第167話 激突! 姉vs妹!

「普通のマット? それって、マット運動をする時のやつか?」


 そりゃ、コンクリや木の板張りの上に落ちるよりは、衝撃は小さいだろうけど、マット運動用のマットって敷き布団よりは硬いよな。役に立つんか?


 と、思っている間に探知機とビッグサイズの佐々木沙羅がまた用具質の方へ駆けて行ったかと思うと、すぐにマットを肩に抱えて戻ってきた。用具室は案外すぐ近くにあったらしい。


 手早く、高飛び用ふかふかマットの間を埋めるように、二つ折り四つ折りにして普通マットを重ねて床に置く。


 ああ、なるほどな。確かに、土俵の外に飛び出した力士が直接床に転落しないようにするだけでも安全性は高まったといえるだろう。というか、現状で、これ以上の即席の安全措置を思いつくことができないわ。


 と、折りたたまれたマットを眺めながら、俺は物思いに耽る。


 ……そういえばさ、高校の体育用具室のマットなんて、高校生にとっては禁断の青春のシトネだぞな。今、俺の目の前に摘まれているマットの上で初体験を済ませた旭川西魔法学園の生徒も多数居るのだろうか……まあ俺には縁遠かった青春の形だけど。


 ……いかん、いかん。そういう鬱になるような回想はやめましょう。


 で、マットが準備されたことにより、改めて相撲再開。


 土俵上では、細川アリサと細川ヒトミが仕切りから、行司の恵水の掛け声で立ち合った。


 姉妹対決だ。盛り上がるねえ。日本の大相撲では、かつて、若乃花対貴乃花の兄弟による優勝決定戦もあったんだぜ。こっちの世界の人間は知らないだろうけど。


 両者素人である。その場で立ち上がって、アリサは外側から両手で上手を取りに行った。


 二人、姉妹らしいということで容姿は似ているけど、アリサの方が少し体が大きいようだ。なので、体の小さいヒトミを正面で両側から抱え込む格好だ。


 識別のために黒いサポーターを膝に装着した細川ヒトミは、その流れで両下手を取った。俺の得意な形、もろ差しだ。


 フォークリフターの技。


 とはいえ。


 もろ差しになれば必ずしも強いっていうわけじゃない。深く差し過ぎると、相手の体と密着して胸が合ってしまう。そうなると差した下手は左右両方、あまり力を発揮できない。


 しかも、ただでさえ体格差があるのに胸が合ったら、小兵の方が不利に決まっている。


 両上手を取ったアリサは、そのまま前に圧力をかけた。ヒトミが少し下がる。


 ……と、思ったら、ヒトミは両下手をあっさりと惜しげもなく放して、胸が合った窮屈な中で、相手の胸を押し始めた。


 あー、胸が合ったもろ差しは不利だと悟ったな。


 突然始まった突き押し相撲に、アリサも少し戸惑ったのか、上半身が大きく仰け反る。


 だが、両上手はがっちり握ったままだ。相手を引き離したいヒトミの思惑通りには行かない。


「残った! 残った!」


 行司の恵水の声が体育館に響く。俺たち当事者だけしか観客が居ないから、音はよく響く。それ以外に聞こえるのは、土俵上の二人の熱い息づかいだ。


 ヒトミは必死に相手の胸を押す。胸といっても、押す場所は鎖骨のあたりになる。アリサの上半身が仰け反るだけではなく、ヒトミが腕を伸ばすとヒトミも仰け反る格好だ。


 相手の鎖骨を押しているヒトミの左の手のひらが滑った。と思ったら右の手のひらも滑って上にシフトした。


 ヒトミの両腕はバンザイする格好になってしまった。こうなってはヒトミは全く力を出せない。


 素人ではあってもアリサはチャンスを逃さなかった。両上手、いや、今の体勢だと両下手まわしをしっかり握ったまま、前に出る!


 ヒトミは相手の首に右腕を回して、苦し紛れに首投げを打った。


 が、既に腰が浮いてしまっているし、土俵際まで下がっている。


「勝負あり!」


 恵水の声。ヒトミの両足が俵の外に出た時点で、アリサの前進は止まっていた。首投げは結局不発だった。


 際どい勝負ではなく、完全に有利な体勢からの寄りだったので、土俵の周囲に敷いたマットは、今回は出番が無かった。


「ふむ……」


 俺は、ロダンの彫刻の考える人みたいに顎の片手を当てて、今の一番を顧みてみる。


 黒サポーターを着けている少し小柄な方、ヒトミは、最初に深いもろ差しになったのが失敗だろう。


 だけど、素人でありながら、その体勢が不利だとすぐに気づいたのは立派だ。そこからの突き押しはスタート時点で無理があったけど、押し自体はそんなに悪くなかった。


 そして、バンザイの格好になってしまった後。普通だったらそのまま為す術無く寄り切られて終わりのところ、最後に苦し紛れに首投げに行こうとしたところも評価できる。結局不発だったけど、何もしないよりは良い。


 総評として、ヒトミは完敗ではあったけど、筋は悪いわけじゃない。頑張って練習すればいい力士になりそう。


 ……って、そんな仮定の話を考えてどうするんだ、俺。アリサもヒトミも、相撲部部員じゃない。あくまでも国技館を飛ばすにあたって敵の攻撃から相撲バリアで護るための相撲要員だ。


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