第177話 風雲急小谷城


「国技館は船じゃないから、水の上に浮くわけがないでしょ。てことは、琵琶湖に落ちた私たちは救助されるアテもなく、沈んでしまうのよ。大ピンチでしょコレ」


 そうだな。京都に行けないなら仕方ない。今からヤホーでググって滋賀県の名物と有名スイーツ店と有名な寺社仏閣を調べておくかな。


 いや、そんな脳天気なことを考えている場合じゃないか。


 そもそもこの国技館は船の一部だったんじゃないのか? 水に浮かないのか?


 そりゃ無理か。船は全体の構造として船になっているから水に浮くのであって、部品が単発で水に落ちたら、それは単純に水に浮く物質かどうかで決まるだろうな。


 救命ボートとか浮き輪とかライフジャケット……と思ったけど、そんな物用意されていないだろうなあ。都市艦ならともかく、その一部である国技館単発に、わざわざライフジャケットなんか積まないでしょ。陸地に降りることを想定していて、最初から水の上に着水することを想定していたわけじゃないんだから、水の対策なんかアテにできない。


「軌道が東にズレたなら、スラスタ吹かして西に戻すことはできないのか? なんとしても琵琶湖着水は回避しないとならないだろう」


「それを私たちに言われてもしょうがないでしょ。私たちは相撲要員であって国技館の操縦担当じゃないんだから」


 それもそうか。だが、操縦しているのがどんなヤツかは知らないが、無能ではあるまい。このままではヤバいことが分かっているのなら、修正作業をしているはずだ。要は、修正していても、それでもダメってことなんだろう。アカンわ。


 魔族の奴ら、今更ながらだが、なかなかの知恵だった。国技館を空中で直接撃破するのは困難だとしても、落ちる場所をこっちにとって都合悪くしてしまえば、実質魔族の勝ちだしな。


 つまりは、このままだと俺たちは溺死ルートだ。なんとか回避しないと。


 といっても俺は単なる女子相撲部監督だ。国技館を操縦する技能もなければ、そういう采配に関する決定権も無い。


 クソ。こういう時にフォークリフトを操縦する資格と技術が役に立てば大活躍できて、その結果女子高生にモテモテまくってハーレムルート確定なのにな。


 ズーーン……


 あ、またミサイル命中したようだ。同じ方向に当たっている。


 推測だけど、操縦スタッフは、京都に戻そうと修正はしているのだろう。だけど魔族のミサイル攻撃によってまた東にズレてしまうのだろう。


 軌道をズラすためのミサイル攻撃とはいえ、何の防御もしないと、ちょっと不安ではある。あんたら女子高生6名、相撲を取らなくていいのかよ? 土俵下で雁首揃えて鳩首凝議している場合じゃないんじゃないのか。


 いや待てよ。発想の転換だ。どうせなら西の京都に戻ろうとするのではなく、敢えてもっと東を目指して、琵琶湖を飛び越えて東岸の陸地に着陸すればいいんじゃないのか?


 そうだ。琵琶湖の東側には彦根城もあるし、安土城もある。城好きとしては城と城の跡地があってテンション上がるぞ。俺的には須賀谷温泉の近くの小谷城がイチオシだ。おだにじょう。


 小谷城というと、城を擬人化したソシャゲのイベントで、ヒットポイントの高い城として本拠地を守らせて活躍してもらった。思い出深いなあ。青春ミステリアニメの作中作として出てきた『風雲急小谷城』も印象的だったな。信長の妹のお市の方が小豆袋の両端を紐で縛って自分は袋の鼠であるということを伝えたってやつ。


 それに、少し前向きに考えてもいい。鴨川等間隔の法則を見なくても済むのは、非リア充としては、かえってありがたきことでもあるのだよ。


 だから、東岸に降り立つことはできないのか?


 どうしよう。操縦って、どこでやっているんだっけ? この俺の明晰な頭脳による知見を伝えに行かなければ。


 と思っていた矢先だった。


 ジリジリジリジリジリジリ!


 今や懐かしい黒電話のベルの音か、と一瞬思ったが、それよりもけたたましい音が国技館のホールに響いた。これは、電話なんてもんじゃない。非常ベルの音だ。


 火事か? ミサイルを被弾しすぎて火災発生か?


 俺は周囲をきょろきょろした。見渡しても何も異常は見えない。煙が充満しているでもなし、異臭なども無い。当然、炎なんて見えない。


「本国技館は、まもなく、琵琶湖に着水します。繰り返します。本国技館はまもなく、琵琶湖に着水します。館内のみなさま、安全にご注意ください」


 館内放送が流れた。誰がしゃべっているのかは知らないが、大相撲の時にこれから土俵に上がる二人の力士の名前と出身地と所属部屋を紹介したり、決まり手を発表したりする声に似ていた。あれって行司の誰かが放送しているんだったっけ? ここには行司なんて居ないだろうから、違うんだろうけど。


 それはそうと、館内放送の内容に愕然とするというか悄然とするというか。琵琶湖に着水って言っちゃっているよ。水に落ちることを回避するのは不可能って認めちゃったってことですよね?


 このまま水に落ちることが確定している国技館から脱出する術も無いし、まさに袋の鼠状態だわ。


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