第166話 女神は不死身なのか


「なあ、ここって旭川西魔法学園の体育館なんだろう? マットとか無いのか? 走り幅跳びで使うような柔らかいやつ。あれを土俵の周囲に敷いたらいいんじゃないのか?」


 俺は大声で全員に呼びかけた。


 フォークリフトでの現場作業は安全第一。


 もちろん、相撲だって安全第一だ。……第一ってことは第二もなにかあるんだろうけど、第二が何かは、俺は知らないし、知る必要も無いことだろう。


 そもそも、格闘技という時点で安全には遠い座標にあるものではあるけど、それでも、普通の人間なら怪我するような可能性を、多くする必要は無いはずだ。


 クロハの奴が、女神らしいところを、初めて見たかもしれないよな。あれだけ大ダメージを受けても無事っていうのは。女神は不死身なのか。


 でも、女神なら土俵から下の床に転落して頭部を強打してその上から巨漢女力士に押しつぶされても平気かもしれないけど、恵水も含めて一般生徒なら無事では済まないだろう。俺でも無事では済まないわ。俺だって、4トンユニック車にひかれたら死んでしまう程度の普通のニンゲン様なのだ。日々の筋トレくらいではトラックに勝てるようにまではならない。


「私、ある場所分かるからマット持ってくる!」


 と、俺の呼びかけに応えて、どこかへ駆けだしたのは探知機女の永井映観だった。猜疑心が強いのは短所だろうけど、行動力は長所と認めてもいい。その後ろに、どたどたと足音を残しながら大柄な佐々木沙羅がついて行った。あくまでも取り組みの中での出来事なので佐々木沙羅に落ち度があるわけではないが、それなりに責任を感じているのかもしれない。


 まあ大丈夫なんだろうけどクロハはしばし土俵下で休むことになった。


 となると、行事は相撲部の正式部員である佐藤恵水だ。


 なので、対戦する力士は正規相撲部以外のメンバー同士の残った二人ということとなった。


「ひがあーしぃいぃー、細川アリサぁー、細川アリサーぁあー。にいしー、細川ヒトミぃー、細川ぁヒトミー」


 声のどこで抑揚をつけるのか基準は無いようで、テキトーな行事佐藤恵水の呼び出し声に導かれて土俵に上がったのは、恐らく双子らしい姉妹だった。


 実際に取り組みを再開するのはマットを準備してからなので、土俵上の二人は四股踏みをして準備運動をする。


 しかしそれにしても、ほんとよく似ているな。この二人。顔をじっくり見れば見分けはつくけど、土俵の上を動き回っている時に咄嗟では判別できないぞ。


「あーちょっと待った。二人って双子なんでしょ? よく似ているし。見分けがつかないんだけど」


 土俵下からの相撲部監督である俺の意見具申に対して、土俵上で見よう見まねの四股踏みをやっていた細川姉妹のどちらかが、俺の方に鋭い視線を送った。


「髪の毛が長い方が姉のアリサで、そっちのショートのが妹のヒトミだよ。髪の色だって、ちょっと違うでしょうが」


「髪が長いといっても、後ろでまとめて縛っているから、ぱっと見ではショートと区別が付かないんだよ。行事差し違え、というか、誤審の恐れがあるから、なんか、何でもいいから区別がつきやすいような目印が何かほしいんですけど」


 確かに髪の色は少し違う。姉のアリサの方が、ほんの少し、脱色しているのか、茶髪がかっている。でも、あくまでもほんの少しだ。ぱっと見で分からないのは同じことだ。


「あ、だったら、黒い膝のサポーターを使ってもいいですか? 膝をすりむいたりしたら痛そうだなって思って持ってきていたんですけど、誰もそういうのを使っていないから、使ったらダメなのかなあって思ってしまってあるんですよね」


 言ったのは細川ヒトミ。なるほど確かに、膝の部分だけでも黒いサポーターがあれば、見分けはつけやすいかも。


 俺は両腕を大きく上げて丸を作った。細川ヒトミは土俵から降りて、自分のバッグを置いてある所で、左右両膝に黒いサポーターを付ける。


 そうこうしているうちに、どこに体育用具倉庫があったのか、探知機女とぽっちゃり系女子がマットを持って戻って来た。走り幅跳びの時に使うフカフカのやつだ。


「これなら落ちても痛くないかも。赤良もダイブしてみなよ」


 マットの上に、大怪盗三世のミネ子ちゃんダイブよろしく、飛び込んでふかふかぶりを堪能しているのは我らが部長クロハだった。もうすっかり回復しているのは分かったわ。


 マットは全部で4セットあったらしい。走り高跳びのマットが4セットというのは随分大盤振る舞いに感じる。走り高跳びだけでなく、魔法の実習の時にも安全のために使う用途があるのかもしれない。


 これで土俵の東西南北に置いて完成。と言いたいところだったが、これだと、土俵の角の所から転落したらマットが無くて危ないんじゃないだろうか。


 俺がそれを指摘すると、土俵上の行事の恵水も、マットにうつ伏せに埋まったままのクロハも、うーん、と唸って考えた。てか、クロハはいい加減マットから降りろよ。


「それだったら、角のところには普通のマットを畳んで置けばいいんじゃないの?」


 そう言ったのは探知機だ。名前は永井映観だけど、もう探知機でいいよな。


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