第171話 旭川ノスタルジー


 でもまあ、相撲はそもそも瞬発的な競技だからな。1分かかれば割と長めの取り組みだ。マラソンではなく100メートル走のような瞬間最大風速を求められる。……というか、感覚的には400メートル走かな。高校時代に体育の授業で走ったことがあるけど、アレは辛かった。短距離の瞬発力と長距離の持久力両方を要求されるのでマジツライ。


 自分の高校時代のタイガーホース、じゃなくてトラウマの話は、いいとして。


 あの佐々木沙羅、疲れて息が上がっている中でも腹式呼吸をやっているのは、センスなんだろうな。普通だったら佐藤恵水のように肩で息をするもんだぞ。俺だって高校時代に400メートルを全力で激走した後は体中のエネルギーを全部使い果たした感じで、はぁはぁと荒い息づかいをしたものだ。それはまるで、かの文豪川端康成の名作『伊豆の踊子』の中で、主人公が幼い踊子に対して萌え萌えハァハァしているようなものだったな。


 持久力を論じてもしょうがないか。どうせ、国技館が飛んでいる間だけの結界要員だ。バテて息が切れたら休めばいい。ここはブラック企業じゃないんだし。


 んでも、国技館が日本に着陸してからの方が、大変な気がするけどな。そこからが本当の戦いだろう。打ち切りになったマンガの、描かれていないその後こそが本当の戦いだ。そこまで先のことを心配していても仕方ないだろう。無事に京都にランディングできることが最優先だ。


 あ、そうそう。京都に行ったら、以前に読んだ小説の中に出てきた、下京区の甘露堂というスイーツ店に行ってみたいな。作中に出てきたバニラスフレを食ってみたいぞ。てか、あやかしとか神様の秘密基地みたいな店だったから、もしかしたら実在しないのかもしれんけど。イケメン高校生が店主で、その同級生のかわいらしい美少年高校生が従業員としてアルバイトで働いているらしい。


 ……って、土俵脇で見ているだけの俺はいいとして、土俵上で相撲を取っている彼女たちは、400メートル走を何本もやっているようなもので、そうとうエネルギー消費しているだろう。そりゃま若いから無尽蔵に滾々と泉のように湧き出てくる熱量もあるかもしれないけど、いずれは疲れて腹も減るだろう。


 そういや、プレハブの部室の冷蔵庫には、クロハがアイスクリームを常備していた。


 アイスクリームって高カロリーの食べ物の割には、冷たいせいで熱量をすぐに消費してくれて太りにくい、的な迷信を聞いたことがある。もちろん本当かどうかなんて知らないし、あくまでも迷信の一端として記憶に留めてあるだけだけど、クロハの奴、その迷信をアテにして他のスイーツではなくアイスを食っているのかな、と今更ながら思う。


 俺は相撲は取っていないけど、なんかちょっと腹減った。小腹が空いた感じ。


 この国技館、食事とかどうなるんだろう? まさかマジ国技館のような幕の内弁当とか焼き鳥なんて出ないだろうけど、腹が減っては戦はできぬという格言は古今東西、現実世界、転生先の異世界を問わず真実のはずだぞ。


 お空を飛んでの移動時間は、それこそ鳥人間コンテストみたいに短時間で終わるのかしらんけど、問題は京都に着いた先だ。現地調達なんて、インパール作戦の二の舞になるだけのような気もするが、行き先はインパールのジャングルじゃなくて俺たち日本人の故地である日本だからいいのか。微妙に俺の故地ではないけどな。


「みんな、おつかれー。差し入れ持ってきたよ!」


 という声と共に登場したのは……紺色のレオタードにまわし姿の……細川アリサだった。そういえばトイレに行っていたんじゃなかったっけ?


 と思ったら、ヤツは肩からブルーのクーラーボックスを掛けていた。トイレに行っていたんじゃないのか。クーラーボックスなんてものが出てくるからには、事前に用意していた物なんだろう。


「私とヒトミの家でやっているPATISSERIE HOSOKAWA名物の絶品スイーツ、伝説のシエスタプリンだよー!」


 そう言ってアリサは、カパックっ!というインカ帝国の王様の名前のような音を立てながらクーラーボックスの蓋を開けた。


 中には、コンビニで売っているカッププリンよりもちょっと小さいくらいの容器に入ったプリンが複数並んでいた。コンビニスイーツのようなプラスチック容器ではなく、ガラスらしい。


 どこかで聞いたことのある名前だな、パティスリーホソカワって。


 そうだ思い出した。これ、旭川を舞台にしたアニメにも登場した有名スイーツ店だわ。


 俺がクロハに対して旭川の本当の魅力を力説する時に、アニメの聖地でもあるってことを言ったじゃないか。パティスリーホソカワの名前も出したはずだ。


 ……これって、俺が元居た旭川にも存在していたスイーツ店が、こちら側の旭川、つまりは都市艦の旭川にも変わらず存在していたってことか。


 ああ、なんというか、思えば遠くへ来たもんだという感慨が湧いてくるような異世界転生っぷりだけど、永き刻を経ても不変のものを見つけたノスタルジーのようなものを感じるわ。ちょっち涙が滲んできた。ここは、姿は変われども旭川なんだ。


 旭川はいつも変わらず、俺を包んでいてくれたんだ。


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