名曲、今この瞬間も同じ夢に見ている状態だ。
そ、そうだ。ここは琵琶湖なんだから、鳥人間コンテストで無様に墜落した手作り飛行機がその辺に漂っていたりしないだろうか?
なんか、この何でもアリな異世界旭川の世界観なら、そういうご都合主義的な解決策が向こうからやってきてくれてもいいような気がするんだ。
俺はきょろきょろ周囲を見渡して、飛行機が湖面に浮いていないかどうか捜索した。
無い。
あああああ。どうすればいいんだ。
そうこうしているうちに、さっきまで辛うじて屋根の部分が水上に浮かんでいて氷山みたいな状態だった国技館が、完全に水没してしまった。
さようなら国技館、ここまで俺たちを飛んで運んでくれてありがとう。君は立派に役割を果たした。
……そうだ。国技館が沈んだことによって、俺を攻撃してきた潜水艦と衝突して、潜水艦が壊れて沈んでしまう、という展開にこの後なるんじゃないかな? まあ、魔貫光殺砲で俺を攻撃したのが潜水艦だったら、という前提ではあるけどな。
やったぜ。成り上がりもののなろう小説みたいな一発逆転展開、俺にも来たぞ。
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