第168話 ヘンな部活はお約束
だが、アドバイスだけはしておいた方がいいだろうな。
ちょっとしょんぼりした様子で土俵から降り、ようとして、走り高跳び用のマットがあるのでどうしようか一瞬躊躇して、結局角のマット運動用の普通のマットの所から床に降りてきたヒトミの側に、俺は歩いていく。
「あんた、細川ヒトミっていったな。負けたけど、なかなかいい相撲だったぞ」
「あ、ありがとうございます、盗撮犯さん」
その呼び名かよ。というか俺の名前、聞いていなかったっけ? 知らないんだっけ? もしくは、知っていてその名前で呼んでいるのか?
「俺の名前は城崎赤良だから、赤良監督とでも呼んでくれ」
「監督? それ、相撲部監督ってことですよね。別に私は助っ人として来ただけで、相撲部に入るわけじゃないんですが」
勧誘する必要は無いようにも思うけど、相撲部に魅力が無いと言われたようなもんで、ちょっとばかり残念さが漂うなあ。
「別に相撲部に入る必要は無いよ。でも、何か他の部活にでも入っているの?」
「スクールアイドル部です」
そんな部が旭川西高にあるのか! あ、いや、西高じゃなかった。旭川西魔法学園だったっけか。
いや、ここが異世界の魔法学園だとしても、そんな部があることがすごいよ。そんなの、アニメの中だけにしか無いヘンな部活だと思っていたわ。ヘンな部活はアニメとかラノベとかの定番というかお約束だからな。
俺もアニメで『ライブラブ! ライジングサン!!』は観ていたからな。静岡県の田舎のミカン好きのミカ子ちゃんは、俺にとっては神だ。
……おっとっと、話がズレかけた。
でも、スクールアイドル部ってことは、歌って踊るのだろう。アニメの中のキャラクターたちも基礎的なトレーニングを一生懸命やっていた。てことは、体力はあるのだろうし、運動神経も悪くないはずだ。
アイドルって、基本的に体力勝負だ。歌って踊るんだから、体力が無いとレッスンすらできない。以前、モーニング娘。がフットサルをやっていたりしたけど、アイドルは体力があるし基本的に運動も得意な部類だろうからな。
そう考えると。
ヒトミの相撲内容が悪くなかったのは、そういうことかと納得した。
「自分のスタイルが決まっていないから、中途半端にもろ差し……というか、両腕を内側から相手のまわしを取りに行ったのは良くなかったけど、その後の突っ張りは悪くなかったぞ。今後は、立ち合いは突っ張りで行ったらいいんじゃないかな」
「立ち合いは突っ張り? じゃあ立ち合い以外はどうしろって言うんですか?」
「それで、あわよくば相手が後退すれば、それで勝負を決めても良し。でも本当は、勝負を決めるためではなく、有利な体勢でまわしを取るための突っ張りだ。さっき言った深く差しすぎるもろ差しは、かえって自分が窮屈になって動きにくいってことが分かっただろう? そうじゃなくて、相手のまわしの前の方を取って前傾姿勢になって、相手の胸に自分の頭をつける格好を作るようにするんだ」
勝負を決めるための突っ張りではなく、自分有利な体勢を作るための突っ張り。これは、横綱貴乃花が若い頃の相撲を参考にしたアドバイスだ。
アドバイスとしては中途半端なんだけど、ヒトミが右四つが得意なのか左四つが得意なのかが分からないから、こういう形になる。俺が分かっていないだけではなく、本人が分かっていないのだ。そういう時は、両前回しを取る浅いもろ差しだ。やっぱりもろ差しサイコー。まあ浅いもろ差しの場合はあまりフォークリフターっぽくはないんだけど。
「分かりました。じゃあ、次からはそういうやり方をやってみます」
ヒトミの良いところは、アドバイスを素直に聞き入れることができる部分にもあるだろう。……俺のことを盗撮犯と疑っている割にはな。
それはそうと、次の取り組みだ。
土俵上では、ヒトミの姉らしきアリサと、探知機女の永井映観が向き合っていた。
「はっけよーい、残った!」
引き続き行司を務めている佐藤恵水の掛け声とともに、二人は土俵上で激突した。
……といっても勿論、両者ともに素人なので、その場で立って組みに行く格好だ。
今回は二人ともなんとなく右四つに組んだ。両者がお互いに右で下手を取り、左で上手を取る格好だ。両者、女子高生としては背が高い部類で、身長は同じくらいだ。なので、がっぷりに組むとどういう相撲になるのか楽しみではある。
「お姉ちゃん、がんばれ!」
俺の隣に立つヒトミが、土俵上のアリサを応援する。
がっぷりに組んだ二人は、左からの上手投げを打とうとする。……それも二人同時にだ。
なので、土俵の中央で二人が時計回りにぐるぐるとメリーゴーラウンドのごとく回る回る。
あー、まー、そうなるわな。素人なので、まわしを取ると簡単に勝負をつけるために投げを打ちに行く。相撲の基本は前に出て相手を土俵の外に出すことなんだけどな。
簡単に投げに頼るようになっちゃったらなかなか強くなりにくいと思うんだけど、よく考えたら土俵上の二人は相撲部じゃなくて助っ人だから、強くなる必要も無いのか。
なかなか、指導するのも難しいな。そもそも指導が必要なのかどうかすら現状では分からんわ。
と、思っていたら、投げの打ち合いでは埒が明かないと気づいたのだろう。先に攻撃方法を変えたのは永井映観の方だった。
両まわしを引きつけて、相手の体を持ち上げた。
吊りだ。
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