第176話 基本的に滋賀県には琵琶湖以外は何も無いよね
安全確認とホウレンソウによる情報共有と信じ抜くことが一番大事だと、ブラザーズバンドも歌っていたじゃないか。
結局どれが一番なんだ?
「赤良、魔族の連中、どうもミサイルを国技館の同じ箇所に集中的に狙って命中させているらしいのよ」
クロハの声が、まるで国営放送の女性ニュースキャスターが読み上げるニュース原稿のように、低めの声で抑揚乏しく告げられる。
なんだ、一点集中攻撃をされると、レオタードまわし女子高生の相撲結界を以てしても守り切れないとか言い出すのかよ?
「もちろん、国技館自体は集中打を浴びてもビクともしないけどね。そこは安心してもいい。でも、ミサイルが爆発する時の威力でノックバック効果が発生しているというか、国技館が飛んでいる軌道が東にズレているのよ」
軌道?
空飛ぶ国技館に軌道なんてあるのか。そもそも巨大な鳥人間コンテストみたいなもんじゃないかよ。
ていうか、北朝鮮から日本に向かって飛んでくるミサイルならば、軌道を読むことも重要だろう。日本に落下する軌道なら、迎撃ミサイルで撃ち落とす必要がある。
立場的に言えば、今回の空飛ぶ国技館は迎撃される側だ。
「赤良は気づいているかどうか知らないけど、さっきから魔族のミサイルは、西側からばかり命中しているのよ。それで、国技館の軌道は東にズレている。このままだと京都ではなく、もっと東の地に降りてしまうことになるのよね」
失礼だな、クロハは。気づいていたよ。ほら、悲愴交響曲第三楽章四連打のあたりから、ミサイルは毎回一つの方からばかり命中していた。あれが西だったんだろうな。
「てか赤良、この状況のマズさにまだ気づかないの? だから常々ぼんくらゆとり中年って馬鹿にされるのよ」
だから重ね重ね失礼なヤツだな。俺はゆとり世代じゃない。いわゆる氷河期世代だ。大学受験戦争は厳しく、それでいて就職状況はバブル崩壊で悪化してしまい、社会に出てからも常々社会に厳しく当たられてしまったという、ゆとりとは正反対の冷たく厳しい人生を歩んできたのだ。
「本来、京都に降り立つはずだったのが、東にズレる。どうなると思う?」
「京都に行けなくなるじゃん。困るな。京都に行くの楽しみにしていたのに。ほら、桑野和明の小説で『京都の甘味処は神様専用です』ってあるじゃん。それに出てくる甘露堂っていう甘味処に行ってみたいんだよね。できれば、かわいい女の子と一緒にデートで。まあそれは現実的じゃないから、一人で行ってもいいんだけど」
「京都の東には何があると思う?」
ド直球な質問が飛んで来た。そう問われれば、禅問答と同じで、正攻法で答えるべきだろう。
「東京だな。東の京都だから東京なんだし」
「滋賀県でしょ!」
知ってるよ。一口に東と言われても、程度が分からなければ正しく答えられないだろ。東京までは行かないのか。東にズレると言っても滋賀県止まりか。だったらほんの少しの誤差じゃん。気にする必要は無くないか? そりゃ京都に行けなくなるのは個人的に惜しいけどさ。
「まあ、滋賀県に降り立つなら、歩いて京都に戻ればいいんじゃね?」
「そうじゃないでしょ! 国技館は魔族を封印するものであって、それを日本の本土に楔のように打ち込むものとして、位置もきちんと計算されているのよ? 日本の要所だから京都に行くはずだったのよ」
まあ、確かにそう言われれば、マズイといえばマズイな。いや、最初から分かっていたよ? 俺たちは日本の急所である京都を任された重要な国技館なのだ。
「京都に行くべき封印がズレて滋賀県になってしまう、ということも問題だけど、深刻な問題はそれだけじゃないわよ。この国技館は、このまま行くと滋賀県のド真ん中に落ちるのよ! それってどういうことだか、きちんと認知できている?」
滋賀県というと、ど真ん中に琵琶湖が聳え立つことで知られるマイナーな県だ。というか基本的に滋賀県には琵琶湖以外は何も無いよね?
近畿地方における滋賀県の立ち位置というのは、九州における佐賀県と似たようなもんじゃないかな。ほら、字面だって似ているし。基本的に何も無い田舎で存在自体が風前の灯火なので、ゾンビのアイドル活動で地域おこしをするくらいしか乾坤一擲の逆転劇の可能性も無いという。
「だから、琵琶湖だろ?」
「そうよ。琵琶湖よ。このまま行くとこの国技館、琵琶湖のド真ん中にぼちゃんと落ちてしまうのよ!」
へえー。そりゃ、リアル鳥人間コンテストじゃないか。
鳥人間コンテストは、手作り飛行機が着水したらすぐにスタッフが回収しに来てくれるけどな。
でも、琵琶湖に国技館が落ちたらどうなるだろうか。
助けに来るスタッフはいない。それどころか、今の日本本土は魔族の国であって、周囲は全部魔族の四面楚歌状態なんだったはずだ。
ところで、この国技館って、琵琶湖の上に浮かぶことができるのか?
まあ、普通に考えたら無理だろうな。鉄筋コンクリートの建築物が水に浮くわけがない。魔法があれば、あるいは浮くことができるかもだけど。そもそも京都に着地する予定だったのだから、水の上に不時着なんて事態自体想定していなかったんじゃないの?
想定外か……
なんか、やばそうなワードが出てきたな……
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