第170話 音が出る宇宙


 何の取り柄も無い佐藤恵水と、デブまる子ちゃんの佐々木沙羅の対決。面白いといえば面白い。


 おっと、デブまる子ちゃんは言い過ぎたかな。反省反省。もし佐々木沙羅がデブまる子ちゃんなら、さしずめ俺はアニメの主題歌に登場するインチキおじさんといったところになってしまうところだ。


 この対戦、普通なら身体の大きい佐々木沙羅が無難に勝つだろう。


 だけど佐藤恵水も相撲部のはしくれ。何の工夫も無く敗れるようなことは、あってほしくない。相撲部監督としてそう思うわ。


「はっけよーい、のこった!」


 行司のクロハが合わせると、土俵上の二人が立った。


 東から西へ。一本の矢が放たれた。


 そういう比喩表現を使いたくなるくらい、佐藤恵水の立ち合いは頭から相手の胸にぶつかって行って、良かった。


 ここんところ、素人同士の取り組みばっかだったので、立ち合いの質がイマイチだった。物足りなかった。


 無論、佐藤恵水の立ち合いだって、日本の男の大相撲から見たら屁の突っ張りみたいなナヨナヨとしたもんだけど、一応は相撲部員の立ち合いだ。


 ドスン!


 実際にそんな音が出たりはしない。だが、「スターウォーズの宇宙では音が出るんだよ」といった感じで、イメージとしての擬音語はそんな感じだった。


 特に防御策も何も無い素人の佐々木沙羅は、恵水の突進をまともに食らって、上体が起きた。


 ちょっと胸が痛そうだなあ、と思った。直撃だからね。でも、紺色のレオタードに包まれたむちむちの胸部は柔らかいだろうから、クッションになって肋骨には衝撃はあまり行っていないはずだ。実際、上体は起こされてしまったものの、足は後退していない。土俵上の二本の仕切り線の中間くらいで踏みとどまっているぞ。


 だが、二人のまわしの位置が、既に大きく違っていた。身長の高低の問題ではなく、恵水の方が低い体勢を作った。前傾姿勢になって、相手の胸の下、鳩尾の辺りに頭をつける。


 ああ、胸が大きい女性の場合だと、鳩尾に頭をつけられたら厄介だろうな。乳房が邪魔になって、相手の頭が上がることが無いし、自分の上体が更に起こされてしまう。


 もう佐藤恵水は相手のまわしを両方握っている。狙ったわけではないだろうけど、結果的に浅いもろ差しになった。来たよもろ差し。


 佐々木沙羅も相手のまわしをさぐって両腕を前に延ばす。だが届かない。


 自分は相手のまわしを取り、それでいて相手にまわしを与えないためには、自分は前傾姿勢になって、自分のまわしを相手から遠ざけなければならない。上体が起きてしまっていたら、まわしが近くなって相手の手が届いてしまうのだ。


 恵水、どうせ大抵のアニメ主題歌の2番歌詞みたいな感じで偶然が生んだ産物なんだろうけど、いい体勢を作った。


 そっから行け。一気に攻めろ。


 俺の心の声が電波にでもなって伝播したのか、恵水は足を止めなかった。立ち合いの勢いのまま、すり足で西に向かった。両まわしを引きつけて佐々木沙羅の腰が浮いているので、そのまま二人の身体は西へと移動して行く。ゴーウエスト。


 まわしを取れない佐々木沙羅は、相手の両腕を外側から抱える。上手を取れれば力も出るのだろうが、抱えただけでは不十分だ。


 自分よりも身体の小さい力士に押し込まれて、焦ったのだろう。佐々木沙羅は右からの投げを打った。上手を取っておらず、恵水の腕を外側から抱えているだけなので、小手投げだ。


 身体の大きい力士が打つ小手投げだ。恵水の右足が横に流れかけた。が、左からの下手投げを打ち返すような格好で耐えた。動きの中で、恵水の握っていた右の下手が離れてしまった。


 あっ、と思ったが、それでも勝負所を逃さず、右手を相手の腋の下に入れるような感じで、下から上に持ち上げるような感覚で押す。ハズ押しというやつだ。


 無論、左下手はがっちり握ったまま話していない。頭もつけている。


 小手投げを決め切れなかった佐々木沙羅は、恵水よりも恵まれた大きな体でありながら、下から刈り取られた大木のように、不安定に揺れて土俵を割った。


「勝負ありぃー!」


 クロハの声が高らかに響いて、高い天井にまで蔓延する。


 おお、すげえ。快心の相撲じゃないか。これぞ相撲部の面目躍如というやつだろうか。それこそ、前まわしを握って頭をつけての寄りなんて、俺の好きな大関霧島の全盛期みたいな取り口だったわ。


 これこそ、寄り切りで勝つ力士は強い、と言っていいやつだ。


 特に、右下手を切られた時に、咄嗟にハズ押しに切り替えて攻撃の手を緩めなかったところを評価したい。


 まあ、冷静にぶっちゃけたことを言えば、立ち合いで有利な体勢を作れたから勝てたというのが99パーセントだと思うけどな。つまりは偶然の産物だ。力の劣る力士でも、勝つ時には決まり手は寄り切りになる。それしか勝つ方法無いし。


 二人は土俵の東西に分かれて、礼をした。勝った佐藤恵水は渾身の相撲だったので肩で荒い息をしているが、負けた佐々木沙羅の方も腹を膨らませたり凹ませたりして大きく呼吸している。


 ありゃりゃん、アイツ、身体は大きいからパワーはありそうだけど、持久力はあまり無いタイプかよ。


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