第169話 寄り切りよりも強い技


 吊られたアリサは、右足を相手の左足に外側から引っかけて妨害しようとする。外掛けだ。


 相手を吊り上げて、少し仰け反り気味の永井映観は、力を籠めて前に出る。


 がっぷり四つなど、膠着状態になって攻め手に困った時は、吊りという手がある。


 吊りという技が出てくるのは、大きく分けて3パターンある。


 相手より身長が大幅に高い場合。


 アンコ型の力士で腹が出ている上に相手を乗っける場合。


 そして、上記二通りに該当しないけど、パワーで吊り上げる!


「勝負あり!」


 今回は三番のケースだった。アリサの起死回生の外掛けもあまり効かなかった。永井映観のパワーでの吊り出しの勝利だった。


 すげえな。人のことを盗撮犯と証拠も無いのに決めつけるのはいただけないが、女子高生としては体が大きいだけでなく、力もそれなりに強いようだ、あの探知機女。


 寄り切りで勝つ力士は強いけど、まあそんなに強くない力士でも、流れの中で偶然寄り切りで勝つことはある。


 だが、吊り出しの三番目のケースに関しては、寄り切りよりも強くないとできない。決まりさえすれば、吊りは寄りよりも強いのだ。決まりさえすればだけど。


 俺の好きな大関霧島が、長身でもなくアンコ型でもなく、パワーで吊り上げるタイプの吊りを得意にしていた。


 あ、それと負けた側の細川アリサだけど、こちらも悪くないぞ。


 吊られてしまったけど、吊られた側というのはあまり防御策が無い。せいぜい足をバタバタさせて、相手が持ち上げきれなくなるようにするくらいか。そうでなければ、咄嗟にアリサがやっていたように、外掛けか内掛けを仕掛けることだ。自分の足を相手の足に外側か内側かのどちらかから絡めるんだ。


 ただまあ、吊り上げられた苦しい体勢からだから、外掛けや内掛けにしても、苦し紛れにしかならないけど。


 でも、何もしないよりはマシである。


 贅沢を言えば、吊られる前に何か仕掛けたかったところだ。


 でもその仕掛けが、あまり工夫の無い上手投げだった。まあ、これは素人であるからには仕方ないだろう。


 そのアリサが土俵から降りてきた。


「そうかあ。まわしを取ったら、相手を持ち上げるって方法があったのか。それは気づかなかったな」


 アドバイスをしようと歩み寄って行くと、アリサは独り言を呟いていた。負けた悔しさよりも、吊り出しという技の存在を初めてしり、それに驚嘆して憧憬を抱いているといったところだろうか。


「今度はアタシがやってみよう。てか、あれができたら無敵じゃね?」


「吊りができるのは、よっぽど鍛えてある力士だけだぞ。あまり安直に頼らない方がいいぞ。腰を痛めちまうからな」


「……なんだよ、盗撮犯のオッサン。相撲部の監督みたいなツラしてんじゃねえよ」


 細川アリサって女、口が悪いな。


 それに、俺は相撲部監督みたいなツラじゃねえし。マジで相撲部監督だし。


 姉妹のヒトミとは違って、口が悪い分、気は強そうだ。その代わりアドバイスを素直に聞いてくれそうにはないかも。


 こういう奴は、自尊心を焚きつけて持ち上げて煽った方がいいかもな。


 自分のやりたくないことは、他人に言われたってやらないだろうし。梃子でも動かなさそう。


「吊りは、当たり前だけど両まわしをがっちり引いてからだぞ。それだけ注意しろ」


「そんなもんは言われなくても、ちょっと考えれば分かるわ。両腕で吊るんだから」


「そうかい。じゃあ、アンタが豪快に吊り出しを決めるシーンを楽しみにしているよ」


「まあ、別に盗撮犯のオッサンに見せてやるためにやるわけじゃないけどな」


 アリサはニヤリと笑った。別に俺の意見など、参考にするつもりは無いのだろう。俺に言われようと言われまいと、自分が吊りに憧れを抱いたなら、次の機会にやってみる。それだけの単純な動機で動きそうだ。


 とかなんとか俺が自分の中で理屈をつけて自分自身を納得させようとしていると、アリサは俺の横を通り抜けて、どこかへ歩いて行った。どこかへ、ってどこへ行くのかは知らないが、体育館から出て行った。まさかトイレではないだろうが。


「ひがぁしぃー、佐藤恵水ぃー、佐藤恵水ぃー! にいしーいぃ、佐々木沙羅ぁー、佐々木しゃらぁぁぁー」


 相撲部二名のうちの片方である佐藤恵水が力士として呼び上げられたからには、行司として立っているのはクロハだ。


 まあクロハに関しては心配する必要は無いだろう。たぶんトラックにひかれても死なないわ。女神だし。それよりも俺自身が魔族との戦いで生き残れるように心配しなければ。


 さっきの一番まで行司を務めていた佐藤恵水が、東の俵の内側で蹲踞している。


 よくよく考えたら、この場に集合した女子高生六名の中で、一番身体が小柄なのが佐藤恵水だ。助っ人に来た四人が、いずれもそれなりに長身なので、おのずと恵水が相撲部部員として、「小よく大を制す」を求められる立場だ。


 片や、西は佐々木沙羅。六人の中で最も体重がある力士だろう。日本の男の大相撲で言うところのアンコ型ではない。むしろ、男の大相撲と比較したらソップ型に分類されるだろう。あくまでも女子高生基準として、六人の中ではむっちりしているという意味だ。


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